門の中
一
其の日私は死にました女は笑顔でそういう事をいいます左様で御座いますかとわたくしは返答をさせて戴きますけれども如何にもそれは嘘の事の様に思われて仕方の無い物なので御座います本当に私は死んだのですと女はもう一度言うのですけれどもそれがわたくしに何を求めての行為であるのかが最早全く理解出来ないことの様なのです貴女が死んでいるのであればとわたくしは仕方無くこう話しますもう死んでいる貴女とこうして貴女の死について話しているわたくしは一体死者となるのでしょうか女は更ににッこりとしてこう申しますそういうことなのですと
ニ
此は最近の市井にて人人の口端に上る所謂怪談に御座いますれど其の様な経験をした者は見付からず然し確かに人人の畏れている様子を聞きますと太一郎は申しました既に死んだ者の談とは奇妙聞けば談の主体たる者も死者という事だが此ではまるで作り談という他無く何もそこまで人人の心を揺るがす様には感じない太一郎よ此れは何が奇妙かとお尋ねになりますとこの御談の奇妙な事には何処にも其の様な経験をした者は見付かる事が無いが然し人人が此の御談を本当に違い無いと信じて居る事が余りに可笑しいので御座いますと申します成る程其れは確かに奇妙然し人人とは元来より其の様なものと笑って仰います人人の口端に上る物等に於いては何せ9割9分9厘其の内訳の面白いと言う事ばかりが主題であり真偽については二番目三番目のこと太一郎も市井の人人の談に其の様な程深刻に悩むのはおやめなさいとにッこりと仰いました