第17話 『優しい導線』
『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!
8月が終わりますね。
出来れば8月で暑い日も終わってくれると嬉しいんだけどなぁ。
月曜の朝。晴れた空が眩しくて、郷夜は反射的にサングラスのフレームを押し上げた。
駅から大学までの坂道を、金髪の少女が足並み軽く隣を歩いている。
「先輩~、ウチで食べたご飯が恋しくて、元に戻れないんじゃない?」
「……戻れるか否かは置いといて、普通に美味かった。ありがとうな」
「ふふっ。じゃあまた来てくれていいからね、ほんとに!」
蓮華は昨日と同じく、距離がやたら近い。
すれ違う学生たちがちらりちらりとこちらを見ているのに、本人はまるで気にしていない。
いや、気づいていないだけかもしれない。いつもよりも“甘え”の比重が高い。
(さすがに怪しまれるわな)
首元には小さな絆創膏がまだ貼られている。
あの夜、彼女は震える手で自分の首を差し出し、そして――郷夜はその“願い”を断ち切れなかった。
(これがどんな意味を持つのか、蓮華はきっと知らない。だけど……)
彼女の笑顔は、本当に嬉しそうだった。だからこそ余計に複雑だ。
「今日、何限あるんだっけ? 昼、一緒に食べる?」
「……ん。二限だけだから、昼は空いてる」
「じゃあ、いつものとこね! 楽しみにしてる♪」
蓮華が手を振って去っていくのを見送ると、郷夜は深く息を吐いた。
「……視線も日差しも痛い」
思わず漏れた本音。誰にでもなくそう呟き、講義棟へと足を踏み入れる。
———————
午前の講義を終えた直後。
郷夜が講義棟の外に出ると、ちょうど前方から香帆が歩いてくるのが見えた。
黒髪に青のメッシュ、白いブラウスにベージュのカーディガン。
どこか無造作で、それでいて清潔感のある服装。表情もいつものように柔らかい――はずなのに、郷夜はすぐに気づいた。
その笑顔は、“少しだけ張り付いていた”。
「……郷夜くん」
「お疲れさま。如月さん」
「ふふ。香帆って呼んでくれないと、急におかしくなって泣いちゃうかも」
「お疲れさま。香帆」
「そうでなくっちゃね」
郷夜は足を止め、香帆と並んで講義棟横にあるベンチ前に立った。
風が木々を揺らし、春の残り香が通り抜けていく。
「なんかね、今日はいつもより変な感じがするんだ。周りの人が……変かも?」
「……誰かに何か言われたのか?」
「ううん。そうじゃないの。ただ、視線が少なくなったというか……話しかけてきてた子が、急に用事あるって言って離れたり。気のせいかなって思ったけど、午前中だけで何回もあるとね」
「……それは、香帆が悪いんじゃないと思うけど」
「そうなのかな」
香帆の目が揺れる。
大学では誰からも好かれるタイプだったはずだ。そんな彼女が「居場所のズレ」を感じるようになるというのは――吸血の影響か、それとも本当に何か起こっているのか。
否、本人にはその自覚すらない。
だからこそ、こうして「気のせいだと思いたい」と、言葉にして確かめたくなるのだろう。
「でも、なんかね……」
「?」
「こうして郷夜くんと話してると、ちゃんと地面に立ってる感じがする。ふわふわしてたのが、戻ってくるみたいな」
もしかしたら、俺たちが束の間の休息をとっている間に、何か香帆の周りの人に何かあった可能性もある。
郷夜は返事の代わりに、静かに小さく頷いた。
「……あんなのあったっけ?」
「どうしたの?」
中央掲示板に貼られた1枚のサークル勧誘のチラシ。
他のモノよりサイズも小さければ、特徴もない、『異能研究サークル』という書かれている内容は真面目で、異能者に肯定的なモノ。
