第13話 『目覚める血の王』
『吸血鬼は馴染みたい』を閲覧していただきありがとうございます!
序盤のメインディッシュみたいな話になります。
厨二病全開にしてるときが1番楽しいです。
夜空を優雅に歩くかの如く、香帆を抱えた郷夜が空を舞う。
郷夜の背と肩からは、熱と痛みの混じった血が流れ落ちている。
地面には巨体蛭の残骸が散らばり、蛭男も複数の触手翼を羽ばたかせながら、郷夜の動きを観察する
彼の表情には、確かな警戒と、そして……愉悦があった。
その中で、香帆が郷夜の傷に優しく触れる。
「郷夜くん……大丈夫?」
「名前呼び……なんか新鮮だ」
先ほどまで自分が敵に圧倒されていた状況にも関わらず、今の郷夜には香帆がもたらしてくれた安心感と確かな暖かさのおかげで、少しの余裕がもてた。
強い決意を秘めた目で、香帆は郷夜に想いを伝える。
「郷夜くんは、私のためにボロボロになるまで戦ってくれた。今度は……私の番」
「……俺のためでもあるよ」
「吸血鬼さんでしょ? 私の血を……ね?」
その一言に、郷夜の呼吸が止まる。
夜風が彼女の黒髪と青のメッシュを揺らし、凛とした眼差しが彼を見据えていた。
「このままじゃ、郷夜くんが壊れちゃう。そんなの……見たくないよ」
香帆は、指先で自分の髪を払い、細い首を郷夜の前に差し出した。
震えていた。けれど、逃げなかった。
恐れていた。けれど、その目は決して逸らさなかった。
郷夜は、喉が焼けつくような感覚のまま、拳を握りしめる。
「……俺は……」
「郷夜くんは、郷夜くんのままでいい。吸血鬼でも、普通の人でも、きっと変わらない優しい人だよ」
「そう言ってくれるなら……きっとそうなんだろうな」
言葉よりも、手の温もりが先に届いた。
香帆がそっと、彼の手を包む。
その瞬間、郷夜の中で張り詰めていた理性が、静かにほどけた。
「何があっても守り抜く」
香帆は、こくりと頷いた。
そして郷夜は、彼女の首筋へと、そっと顔を近づける。
甘い香りと共に、静かに牙を突き立てた。
──瞬間、空気が“変わった”。
静かだった夜が、深紅に染まる。
雷鳴が、遠くで鳴ったように空気が震える。
郷夜の身体から、真紅の雷が溢れだした。
そして──
郷夜の髪が、白く染まった。
「な……っ……!」
蛭男が、思わず一歩後退する。
ただならぬ気配。圧倒的な“力”の発露。
香帆は、ほんのわずかに顔を赤らめながら、少し頭の揺れるような感覚に襲われていたが意識を保っていた。
香帆は火照る自身の身体を、ゆっくりと抱きしめた。
「……ふふ……なんか、すごいね。血が、体中で花火になったみたい」
郷夜はしっかりと彼女を抱え、自分の身に起きた変化を認識していく。
夜空が紅く染まっていくのも、冷静に受け止められた。
蛭男と巨体蛭に流れる異質の血、気絶させた寄生されし者たちの息遣いも鮮明に感じられる。
「ありがとう……香帆」
「ふふっ……急に彼氏みたいな雰囲気」
「ここで茶化す余裕……敵いそうにないな」
「しっかり責任とって……蛭は当分見たくないな」
「……それは違いない」
ゆっくりと地面にむかって降りながら、2人は互いに優しい眼差しを向け合いながら言葉を掛け合う。
蛭男も巨体蛭も、あまりに隙だらけの郷夜に対し、何も仕掛けることができなかった。
辺り一帯を覆うように展開されている薄赤い霧、郷夜から迸る真紅の雷、そのどれもが用意に自分たちを殺してしまう……生物的な恐怖に動けずにいた。
郷夜の目が、空に輝く月に向かって赤く光った。
次の瞬間、霧の赤が濃くなった。
そして……“音が消えた”。
世界が一瞬、無音になったような感覚。
地面にいた蛭男が、焦りの表情を浮かべた。
「これは……こんなに変わってしまうモノなのか!?」
赤雷が、地面を這うように走った。
その中心に立つ郷夜の姿は、すでに“人”の域を、普通の異能者のレベルをも遥かに超えていた。
髪は雪のように白く染まり、瞳は真紅に燃え、
血が赤雷を帯び、まるで従者のように彼の身体を包んでいる。
だが、それ以上に異様だったのは――その“静寂”。
郷夜の周囲だけ、音が吸い込まれるように消えていた。
雷の轟きも、風の音も、香帆の息づかいすらも……『無音』。
自身の身体で蠢く蛭たちと、己の息遣い以外、不自然なほどに聞こえない。
「『吸血鬼』になる異能だけではなく……周囲の環境にまで影響を及ぼすことが出来る? 先ほどから誰も来ぬのは……すでに発動していた?」
蛭男の声が微かに震えた。
音という“情報”すら遮断する力――まるで、戦場そのものを制圧するような異能。
もしこの霧がこの異常な力の効果範囲だとしたら……あまりにも広大で強大。
次の瞬間。
巨体蛭の身体が弾け飛んだ。
——ズバァァァァンッ!!
