第9話 『蝕む恐怖』
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そろそろ使ってみるか……。
夜の23時をまわった頃、如月香帆は、自室のカーテンをわずかに開けた。
眠れない。
布団に入ってから何度も寝返りを打ったが、胸の奥に巣くう不安が渦を巻いて、目を閉じるたびに昨日の夢が頭をよぎった。
窓の外に、誰かがいる。
その“気配”だけが、やけに生々しく残っていた。
「……マンションの7階、そんなはずないのに」
夢の中の景色だったはずなのに、自分の部屋の窓から見下ろした路地や街灯、そこに立つ黒い影の姿までが、妙に“現実的”すぎたのだ。
風の音、電線の揺れ、夜の湿気――すべてが混じり合って、今この瞬間にもその影が下に立っている気がして、どうしても眠れなかった。
ベランダから、マンション前の道路を見下ろす。
当然、誰もいない。車も通っていない。
ただ、街灯のもとに伸びる自分の部屋の影が、不自然に歪んでいるように見えた。
「……バカみたい」
自分に言い聞かせるように、夜の闇に言葉を吐き捨てる。
だが、恐怖というのは理屈では消せない。
不安の正体は“いる”か“いない”かではなく、“いるかもしれない”という不確実性なのだ。
「(私……壊れてるのかな)」
かつてのトラウマと、郷夜に告げられた「守りたい」という言葉。
それが、香帆の中でせめぎ合っていた。
――誰かに頼りたい。けれど、それは弱さを認めることになる。
でも、郷夜の視線は“弱いから”ではなく、“大切だから”向けられていたような気もしていた。
「私……弱くなっちゃったのかな?」
寝静まる家族には決して届くことのない弱々しい声で本音を吐き出す。
逃げ場の見つけられない恐怖に追われ、常に監視されているというストレスを前に、香帆の心は弱っていくばかり。
―――――
一方、郷夜は夜の喫茶店の入り口前に立っていた。
恵と2人の子どもたちは眠り、こっそりと抜け出してきた豪とここで落ち合うことになっていた。
夜の冷気が肌を撫でる中、郷夜はスマホに届いた香帆のSNSアカウントのスクリーンショットを見つめていた。
どんどん数は増えるが、どれも無言のフォロワー。
その全てが香帆が過去に投稿してきた何らかの写真をアイコンにしている。
あまりに悪質で陰湿な嫌がらせに郷夜は本能的な苛立ちを感じていた。
「匿名だからって、何しても良いと思ってんのか?」
そのとき、背後の影から静かに声が落ちてくる。
「……思ったより早かったな、郷夜」
「豪さん」
そこにいたのは、喫茶店の店長・斎藤豪。
いつもと変わらぬ無表情のまま、手にはタブレットを持っていた。
「個人の犯行じゃない。例のアカウントどもは全部別の人間だ……この前の奴ら同様に操られてると見ていい」
「めちゃくちゃな異能ですね」
「多分、異能者1人でここまでやるのは難しい。2人はいるとみて動いた方がいい」
郷夜の眉がわずかに動く。
遠隔で人を操ることのできる異能者。
先日の“支配された者たち”との戦いで、その存在がより濃く現実味を帯びた脅威。
その悪が、再び動き始めている。
「……あの子を囮にする形になるかもしれない」
「それはダメです」
郷夜は即答した。
いつもの冷静さとは違う、はっきりとした拒絶だった。
これ以上、心の傷を増やすような体験はしてほしくない。今までどれだけ経験してこようと、こんなことに慣れなんてものは存在しないはずだから。
「彼女を巻き込んで利用するくらいなら、完全に能力を解き放ってでも、俺がやります。6分くらいなら行ける」
豪は何も言わず、そのままタブレットを閉じる。
自分の異能を毛嫌いしている郷夜の覚悟の発言に、さすがの豪も驚きをみせる。
「お前がそう言うなら、俺はやりやすいように支えてやるだけだ」
「……助かります」
そのとき、郷夜のスマホが震えた。
香帆からのメッセージだった。
『今日もまた家の外が怖い。ごめん、こんな時間にこんなことで送って』
ただ、それだけの短文。
だが、郷夜の心には重く響いた。
「……行ってきます」
「気をつけろ。複数の視線というのは人間とは限らんぞ」
「はい」
郷夜はパーカーのフードを被ると、夜の道へと駆け出した。
今にも暴れ出しそうな、夜の支配者の力を少しずつ解き放ちながら。
―――――
香帆のマンションの近くでは、先程まで誰もいなかったはずの電柱の陰に、ゆらりと一つの“影”が立ち上がっていた。
黒いフードを被った細身の男。
その足元では、ぬらりとした赤黒い液体のような何かが這い、マンションを囲むようにして至る所の壁から這い登っていく。
そして――部屋の中の空気が、わずかに“違う”ものへと変化していった。
香帆は、それに気付かないまま、ベランダ出てカーテンを閉じてベッドに潜り込んでいた。
薄暗い部屋の中、目を閉じたまま、胸の奥がざわついていた。
(……また来る。今夜も、何か嫌な気配のするのが)
人の気配とは違う何か複数の悪意。
家にいるときでも、講義を受けているときでも、電車の中にいるときでさえ感じる陰湿で身体に纏わりついてくるような気配。
今までの経験とは比べ物にならない恐怖が、この後自分を苦しめる。
「……既読がついた。こんな時間に申し訳なかったなぁ」
我慢できずに送ってしまった不安を伝えるメッセージ。
まさかこんな夜中に送ったものが、すぐに読んでもらえるなんて思ってもなかった香帆に、恥ずかしさと申し訳なさが浮かぶ。
大学近くに下宿している郷夜と、大学から4駅ほど離れた場所に住んでいる自分なので、「何かあったら、すぐ駆けつける」とは行かないのが残念な問題。
「それでも不思議……読んでもらえただけでも、ちょっと気分良くなったかも」
返信が待ち遠しくて、郷夜とのやり取り画面を開いたまま画面を眺めること1分、郷夜からの返信が来た。
「ふふっ……白赤くんって、こんな面白いタイプだっだっけ?」
思わず笑みが溢れてしまった返信の内容は『何かあったら空を走ってでも行くよ』というもの。
真面目に見える郷夜からのユーモア溢れる返信に、少しの間だが香帆の不安が和らいだ。
「……こんなメッセージ1回1回のやり取りで喜ぶなんて……恋人みたいかも」
不安と恐怖に支配されかけていた香帆に控えめながら、優しい笑顔が咲いた。
しかし、その笑顔は突如香帆を襲った無数の邪悪な気配と、外から聞こえる何かが這う音で消失した。
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