『異能は進化、人の新たな可能性。ともに学びともに進もう』
郷夜は感じた。
その小さなチラシから、自分に訴えかける小さなノイズが出ているのを。
———————
午後の光が差し込む小さなミーティングルーム。
古びた学内掲示板の裏手、多くの教室がある講義棟の一室を改装したその場所で、数人の学生が机を囲んでいた。
「……この間の勉強会、ほんとによかったです。ああいう形で“異能者”と真剣に向き合うって、すごく貴重だと思います」
「うんうん! 社会ってまだ偏見が根深いし、こういう場から少しずつ変えていけたらいいなぁって……」
柔らかな笑い声と、穏やかな拍手。
だがその中心に座る一人の青年――『常磐 葵』は、どこか別の層にいるような空気を纏っていた。
灰色の瞳は優しげに細まり、白シャツに淡いグレーのカーディガンという中性的な服装も場の空気に溶け込んでいる。
けれど、彼の発する言葉は、そのどれもが“中心”になるように配置されていた。
「ありがとう。君たちのように、真剣に考えてくれる人がいてくれて、本当に心強いよ」
まるで、優しい先輩か、慈愛深いファシリテーターのような声音。
だが、それを聞く学生たちの目が、どこか焦点を結ばず、“何かに酔っている”かのように見えることに、誰も気づいていなかった。
「ねえ葵くん、最近よくキャンパスで見かける如月香帆さんって子、声かけてみようかな?」
その言葉に、常磐はふっと微笑んだ。
「焦らなくて大丈夫。……彼女は“向いている”だけ。無理強いは、誰のためにもならないから」
その声音に、わずかな濁りもない。
けれどその言葉は、『導くつもりはある』という意思を、確かに内包していた。
「でも、彼女……今日はちょっと浮いてた気がする。前はもっと、みんなに囲まれてたのに」
「感受性が強い人って、時々そういう風に見えるものなんだよ。大丈夫。必要なのは、ただ“共鳴”の機会だけ」
常磐は席を立つと、ゆっくりと窓の外に目を向けた。
春の陽射しがカーテンの隙間から差し込み、その瞳にうっすらと影を落とす。
彼の脳裏には、香帆の姿がはっきりと焼きついていた。
“あの目”。
あの、孤独と、恐れと、誰かと繋がりたいという渇望が混ざったような眼差し。
「(異能の進化はしれた。彼女の血は、僕をさらに先の存在にしてくれる)」
その時、廊下を横切る誰かの気配が常磐の意識をかすめた。
サングラスに白いパーカー。すれ違いざま、目が合った。
――白赤 郷夜。
常磐は柔らかく目を細め、静かに会釈をした。
郷夜は一瞬だけ足を止め、何かを感じ取ったように振り返ったが、すぐに視線を逸らして歩いていった。
「(感情波形の乱れがない。異能者特有の揺らぎが制御されている。そして、今の一瞬で僕を怪しんだ)」
脳内で、まるで医療データを読むように冷静に分析する。
常磐の目に、郷夜は『真紅のノイズが出続ける特異点』として映っていた。
明らかな――“危険な拒絶因子”として。
「この部屋まで嗅ぎつけてくるんだ。すごい存在だね」
つい先日までは、自分が手を出すまでもなく潰れると踏んでいた存在。
自身の異能を恐れ、現代社会のあり方に怯える小さな蝙蝠だった。
彼女の血が、あそこまで進化させるとは。
「(あの戦いよりも、さらに進化している。素晴らしい)」
自分も、普通の異能者を超越した存在に辿り着きたい。
「そのためには……彼女に一歩踏み出してもらって、優しい夢を見てもらわないとね」
常盤の手には一枚のチラシ、そして肩には1匹の黒い蛭の姿があった。
最後まで閲覧していただきありがとうございました!
第1章終わりまで駆け抜けるぞ!!
折り返しまできたぞ!!
次話もよろしくお願い致します。




