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2-2

「え? ……ああ」


 わたしの質問を受け、怪訝そうに片眉を上げた緑川刑事だが、すぐに「そういえば」と肩を竦め、夏木先生をちらりと見遣った。「先生がさっき仰ってましたか。川谷さんは記憶喪失になってしまっていると……本当なんですね」


「ええ、ですからきちんと配慮を……西寺のことにはなるべく触れずに」


「わかりました。……ええと、川谷さん」


「は、はい」


「君の言う通り一人目の被害者もここの生徒です。その件でそこの八上くんにも君にも話を聞いてる。あくまで軽くだがな。覚えていませんか?」


 覚えていない。「……はい」


「そうですか。でしたら、とりあえずわかる範囲でいいので清水くんについて話を聞かせてください」


「八上くんは俺が話を聞くのでこっちに来てくれ」


 どうやら響也とわたしは別々に話を聞かれるらしい。響也は何も言わずに初老の刑事さんに連れられ、違う空き教室に入っていく。


 口裏を合わせられると思っているのだろうか。……まさか疑われている?


「――それで、記憶喪失ということでしたが。階段から落ちてしまったんですか?」


 人のいない教室に入るなり、緑川刑事が尋ねてくる。「はい」


「そうでしたか。それは災難でしたね……。誰かに襲われたわけではない?」


「そう、だと思います」


「そうですか。……まあ、刺されそうになったわけじゃないなら、関係はないかな……」


今回の事件には、ということか。そうかもしれないが、当てが外れたという顔をされると釈然としない。


「……あの、それで、わたしに何が聞きたいんでしょうか。わたしに話せることなんて、そうそうないと思いますけど」


「ああ、すみません。今のは少し失礼でしたね」不満が顔に出たのか、緑川刑事が少し眉を下げる。「別に難しいことを聞く気はないです。君は清水くんとはどういう関係でした?」


「どういう関係かと言われても……友人だろう、としか」


「『だろう』?」


「覚えてないので。響也……八上くんや、村上まりあさん、クラスメイトの証言からそうだろうなってことしかわかりません。実感としては、昨日知り合ったばかりの人です。ただ、態度からも、多分忘れる前は親しい友人だったんだろうと」


 何かあったら俺たちが支えればいい、と言ってくれた清水くんのことを思い出す。


 彼の名前には耳馴染みもあった。近しい友人だった、はずだ。


「そうですか……」緑川刑事は特に表情を変えずに相槌を打つ。「なら昨日の午後六時頃から八時頃まで、何をしていましたか?」


 すぐにピンときた。――これはアリバイ確認だ。昨日の六時から八時が、清水くんの死亡推定時刻なのだろう。


「あの。疑われているんですか、やっぱり、わたし」


「ああ、形式的な質問ですからお気になさらず。それで?」


「……そのくらいの時間には、家にいました」


 駅前のカフェにいたのは一時間かそこらだった。


学校を出る前にふと考えた『お見舞い』の件が妙に気になって上の空でいたら、疲れているのではないか、もう帰った方がいいのでは、と響也に言われ、さっさと帰宅したのだ。駅から家までは三十分はかからないので、六時頃には家についていたはずだ。


「それを証明できる人は?」


「……いません」


「ご家族も?」


「うちは母と二人暮らしです。母は仕事に行っていたので、帰宅は午後九時頃でした」


 はあ、なるほど、と緑川刑事がわたしの話を手帳に書き留める。川谷唯衣、アリバイなし。そう手帳に書かれているのだと思うと、ひどく居心地が悪かった。


「あの、わたし……何もやってません。そもそも何も覚えていないのに、清水くんに何かする理由なんてないじゃないですか……」


「うんうん、そうですよね。じゃあ初めの質問に戻るんですが、君と清水くんは本当にただの友人だったんですか?」


「……え?」


 質問の意図がわからず、目を瞬かせる。


「そう、だって言ってるじゃないですか……」


「うーん……本当ですか? 五日かそのくらい前のことですけど。おそらく二人の帰り道で、君たちが口論しているところを見かけたと言う生徒がいたんですが……」


「口論……?」


「二人きりで帰っていた途中で、何かしらのきっかけで口論になった……。となれば君たちが交際していて喧嘩になったという可能性も考えられるんじゃないかと」


「そんなこと言われても……」


 覚えがないのだから仕方がない。


それに彼のわたしへの態度は、激しく喧嘩をしていた相手へのそれじゃなかった。彼の人間ができているから、何もかも忘れてしまったわたしに気を遣ってくれていたという可能性はあるかもしれないが――。


「どうして喧嘩になったんだと思いますか?」


「わかりません。忘れてしまってるんだからわかるはずないじゃないですか……!」


「うーん。まあ、そうなんですけどね」


 緑川刑事が苦笑し、言葉を濁す。


 ……まさかこの人は、記憶喪失自体を疑っているんだろうか?


記憶喪失になっているから清水くんを殺す動機などあるはずがない。そう言えるように記憶喪失の振りをしているとでも?


「まあ、いいか。君はあくまでも事件とは無関係ということですね?」


「さっきからそう言っています」


「うーん。……だとしたら、逆に、どうして無関係と言い切れるんです?」


「え……」


「清水を殺したのは君ではない。ですが、一件目の殺人は? 一人目の被害者である西寺春花は君のクラスメイトだ。『何も関係がない』とは言い切れないんじゃないですか?」

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