第16話 『揺れる灯』『繋がる血』
『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!
日常会が多くなってますね。
やっぱ戦闘多めの方が良いのでしょうか?
そこも方向性の問題になってくるのか…。難しいですね・
朝の光が、カーテン越しにじんわりと部屋に差し込んでいた。
炊き立てのごはんの匂いと、味噌汁の湯気が立ち上る。休日の、誰にも邪魔されない平和な時間――そんな空気の中、郷夜はぼんやりと座卓の前にいた。
押し切られて1泊することになり、抱き枕にされた結果、なかなか眠れなかった夜を過ごした。
寝れない中、脳裏を過っていたのは蓮華の首筋に牙を立ててしまったこと、ずっと胸に引っかかっていた。
「……先輩? おかわりは?」
エプロン姿の蓮華が、湯気の立つ鍋を抱えてキッチンから戻ってくる。肩までの金髪がふわりと跳ねて、首元には小さな絆創膏が貼られていた。吸血の痕を、何気ない仕草で隠しているように見えた。
「……あ、あぁ。ありがとな」
思わずよそ見していた自分に気付いて、郷夜は箸を取った。
目の前の皿に並ぶのは、だし巻き卵、ほうれん草のごま和え、焼き鮭――どれも丁寧で温かい。
こんな立派な朝ご飯を食べるのは空想の話だと思っていた。
「ねえ先輩、今日もこのままのんびりしよっか?」
にこにこと笑う蓮華の声は、どこか甘く、柔らかく、いつもより近い。
それだけじゃない。膝をくっつけて座る距離感、会話の間合い――まるで、恋人になったかのような親密さ。
普段から距離感は近いが、これは明らかに違う。
「(……いや、これはたぶん、吸血の影響だ)」
郷夜は心の中で静かに呟く。香帆のときも、似た感情の変化があった。
だが、蓮華の場合はもっと繊細で、もっと深い気がする。なにしろ、10年以上の信頼関係が土台にある。
『吸血』という行為の危険性が早くも見えてしまった。
「……なんか今日の蓮華、距離近くないか?」
「え? そうかな? ……うーん、だってさ。すごく嬉しかったんだもん、昨日」
さらりと言う蓮華の笑顔に、郷夜は返す言葉を失う。
「今までどんなに一緒にいても、心のどこかで“届かない”って思ってた。けど、やっと繋がった気がして……それが、すごく安心する」
蓮華の目は、どこまでも真っ直ぐだった。吸血により増した愛着が、彼女の表情や言葉に滲んでいるのがわかる。
心の底から嬉しいというのが見ているだけで伝わる。だからこそ郷夜としても否定しづらい状況。
「(これが……『支配』の入り口?)」
香帆のときと違うのは、蓮華がそれを受け入れているし、おそらく望んでいたであろうこと。
だが、それが逆に郷夜を不安にさせた。彼女は無自覚に、もっと繋がろうとしてくるだろう。もっと深く――。
「……蓮華」
「なに?」
「昨日のことは、ちゃんと考えてくれ。俺のせいで、何か変になったら……」
「なら、変にならないように、もっと一緒にいればいいよ。ね?」
蓮華はさらりと、悪気なく、微笑んで言った。
その言葉の甘さが、郷夜の胸にじんわりと重く残る。
様々な文献で調べた、吸血鬼に吸血された結果、眷属になるという流れが見えてしまった。
「(……もしこれが深まっていくなら……俺は奴らと変わらないじゃないか)」
少し冷めた味噌汁を啜りながら、郷夜は心の中でそう思った。
「ね、今日はもうこのままゆっくりしよ? 出かけるの、やめちゃお?」
蓮華がキッチンから片付けを終えて戻ってきた頃、郷夜はそろそろ帰ろうとスマホを手に立ち上がろうとしていた。
この後、自分の買い物と豪と少し話そうとしていたところだった。
「いや、蓮華。今日は俺、ちょっと寄るとこが――」
「やだ」
ぴしゃりと、でもどこか子どものような口調で、蓮華は言った。
顔は笑っている。でもその目は、ほんの少しだけ拗ねている。
「……冗談だよ、冗談。でも……ほんとはね、もうちょっとだけ一緒にいたい」
蓮華が近づき、郷夜の袖をそっと摘んだ。
普段の元気で明るい“人気者の後輩”ではなく、あの夜、首筋を差し出したあの時と同じ――どこか不安げで、でも一途な“女の子”の顔。
この顔をされてしまうと、どうも弱い。
「昨日の夜ね、先輩の体温がずっと残ってる感じがして……なんか、寂しくなくてさ」
「……」
「このまま、朝になっても先輩の匂いが残っててくれたらって……変かな」
「変じゃない」
郷夜は苦笑しつつも、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
ああ、これが“繋がった”代償か――いや、そんな言い方は蓮華に失礼だ。
俺が吸ったんだ。求められて、受け入れた。ならば、今の彼女の変化にも、ちゃんと向き合わなければならない。
