プロローグ 『吸血鬼は目指したい』
はじめまして!!
山畑京助と申します。
吸血鬼×学生×ムエタイ×ファンタジー的な要素を取り入れた作品、『吸血鬼は馴染みたい』を連載させていただきます。
第1章完結までは1日1話以上更新予定です。
よろしくお願いします!!
賑やかな都心から離れた穏やかな田舎町。夜の廃工場には、静けさとは違う異様な『気配』があった。
草むらで虫が鳴く音も、遠くの道路を走る車の音も届かない。まるで、この場所だけが世界から切り離されているよう。
『白赤郷夜』は、崩れたフェンスをまたいで足を踏み入れる。
服装は白いパーカーに黒のパンツ、派手な黄色のスニーカー。どこにでもいるようなシンプルな服装、両手にはしっかりとテーピングが巻かれていた。
工場内は薄暗く、天井の一部から月明かりが射し込んでいる。
その足元に、ひとつのランドセルが転がっていた。
郷夜はしゃがみこみ、それを拾う。
血が、乾きかけていた。
「……まだ間に合うはず」
呟く声は、誰に向けたものでもなかった。
目を閉じると、鼻先に漂うのは――生ぬるい、濃密な鉄の匂い。そして何より、怒りの味。
「(また異能者が誰かを傷つけるなんて……ふざけんな)」
郷夜は怒りを力に拳を握り、ゆっくりと奥へ進む。
そして……奥のシャッターが軋んだ。
――ギィイ……ギィ……
暗がりから現れたのは、人ではなく、明らかに獣の姿をした異形の存在だった。
分厚い灰色の体毛に覆われた体。膨張した鼻孔が忙しなく動き、何かを嗅ぎ分けている。鋭い牙、長く垂れた舌。両手には鉤爪のような鋭い爪。
まさに――狼男だった。
「うへ、ひ……やっぱり来たか。お兄ちゃん、この濁った血の香り……『異能者』だな?」
「……童話の中だけにしてくれよ」
「そう言うなよ……怪物同士、楽しく社会を生きようじゃねぇ~か」
「俺は『人』として楽しく社会を生きていきたいと思ってるから……話にならないな」
目の奥が、濁っている。快楽と飢えが同居する、まるで底の見えない野蛮な獣の目だった。
自身の赤茶色の髪をわしゃわしゃと掻きながら、郷夜は一息吐いて気持ちを落ち着かせる。
「……子どもをどこにやった」
「さぁな。まだ喰ってないかもしれねぇし、もう喰っちまったかもしれねぇし……」
ふらふらと肩を揺らし、激しい息遣いを隠すことなく郷夜に向かって歩いてくる狼男。
郷夜は左足を半歩前に出し、両拳を上げてファイティングポーズを構えた。
「返せ。生きてるうちに」
「今どきのガキは大人に対する口の利き方も知らねぇのカァ?」
「獣が常識を説いてんじゃねぇよ」
「じゃァ……怪物同士ルール無用だなァッ!!」
――ドンッ!!
叫んだ直後、狼男の身体が跳ねた。
地を蹴り、壁を蹴り、天井を這い――郷夜の死角から襲いかかる!
だが、郷夜は冷静だった。
必要最低限の動きで、素早く死角から跳びかかろうとする狼男と正対し、沈み込んだ体勢から勢いよく跳びあがりながら右膝を突き上げる。
「――ッ!」
――ドシャッ‼
鈍い音が工場内に響き、郷夜の膝が狼男の顎を捕らえ吹き飛ばす。常人ではありえない威力の膝蹴りが直撃した。
だが――そのまま壁に叩きつけられた狼男は、すぐに起き上がった。
「ひひ……効くには効くがよォ……俺の毛皮はとっても丈夫でなァ!」
――バァンッ!!
