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六道の歩

作者: 夏夕

とある学校の屋上、その縁に一人の少年が立っていた。

制服の第二ボタンはとれかけ、靴は泥で黒ずんでいる。

夜の空気は重たく、どこか濁っていた。

街の喧騒が遠くに霞み、足元で風が、

無機質な屋上の縁を舐めていく。

少年が真下を見下ろす。

地面が遠く、眩暈がするような高さ。

けれど少年に恐怖や怖さなんてものはなかった。

――明日が来なければいい。

 そんな事を、今日で何百回も思った気がする。

ただ無感情に全てを諦めたような表情で少年が呟く。

「……ここで終われば、全部なくなる」

そう呟いた声は、風にかき消された。

空を見上げ、少年は足を一歩前に出す。

浮遊感、風の圧力。

重力が喉元を掴み、視界が一瞬で地面に向かい体を地面が引き寄せてくる。

ふと今までの出来事や、自分が歩んだ人生が頭を過ぎる。

――これが死ぬ間際に見る走馬灯か、と少年は少し笑みを浮かべそっと目を閉じ思う。

人は死んだらどこへ行くのか、そこで何を思い感じるのか…と。

そこに、急に光がさした。

いや…正確には光ではない。

音も、匂いも、全てが消えた静寂の中で少年は目を開ける。

そこに在ったのは、ただただ白く、何もない世界が広がっていた。

「ここが…死後の世界なのか?」

少年が訳も分からず辺りを見回していると

一人の〃少女〃が現れた。

真っ白な巫女装束。光も透けるような絹の如き美しい白い髪。まるで全てを見透かすかのような金色の瞳。年齢も表情も曖昧なその存在は、不敵で妖艶なだがどこか親しみげのある笑みを浮かべ語りかけてきた。

「僕はミコト、君は〜志村カイくん…だよね」

突然現れ、ミコトと名乗った少女は、僕の名を呼び微笑んだ。

「どうして僕の名前を知ってるんだ…?」カイが尋ねる

「ここは何処で、一体君は何者なんだ?」

「僕は死んだんじゃないのか?」

カイは何もない世界、突然現れたミコトと名乗る少女、その少女が何故自分を知っているのか、まったく理解の出来ない状況に少し頭を抱えた。

「まあまあ、少し落ち着いて!」ミコトが言う

「順を追って説明していくと、まずここはいわゆる精神の世界って感じかな」

「精神の世界?」カイが聞き返す

「そう!」

「今の君は死んでるとも言えるし死んでないとも言える状態なんだ」

訳が分からない、という表情で更に頭を抱えるカイ。

「そして今から君には六つの道(世界)を歩んでもらう、僕はその導き手…みたいなものかな?」とミコトは続けて言う。

「導き手?」

「それよりまずその六つの道ていうのはなんなんだ?」

カイは理解の追いつかない状態でミコトに質問する

「聞いた事ないかな?〃六道〃…て」

「人は輪廻転生を繰り返す中で死後に生まれ変わるとされる六つの象徴、怒りの地獄、飢えの餓鬼、愚かな畜生、争いの修羅、偽りの人間、偽悟の天その六つを総称して六道」

「まー他にも〃四聖〃ていう四つの世界もあるんだけどそこは特にどうでもいいかな」

とミコトは少し笑いながら答えた。

それを聞いて困惑した表情でカイは思う。

――死ねば全て終わる、なくなると思っていたのに、こんな訳の分からない状況になってどうしてそんな六つの道を歩まなければいけないんだ。

と少し怒りが込み上げるカイ。

「その六つの道を歩む事に何の意味があるんだ」とカイは尋ねる。

「意味…か」ミコトは少し沈黙した後答える。

「人とは常に喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、恐れ、嫌悪、軽蔑、羨望、憤慨あげればきりがない程の感情を抱えそれが絡まり迷い生きている。」

「六道はそんな感情を強く抱え堕ちた者たちがいる世界。」

「六つの道を歩みその先に何を見出し、何を思い生きるか、意味を見つけるのは君自身だよ。」

とミコトは淡々と語る。

そんな話しを聞いていたカイは、今までの人生を振り返り思う。

――今まで生きてきて、何も見出せず、腐った世の中を見て経験して、全てを諦め命を投げ捨てた自分が、いったいなんの意味を見出せるんだ…。

「全てを諦めた僕には、意味を見出せる自身がない…」

「僕は、空っぽなんだ。」

 頭を伏せそうカイは呟いた。

「空っぽな人間なんていないよ。」ミコトが言う。

「怒りと喜び、哀しみと楽しみ、諦めと望み、人が持つ感情には必ず二面生がある、感情なんてのは切っても切れないものなんだ。」

「だから空っぽな人間なんていないんだよ。」

「君は全てを諦めたと言ったね、それは裏を返せば全てを望んでいた、という事だ。」

「六道を歩みその歩みきった先に君の望んだものが得られるかもしれないよ。」

「だから君には今から六つの道を見て歩んでほしいんだ。」

ミコトはまるで僕の中に残る僅かな望みを見透かすようにゆっくり答える。

少しの悩みと沈黙の後にカイは口を割る。

「確かに、君の言う事は的を得てるし正しいのかもしれない、全てを諦めて死のうと思った、だけど死ぬ時に微塵の迷いもなかったのか、といえば嘘になる気がする…。」

カイはまた少し沈黙した後続けて言う。

「分かった…その六つの道を歩んでその先に何かを感じ思い得られる望みがあるなら僕は六道を見て歩んでみたい。」

カイの答えを聞いたミコトは微笑んだ。

突如としてその空間に、六つの巨大な門が現れた。

どれも石造りで、彫刻は違い、それぞれが異なる苦悩を表すような顔が刻まれていた。

――正直少し不気味だ。

そんな事を思っていたカイをよそにミコトが言う。

「じゃあ行こうか、これは君自身の心の旅路でもある。」

「君が歩むその先を僕にも見せておくれ!」

ゆっくりと一つめの門が開かれていく。

門の前に立ち、深呼吸をして、そっと目を閉じ、カイは少しの不安と僅かな期待や望みを抱えて歩きだす……。













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