変化への適応。変わることへの理解、過去に囚われ続けるのはいけない。
「……ありがとな、蓮華。こうして俺を頼ってくれるのは嬉しいよ」
「ほんと?」
「本当だ。ただ……その分、俺はお前をちゃんと見てなきゃならない。じゃないと、誰かに襲われても――」
「だったら、ずっと一緒にいればいいんだよ」
蓮華が言うその言葉は、何の打算もなく、ただの“願い”だった。
でも郷夜には、その純粋さがむしろ危うく思えた。
「(これが10年、俺が我慢させてた想いなのかもな)」
香帆のときも強く感じたが、蓮華はもっと深い。
過去も、想いも、時間も、全てが重なっている。だからこそ、壊したくない。壊れたくない。
自分を『異能者』と知っても、ずっと慕ってくれている大事な後輩なんだ。
「ねえ、先輩」
「ん?」
「……夜ごはんも、食べていくでしょ?」
「……明日はさすがに予定あるからな。バイト行かなきゃだし」
「バイト前に最高の朝ご飯用意するからね♪」
少しだけ間をおいて、郷夜は答えた。
そのときの蓮華の表情は、まるで犬のしっぽがぶんぶん揺れているような、無邪気で、でも強い喜びに満ちた笑顔だった。
こんな眩しい笑顔を向けられると、何も言えないな。
「じゃあ、昼は一緒にお昼寝ね。ふふ、先輩が横にいるだけで、すごーく落ち着くんだよ」
「……俺はクッションか何かか」
そう言って笑い合ったが、郷夜の胸の奥では、『異能者』の危険さについて、自身の力への危うさを再認識していた。
―――――――
日曜日の朝、まだ街全体が眠気を引きずっている時間帯。
郷夜は開店準備中の喫茶店『渡り鳥の休み木』のカウンター内で、モーニング営業の準備を行っていた。
蓮華とのやりとり――彼女の涙と覚悟、そして自分が吸血してしまった事実。
その余韻が、まだ心の中にじんわりと残っている。
「……それでも、俺は俺で居られるのか」
誰にともなく呟く。
「居られるさ。お前がまだ、その“問い”を持ち続けてるうちはな」
静かな声。
振り返れば、いつの間にか店の奥から斎藤豪が現れていた。黒のエプロン姿に無表情、相変わらずの気配が静かな雰囲気だが、郷夜の思考に入り込むタイミングだけは正確だった。
「おはようございます……って、もう入ってたんですね」
「今朝は早くから動いてる。忙しくなってきたからな」
豪は無言で新聞を畳み、スマホを取り出してテーブルに置く。
そこには、昨夜から今朝にかけて収集された“蛭”に関する情報の一部が表示されていた。
「見ろ。例の“蛭”の一体が、東区の河川敷付近で爆ぜた痕跡が出た」
「……爆ぜた?」
「制御不能になって、自壊した。周囲に人はいなかったが……中途半端な“命令”を残したまま暴走した可能性がある」
「蛭男がいなくなったからって、全て終わるわけじゃない……ってことか」
「蛭だけであそこまで精密に人は操れない。確実に2つの異能者が合わさって事件は続いている」
豪の声は冷静だが、静かな怒りが滲んでいる。
自分たちの街に、人間を“道具”のように変え、戦場に送り込む存在がいる――それは郷夜の胸にも刺さっていた。
何かしらの媒体を通して人を操る異能+蛭を自在に操り強化する異能、おそらくこんな感じの2人だろうが……複数人の異能者というのは本当に厄介な話だ。
「……如月香帆の件は、よくやった。被害が出なかったのはお前の判断力の賜物だ」
「……ありがとうございます。けど……」
「俺も近くにいたのに……戦闘音がまったく聞き取れなかった。支援に入れず、すまなかった」
「いえ……それに関しては、後々実験したいことがあります」
「そうか……獅子堂蓮華の件は本当だな?」
その一言に、郷夜はわずかに眉をひそめる。
「……まだ大丈夫か?」
「……あいつが泣きそうな顔で頼んでくるのを断れませんでした。最初は如月……蓮華には、吸血は絶対にしないつもりだったのに」
「それでいい。――お前は“守りたい”と思える人間がいるうちは、まだ大丈夫だ」
豪は静かにそう言い、立ち上がった。
「俺は情報収集と解析、警察との連絡に動いてくる。店番は頼むぞ、惠もそろそろ来るはずだ」
「はい」
豪が扉の奥へと姿を消すと、郷夜は再びカウンターへ向き直る。
挽きたてのコーヒーの香りが、店内にふわりと広がっていた。
店先の看板に『OPEN』の札をかけながら、郷夜は心の奥で強く呟く。
「(蓮華も、如月も、他の誰も――誰一人として、傷つけさせない)」
心に巣くう吸血鬼としての本能。
でもそれ以上に、郷夜は“人として守りたいもの”が増えてきていた。
喫茶店の扉が、カランと鳴って開く。
新しい日常が、また始まる。
最後まで閲覧していただきありがとうございました!
珍しい時間帯での更新でした。
お昼休みにでも楽しんでいただけたら嬉しいものです。
次話もよろしくお願い致します。




