第14話 『ぬくもり』に溺れて
『吸血鬼は馴染みたい』閲覧していただきありがとうございます‼︎
吸血鬼に血を吸われた後、どうなる展開が有名なんだろうか?
色んな作品あるけれど、浸透してるのは一体どれなんだ?
静まり返った廊下を、ふたりの足音が慎重に進んでいく。
如月香帆が住むマンション7階。家族を起こさないよう、サンダルを脱いだ郷夜は香帆の後ろをついて歩いていた。
先ほどの激しい戦闘とは違った緊張感が郷夜を襲う。
「……こっち。静かに、ね」
香帆の小さな声に頷き、郷夜は息を殺す。
深夜、戦いを終えたばかりの体には疲労が滲んでいたが、それ以上に香帆の様子が気になっていた。
あれだけ恐れていた吸血衝動。今のところお互いに大丈夫そうに見える。
部屋に入ると、香帆はそっとドアを閉め、玄関に鍵をかける。
中はシンプルで、白と淡い青を基調とした落ち着いた空間だった。デスクの上にはいくつかの雑誌が広げられ、壁際には小さなぬいぐるみが数体並んでいる。
「ソファ、座ってて。……色々持ってくるから」
「あ、ああ……ありがとう」
郷夜は素直に応じて、ソファに腰を下ろした。途端に、背中に軽く痛みが走る。触れてみると、まだ傷が完全には塞がっていないようだった。
香帆が戻ってきたときには、片手に救急箱を、もう片方にはタオルと水の入ったバケツを抱えていた。
「服、少しだけ……上、脱いでもらってもいい?」
その言葉に、郷夜はわずかに戸惑ったが、すぐに無言で頷く。
血が滲み、ボロボロのパーカーを脱ぎ、シャツを捲る。露わになった背には、うっすらと残る裂傷跡が赤く浮かんでいた。
激戦の痕に、香帆は少し心を痛める。
「……痛そう」
「たいしたことない。けど、ありがとな」
香帆は黙ってうなずくと、脱脂綿に消毒液を含ませてゆっくりと当てた。
ピリッとした刺激が走ったが、それ以上に気になったのは――彼女の手の震えだった。
「……震えてる」
「え?」
郷夜が指摘すると、香帆はハッとして手を止めた。
「あ……ご、ごめん。私、大丈夫だと思ってたのに……なんか、すごく、ドキドキしてて」
香帆の顔が少し赤らんでいる。
消毒を再開しながらも、声はかすかに上ずっていた。
「昨日までは、こんな気持ちじゃなかったのに……なんでだろ。体も……ちょっと熱っぽくて」
「……吸血の影響かも。どこ調べても吸血された側は、何かしら影響出てるし」
郷夜の言葉に、香帆は目を伏せて唇を噛んだ。
香帆の身体を包む、……言葉にしにくい気持ち。
胸の奥が、温かく泡立つような、とても不思議な感覚。
「……でも、嫌じゃなかった。吸われたとき、怖いどころか……安心してた」
「自分でもビックリするくらい……強くなってたからなぁ」
「……全然怖く無かったよ。抱えてもらってたとき、とっても安心してたから」
香帆の声は、どこか確信めいていた。
消毒が終わり、ガーゼを当てながらふと香帆が小さく呟く。
「もう、今日は帰るの?」
「……ああ。ご家族に迷惑になるしな」
「そう、だよね……でも――」
香帆が立ち上がり、棚から小さな毛布を持ってくる。
まだ一緒に居たい。少しでも良いから自分のもとで休んでほしい。そんな想いが香帆の脳裏から離れない。
「……少しだけでいいから、ここで休んでいって」
その表情に、無理はなかった。
郷夜は言葉を探しながら、迫力に負け、結局何も言わずに頷いた。
毛布をかけ、座椅子に深く腰を落として目を瞑る、部屋の中の音が遠のいていく。
香帆は隣の座椅子に座り、郷夜の顔をじっと見つめていた。
眠りに落ちかけた郷夜に、かすかに届いた彼女の声。
「……ありがとう。私の王子様、出来れば傷つく姿は見たくないけど、また誰かのために傷つくんだろうね」
約1時間後。
郷夜が目を覚ますと、香帆は隣の座椅子で郷夜のほうを向きながら、ウトウトと舟をこいでいた。
「……起こしちゃったか? ごめん、甘えすぎた」
香帆が目をこすりながら「ううん」と首を振る。
優しい笑顔を郷夜にむけつつ、名残惜しさを感じさせないように立ち上がる。
「ちょっとでも休めてよかった。じゃ……玄関まで送るね」
2人でそっと部屋を出る。
ドアの前で、香帆が声を落とす。
「……また来る?」
「来るにしても、次はご家族の許可貰わないと」
「いつでも良いよ。必要なくてもウェルカムだからね」
郷夜はしばらく考えて、静かに頷いた。
「そのときは、怪我してない元気な状態だとバッチリだな」
「それが一番、嬉しいかも」
嵐のような夜が終わりを迎える。
―――――――
大学の中庭。曇り空の下、植え込みの向こうから金髪がぴょこんと跳ねる。
「せーんぱいっ!」
声が聞こえるなり、郷夜は肩をすくめる。激戦後でいつもより睡眠時間が短く、目をこすりつつ振りむこうとしたが、向ききる前に細身の体が勢いよく腕に飛びついてきた。
あまりの勢いに軽くよろめいてしまう。
「今日も元気そうで何よりだな、蓮華」
「えへへ、いつだってパワー全開!」
笑顔のまま、蓮華は郷夜の胸元に顔をうずめるようにして、そっと鼻を近づける。
輝かしい笑顔に影が入る。
「……なんか違う」
「は?」
「なんか知らない混ざってる~?。しかも新しい……夜中誰かと居た?」
唐突な問いに、郷夜は一瞬言葉を詰まらせる。
返答に困っていると、蓮華は腕を離して一歩下がり、口を尖らせた。
吸血鬼もビックリの敏感さ、鋭さ……有無を言わさぬ圧。
「先輩、なんか変わった。なんか……隠してる感じする」
「別に、隠してるってわけじゃ……」
「じゃあ、教えてくれる?」
真っ直ぐな瞳。冗談めかした調子とは裏腹に、その目は真剣だった。
郷夜が口を閉じると、蓮華は無理に笑って言葉を繋げた。
「ねえ、今日の晩ごはん、一緒に食べよ? わたしが作ってもいいし、外でもいい。……ここでは言いにくそうだし、いい?」
「……ああ、わかった。ご一緒させてもらうよ」
「やったぁ!」
ぱっと笑みを浮かべて、蓮華は嬉しそうに腕を組み直す。
「場所は先輩に任せるよ。手料理でもいいし、デートっぽいお店でも」
「デートって……」
「……だって、アタシが1番先輩のこと見てたもん。少しくらい知る権利あるでしょ?」
冗談みたいな口調。でも、郷夜を見つめる瞳には真剣で強い想いが見てとれた。
その視線に、郷夜は少しだけ視線を外すと、小さく息を吐いた。
「……わかった。話すよ。ちゃんと」
「うん、楽しみにしてる」
その約束は、蓮華にとって小さな勝利。
だが同時に、彼女の中に芽生えつつある“焦り”が、笑顔の裏でそっと揺れていた。
最後まで閲覧していただきありがとうございます‼︎
『大罪の魔王』と違って日常話しが多くなってますね。
これもまた勉強です。現代ファンタジーってのは難しいなぁ。
次話もよろしくお願い致します。