巨体蛭付近の様々な血が、突如として赤雷を纏い、触手のように伸びて巨体蛭の身体をバラバラに引き裂き、そして……血が爆ぜた。
あまりにも無茶苦茶な攻撃に対し、蛭男は郷夜から距離をとろうと羽ばたく。
「蛭の近くの血に……彼のものはなかったはずだ!?」
「……あんたの声は誰にも届かない。『血』に関して吸血鬼に勝てると思うなよ?」
蛭男が目を見開く。
奪われていたはずの音、しかし、郷夜の声だけは身体の芯に響くように聞こえてきた。
郷夜は、一言も発さずに歩みを進めていた。
郷夜の歩みに呼応するように、潰されていった蛭たちの血が、郷夜に従うように郷夜の元へと集い始める。
自身に従う蛭が、そして男の身体が、恐怖に震えはじめる。
「……許されるものかぁぁぁぁぁッ!!」
蛭男が、最後の触手を全て開放する。
背から、肩から、腰から、ありとあらゆる穴から這い出る無数の蛭――
それが束になり、鞭のような質量兵器と化して郷夜に襲いかかる。
そんな男の抵抗を郷夜は冷静に見極めた。
「……終わりにしよう」
香帆をゆっくりと地に降ろし、郷夜は迫る触手をゆっくりと見つめる。
その瞬間、鮮血たちが蛭を飲み込んだ。
——バチバチバチバチッ!!
それは、まるで雷鳴そのものが地を蹴ったような音だった。
蛭男の放った触手の群れが、郷夜の支配する血に飲まれ、赤雷をもって焼け焦げて消失した。
次の瞬間、蛭男が視線を上にあげると、自身の真上に郷夜が足を振り上げて存在していた。
音も気配も、何も感じることができなかった。
——バチバチバチバチッ!!
「『終曲を綴る轟雷』」
――ゴシャッ!!
赤雷を纏った渾身のかかと落とし。
飛んでいた男を地面に叩きつけ、男の身体で蠢いていた蛭たちを一撃で全滅させた滅びの雷。
香帆の血をもって完全に目覚めた『吸血鬼』による、戦いに幕を下ろす一撃。
コンクリートを砕く勢いで叩きつけられて尚、意識を失っていない男に、郷夜は冷めた視線を向ける。
「半端者如きが……な、ぜ……」
「半端でも……人のままでいようとした結果の話だ。運が良かったとも言えるけど」
ゆっくりと、郷夜が歩み寄る。
蛭男の表情が、諦めと悟りに染まる。
「……ありがとうございます……我らが主……私に力をくれて……」
蛭男の目が、どこか別の空間を見つめる。
心を、どこか遠くに置いてくるように。
そのまま、彼は意識を失った。
気絶した蛭男の身体から、黒い蛭が一匹、ひときわ異様なうねりを見せながら、バラバラになって地面に溶けていった。
「……ふぅ〜」
戦いが終わった。
否、戦いの“形”をした、侵食と拒絶の夜が幕を下ろしたにすぎない。
血と熱で濡れたアスファルトの上、郷夜は静かに膝をつく。
音が――戻ってくる。
夜風のそよぎ。虫の鳴き声。
髪の毛が元の色に戻りつつある郷夜に、香帆はゆっくりと近づいて、心配そうに肩に手を置いた。
「郷夜くん……大丈夫?」
「……ありがとう」
郷夜は小さくそう呟いた。
香帆の目には、雷や血の力に酔いしれた化け物ではなく、自分の中の“何か”に怯え、踏みとどまろうとしていた青年の姿が映っていた。
少しの後悔を浮かべて、郷夜は香帆を見上げる。
「吸っちゃったな……ごめん……どうなるかなんて知らなかったのに」
「……ううん。平気。……吸血鬼に血を吸われたら、吸血鬼になるんだっけ?」
「初めての吸血だったから、俺もよくわかってないんだよな」
「体が火照ってるくらいで……う〜ん……」
香帆の表情は、どこか優しかった。
目を見開いて戸惑う郷夜に、彼女は言葉を重ねる。
「少しドキドキするけど。でも、“怖く”はなかった。むしろ……なんだろう、懐かしい感じっていうか」
彼女の体質――“特別な血”の効果か、それとも異能者を惹きつける素養か。
あるいは、それ以上に“郷夜だから”という理由かもしれない。
郷夜の心が、わずかにほどける。
「あんな力、知られたら大変だな。とりあえず豪さんに色々投げないと」
「かっこよかったよ。とっても」
全部肯定してくれる香帆の言葉に気恥ずかしさを感じつつ、郷夜は豪に連絡を入れる。
おそらく数分で辿り着いて、気絶した人たちのことを保護してくれるだろう。
蛭男が最後に言った言葉、男よりも巨大蛭のほうが異能の気配が濃かったこと、そして自分が吸血行為を行ったことを簡潔にメッセージとして送った。
「……香帆はもう、部屋に戻った方がいい」
「うん。でも郷夜くんも……傷はほぼ治っちゃってるけど、格好がボロボロだよ?」
「……お言葉に甘えようかな」
「家族が起きちゃったら……頑張ってね」
「さっきの戦いより、苦労するかも」
郷夜がふっと笑う。
元に戻った髪が、夜風にふわりと揺れた。
いつか、人の血を吸わずとも、守りたい人を守れる男になれるだろうか?
そんな問いを胸に抱いたまま、彼は静かに歩き出した。
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