第15話 『甘く重い選択』
『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!
熱射病とやらにやられてバタンキューしておりました。
更新遅くなって申し訳ありません。
大学の正門を抜け、街灯がぽつぽつと灯り始めた帰り道。
まだ春の心地よさ残る夕暮れの風が、郷夜のパーカーの裾を揺らした。
「……先輩、やっぱ疲れてる?」
隣を歩く蓮華が、覗き込むように顔を向けてくる。
純粋な心配と、何故こんなに疲れているのか気になって仕方がないという表情。
「まぁ、ちょっとだけな。寝不足と運動のせいだろ」
嘘ではない。けれど、それだけではない。
郷夜は香帆の血を吸い、覚醒し――そして、もう一人の大切な子を前に、いまにも揺れそうな理性を必死に抱えていた。
10年以上の付き合い、さすがに俺がいつも通りじゃなく、異能関係で困っているのも勘付かれているだろう……だからこそ困る。
「ふーん。無理しないでね?」
蓮華がそっと腕を絡めてくる。
郷夜はそのまま、断ることもせず歩を進めた。
1年の人気者。明るく元気なちょいギャルに寄られて、嬉しくない奴なんていないと思いたいが、今の蓮華の行動は、自分を逃さないための鎖のように感じる。
ポケットの中でスマホが小さく震える。
豪からの、仕事用の連絡だった。
【豪】
《蛭男、1時間程前に意識回復。状態は“壊れてる”。「主」「次」など意味不明な単語連呼》
《巨体蛭=媒介体。異能の本体は別。》
《赤雷で焼け残った蛭1体、人間の血に特別に反応》
《蛭男はすでに人間として心も身体も壊れており、特に肉体は修復不可能》
郷夜は画面を閉じて、息をついた。
まだ『蛭』との戦いは終わっていない。なんならこの前以上に激しい戦いが始まってしまうかもしれない。
俺のことは確実に邪魔者であり、排除の対象として見られているはずだ。俺に近しい人たちも。
蛭を使う本当の異能者がいる。人間を化け物に変え、好きに暴れさせてしまうイカれた異能の持ち主が。
「……仕事の連絡?」
蓮華が、やや気にするように覗き込む。
ある程度のことは知っている蓮華なのだが、あまりの鋭さに、郷夜は思わず苦笑いをしてしまう。
「ああ。たいした話じゃない。危ない内容は避けるよ」
「ふーん。なんか、先輩って前より“遠く”感じる気がする」
その一言に、郷夜の胸が少しだけ軋んだ。
「……そんなことない。10年以上傍に居てくれてるだろ?」
「そばにいる、だけじゃイヤなの」
蓮華は軽く笑ってそう言ったが、その目にはどこか寂しげな色が浮かんでいた。
歩きながら、郷夜はふと思った。
この手に触れている温もりを、俺はどこまで人のまま守れるんだろうか、と。
―――――――
2度目となる蓮華の部屋は、思った以上に心地良い、何かしら考えてくれた上で色々してくれている結果なんだろうと感じる。
手際よく食材を取り出し、鼻歌を奏でながらニコニコとご機嫌よくしている蓮華を横目に眺めつつ、郷夜は豪とメッセージのやりとりを進めていた。
「お肉食べるぞ~‼ 肉だ肉♪」
キッチンから振り返った蓮華が、得意げにフライパンを掲げる。
音を立てるのは、ふっくら焼き上がった和風ハンバーグ。出汁の香りも食欲をそそる。
「さすが……俺も見習わないとな」
「ふふーん。こう見えて、生活力は自信あるんだから。……ひとりで生きてくの慣れてるし」
その一言に、郷夜の胸が少しだけざらつく。
蓮華の明るさの奥にある“寂しさ”を、昔から感じていた。
帰り道でのやりとりも相まって、いつも以上に蓮華から寂しさを感じる。
二人でテーブルにつき、手を合わせて「いただきます」と言う。
味噌汁も、きんぴらごぼうも、どれも手作りの優しい味だった。
「美味い。ほんとに。……誰かに作ってもらう飯って、なんか沁みるな」
「でしょ? 先輩が望むなら毎日でもイケるよ」
にっこりと笑う蓮華。
だが、次の瞬間、真顔に戻る。
「……で、話してくれる?」
「……ああ」
郷夜は箸を置いた。
蓮華も姿勢を正す。その目は、いつになく真剣だった。
自分の知らないところで郷夜に大きな変化があり、それに置いていかれるのが耐えられない、あの日から変わらぬ蓮華の気持ち。
ここ最近の『異能者肯定運動』から始まり、蛭による寄生と操作、どんな目的をもって異能者が動いているのかを、自分なりにまとめて話す。