渾身の跳び膝蹴りでのカウンターだったが毛並みが異様に硬く。まるで鎧のように体を守っていたせいかダメージは薄い。
自身の耐久を自慢する狼男に対し、郷夜は非常に冷静だった。
呼吸を整える間もなく、次の瞬間、狼男は驚異的なスピードで地を這いながら接近。
爪が舞う。郷夜は左腕で受け流すが、衣服ごと皮膚が裂け、血が飛び散る。
痛みが神経を刺す。その瞬間、郷夜の中の何かが疼いた。
「(脳を揺らすために顎当てたのに、体毛とか関係あるのかよ……こっちが出血しちまったな)」
喉が熱くなる。舌が乾き、口の奥がじりじりと渇きを訴える。
郷夜は歯を噛み締め、舌を噛んだ。
――滴る血を、飲み込む。
「……血月への帰郷」
郷夜の呟きが月明かり照らす工場に消える。
激しい血流が郷夜の全身を駆け抜け、感覚が研ぎ澄まされる。視界が赤みを帯び、空気の動きがはっきりと見えた。
郷夜の瞳が真紅に染まる。
「……獣狩りだ」
声が熱を帯びる。煮え滾っていた怒りは内に秘められ、今の郷夜に漂うのは純粋なる鋭い殺気。
先ほどと同じように左足を半歩前に出し、両拳をあげてファイティングポーズをとる。
「来いよ、獣――人の匂いに飢えたクソ野郎!」
――ドンッ!!
勢いよく両者が地を蹴る。
降りかかる狼男の爪の軌道を読み、右肘打ち降ろしで弾いて防ぎ、そのまま脇腹へ右膝蹴り、吐血をしながら腹部を抑えて逆くの字になる狼男の後頭部に左肘を振り下ろす。
あまりに鮮やかなで破壊的な打撃のコンビネーションに狼男は地に叩きつけられる。
「ぐあァ……うぐぐゥ!!」
「頑丈だけど関係ねぇ!!」
狼男は地面に叩きつけられながらも、呻きながら立ち上がる。
自分の頑丈さへの信頼と郷夜が戦闘の素人でないことの2つの事態が高揚を呼んだのか、狂気を帯びた笑みを狼男は浮かべる。
「うひ、ひ……ッッッ、おもしれェ! お前が喰いてぇな、お兄ちゃんよォ!!」
「……眠ってろ」
――バチバチッ!!
狼男が吐血し、郷夜のズボンにベッタリと付着した血が音を立てて小さな雷を発生させている。
一瞬にして右脚全体が紅い雷を帯び、郷夜は迷いなく狼男へと振りかぶる。
狂気に染まっていた狼男の目が、恐怖に変わった。
「雨空に奔る赤雷ッ!!」
――ゴシャンッ!!
赤雷を纏った郷夜の右ミドルキックが狼男の左あばら付近を撃ち抜く。
重く鈍い音が工場に鳴り、その後すぐに勢いよく吹き飛んだ狼男が工場の壁を突き破って外に跳んでいく。
数秒経っても動く気配を感じなかった郷夜は、一息ついて本来の目的を思い出す。
「(……あいつは後、まずは子どもの無事を確認しないと)」
目的である子どもの安全を確認しようと動き出そうとしたその直後、郷夜の視界がふらつく。
「1分程度しかなってないだろうに……修行不足だ」
襲い掛かる倦怠感と他者の血を欲する吸血衝動。
短い異能の使用時間だったのにもかかわらず、この状態になってしまった事実に郷夜は思わず肩を落とす。
この事態を綺麗に片付けてくれる知人へ連絡を入れたそのときだった。
――ギィィ
「……おにい、ちゃん……?」
奥の扉が開き、小さく怯えた少女の声が郷夜の耳に届いた。
郷夜は吸血衝動を堪えながら、素早く少女へと駆け寄っていく。出来るだけ優しい笑顔を作りながら。
「……良かった。大丈夫だったか?」
声をかけながら駆け寄ると、少女は勢いよく郷夜に飛びついた。
外傷が少ないことを確認して、飛びついてきた少女を優しく抱きしめる。
「こわかった……ずっと、こわかったの……!!」
小さな手が、郷夜のパーカーを掴んだ。涙で顔が濡れていた。
郷夜はその手に、自分の手を重ねて優しく声をかけ続ける。
「もう大丈夫だ。一緒に帰ろう……今頃、街中探し回ってるから安心させてやらないと」
工場に漂う血の香りに吸血衝動が刺激されるが、郷夜は少女の手を強く握り、気持ちを切り替えた。
自分が何のためにこの場に来たのかを自分に言い聞かせる。
「(……この手を守るために来たんだろ)」
「……ありがとう、おにいちゃん‼」
そう呟いた少女の声が、波打つ郷夜の心を静かに鎮めた。
少女の手をしっかりと握り、月明かりに照らされた廃工場を後にする。
彼の『吸血鬼』としての一夜が終わり、『人間』として社会に馴染もうとする時間が再び訪れようとしていた。
最後まで閲覧していただきありがとうございました。
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