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「じゃあ、そろそろ行くね」
「ええ。……勉強、本当にちゃんとついていけてるんでしょうね?」
「大丈夫。細かいところは覚え直しみたいだけど、なんとかなるよ」
玄関まで見送りに来ていた母が、そう、と、まだ不満を残した顔で呟く。
「行ってきます」
リュックを背負い、家を出る。
友人たちは無理に思い出さなくてもいいと言っていたが、母は無理にでも思い出してほしいのだろう。わたしとしても早く記憶を取り戻したいと思うが――漠然とした不安を抱えている。
バスに揺られながら、暇つぶしにとスマホのアプリでニュース記事をスクロールする。
芸能人の不倫に、政治家の失言にと有名人の醜聞が多い中、目を引く記事もあった。
――ここ一か月ほどで、都内で立て続けに二人の高校生が刺し殺された事件の捜査状況についての記事だ。一人目は女子高生、二人目は男子高校生。
(二人目は……今朝発見されたばかりなんだ)
まだ名前はアップされていないけれども、発見された場所はここと近い。
二人は同じような刃物を使った同じような手口で殺されているが、まだ同一犯とは断定できていないと記事にはあった。ただ、ネットの反応を見ると記事を見た人間の大部分がこの事件を高校生連続殺人事件だと考えていることがわかる。
(怖いな……)
物騒だ。被害者がどちらも高校生だということが、余計に恐怖を煽る。
階段から落ちて負傷し、記憶喪失になったばかりで連続殺人事件の標的になっているかもしれないとは。
そこまで考えた時、バスが停まった。顔を上げてバス内の電光掲示板を見ると、自分が降りる予定のバス停の名が表示されていた。降車ボタンは押し忘れていたが、どうやら乗客の誰かが押したらしい。
「危なかった」
料金を支払い、バスを降りると辺りを見回す。駅がすぐそこにあるからか、高校の敷地が近くなるこの辺りはそこそこ人通りが多い。
(……あれ?)
いざ登校してみれば、校門の前には幾人かの見知らぬ大人が屯していた。しきりに中の様子を気にしている。
そそくさと横を通って敷地内に入れば、幸い、その人らに声をかけられることはなかった。彼らは皆、カメラを手にしていたが、記者――だったのだろうか。それにしても何故?
「おはよう」
「あ、川谷さんっ……」
「……どうしたの?」
妙にざわつく校内を気にしながらクラスに行くと、教室内が一気にどよめいた。
教室では響也を中心にクラスメイトが集まっており、俯く彼の背中をさすっている。
真っ先に近づいてきた女子生徒が、唇を震わせながら言った。
「清水くんが……殺されたって……」
「……え?」
目を見開く。
清水くんが――なんだって?
「先生たちは『生徒は知らなくていい』って言ってたんだけど、間違いないよ。第一発見者? が流したっていう画像見たけど清水くんだったし――」
「もう削除されてるけど、スクショ撮ってるやつもいるから確認したければ――」
血の気が引いていく音を聞いた気がした。
わたしは響也を見る。そして手元のスマホを見る。
今朝早く見つけられた遺体。刺殺された男子高校生。連続殺人事件。
まさか――清水くんが?
(そんな、いつ……)
わたしたち四人が別れたのは駅前だった。わたし、まりあ、響也はカフェに。清水くんは目的地に。そういえば響也やまりあが聞いても、彼は用事の内容についてはのらくらとかわして詳細に答えてはいなかった。
となると用事の前か後に殺されたのだろうか。わたしたちがあそこで彼と別れたりしなければ――あるいは、もう少し時間をずらして行動していれば――。
「――八上、川谷。登校してるか」
「先生」
「悪いが二人とも少し来てくれ」
廊下から苦々しい表情の夏木先生に手招きされ、思わず響也を見る。
こちらの視線に気づいているのかいないのか、彼は何も言わず立ち上がり、そのまま夏木先生の方へ歩いていく。様子がおかしいと思ったが――、
(そっか、響也はわたしと違って、清水くんと長く友達だから、余計にショックなんだ)
わたしも記憶を失っていなかったら、あれほどに消沈していたのだろうか。なら、忘れている今の方が、わたしにとって楽なんだろうか。
*
夏木先生に連れられたのは職員室のすぐそばにある空き教室であり、そこには二人の男性が待っていた。一方は初老にさしかかろうかという年齢の男性で、一方はまだ三十代に届いていない年齢だろう。二人とも刑事だそうで、清水くんの事件で関係者と思われる者に聞き込みに来たのだという。
学校に刑事が来ていると知られたら騒ぎになるから、話を聞かれたことはくれぐれも他言するな――という夏木先生の言葉に頷くと若い方の刑事が眉を下げた。
「しかし、もう、手遅れな感もありますよね……。なんにせよ『二人目』ですから」
「おい、緑川」
――二人目?
「それはそうかもしれませんががね……やはり生徒は学校に学びに来ていますので。余計な混乱をもたらすのは……」
「あ、あの。待ってください」
「ん?」
思わず口を挟めば、二人の刑事の視線がこちらに向けられた。睨んでいるつもりはないのだろうが、その鋭い目つきに一瞬まごついてしまう。
「清水くんが、連続殺人事件……って言われてる事件の二人目の被害者になってしまったことは、噂で聞きました。でも、被害者二人ともってことは、まさか一人目の被害者もこの学校の生徒なんですか?」