「俺……昨夜、ある“異能者”と戦った。そいつは人に寄生して操る力と、デカい蛭産み出したり見たことないタイプの敵で、同学年の如月香帆って子を狙ってた」
「……香帆さん、って……あのモテモテな先輩?」
「そうだ。狙われてると知って助けないわけにはいかなかったんだが、俺の甘さもあって苦戦しちゃってな」
「……吸ったんだ?」
郷夜が目を伏せる。
答えは沈黙。
今の簡単な説明と、自分の雰囲気からここまで理解できるのは、さすが10年以上の付き合いと言える。その付き合いの長さが今は重く感じる。
異能者に狙われた『如月香帆』と、幼い頃に金髪や整った容姿を理由にイジメられていた『獅子堂蓮華』、助けた流れは似ていて……違いがあるとすれば1つだけ。
「……そっか。先輩、アタシには一回も吸わなかったのに」
「どうしても吸血しなきゃいけない状況にならなかったってのもあるけどな」
「何回も我慢してるの知ってるのに」
「……まぁ……それは何回もあったな」
「アタシはダメで……あの人は良いんだ? なんか負けた気分」
蓮華の声が、震えないように抑え込まれていた。
そのまま席を立つと、静かに食器を流しへ運び、洗い始める。
仕方のないこととは言え、『吸血鬼』の特性を知っていて、何度か吸血衝動を受け入れようとしてくれていた蓮華のことを思うと、今の状況も仕方ないのかもしれない。
「……悪かった」
「ううん、悪くないよ。仕方ないのも、分かってる」
それでも――
「でもね……最初って、アタシだと思ってたから。1番最初に先輩を“普通じゃない”って気づいたの、アタシだったから」
蓮華は笑おうとして、うまくできなかった。
「助けたの、私が先でしょ。先輩を“先輩”って呼べるの、本当の先輩を知ってるのは、アタシだけだったんだから……」
「蓮華……」
彼女は淡々と作業を終えて、タオルで手を拭いた。
「だから、お願い。わたしにも、してほしい。……吸血。あの人にしたなら、アタシにもして」
「……」
「先輩が吸血を嫌ってきたこと知ってるけど、覚悟なら……誰よりも先にしてきたよ?」
震える声。
必死に笑顔を貼り付けようとするが、目元が潤んでしまっていた。
「わたし、吸われるの、怖くないよ。むしろ、先輩に吸われるなら、嬉しい……ずっと、そう思ってた」
郷夜は少し息を止める。
香帆を吸った後から、何かがずっと熱を帯びたまま残っている。吸血をしたことで『吸血鬼』として格が上がった、あの感覚を魂が求めている気がする。
頭の奥がじんじんと疼く。感情が、理性の箍を少しずつ緩めていく。
「今のところはどっちも何もないけど……何が起きるかわかんないぞ?」
「……うんっ」
郷夜は、蓮華の小さな肩に手を添える。
彼女の金色の髪をかき分け、柔らかくあたたかな首筋へと唇を近づけた。あの頃違って成長している感触に少しだけドキドキしてしまう。
無垢な体温と甘い香りが、郷夜の理性をくすぶらせる。
――カプッ。
肌に牙が沈み、ほんの少しだけ血が流れた。
「ん、っ……あっ……」
蓮華が小さく声を漏らす。
その体温が、郷夜の胸元に染み込んでいく。
――甘く、熱く、満たされる。
それはただの“栄養”ではない。
誰かを思い、願い、守ろうとする――血の味だった。
ほんの数秒で、郷夜は牙を引いた。
蓮華の体が、ふらりと彼に預けられる。
「……ありがとう。嬉しい……すっごく、嬉しい。先輩と深く繋がってる感じがする♪」
彼女の頬には涙の痕がうっすらと残っていた。
郷夜は、蓮華をそっと抱きしめる。
湧き上がってくるのは、自分をここまで想ってくれる子を傷つけたくないし、失いたくないという強い想い。香帆の時に得た攻撃的な全能感とは違って、自分の身を削ってでも守ってやりたいっていう、守備的な保護欲が出てきた。
「凄い……先輩を今まで以上に感じるかも……もう離してあげないから」
「……俺と一緒にいることで、今後狙われる可能性が高い。けど傷つけさせないからな」
「助けてもらったあの日から……覚悟は出来てるよ? これでようやく同じ土俵に立てた気がする♪」
今まで禁じてきたのに、あまりにも短い期間での2回目の吸血。
『人』として在りたい自分が、こんな流れで人外行為を行うことには後ろめたさを感じるが……それでも、この子を泣かせちゃいけない。
この選択が、俺に何をもたらすんだろうか?
最後まで閲覧していただきありがとうございました!
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