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1-4




「え? じゃあ本当に忘れてるの……? わたしたちのことも?」


「あ、うん……そうなんだ。ごめん」


「別に謝る必要はないが、記憶喪失か。信じ難いな……」


 放課後。


 隣のクラスに所属しているという村上まりあさんと清水光輝くんに会うため、響也に連れられて隣の教室に赴くと、既にトークアプリでわたしの状態を共有されていた二人は、驚いた様子でこちらを出迎えた。窓際にある村上さんの机を囲うように、四人で立つ。


 前評判の通り村上さんは髪をお団子にまとめた大人しそうな女子で、清水くんは眼鏡をかけた頭のよさそうな男子だった。クラスメイトが、全員タイプが違うと言ったことも頷ける。


「そっか……残念だけど、しょうがないね。中学の時のことも覚えてないんだよね?」


「頭の怪我は大丈夫なのか?」


「うん、もう平気。……まあ、記憶喪失は不便だけど、幸い生活に必要な知識とかは忘れてないから……」


「それでも受験生なのに大変なことには変わらないだろ。何かあったら響也に言えよ」


「え、俺? 今のは光輝が『君が困ってたら俺が助けてやるよ……☆』って流れじゃ」


「うるさいチャラ系陽キャ」


「突然の罵倒……」


 えー、とぼやく響也を尻目に清水くんが鼻を鳴らす。


「本当に仲、いいんだね」


「そう見えるか? 最悪だな」


「おい? 光輝さん??」


「あはは……。中学からの知り合いだったんだっけ、わたしたち。みんな同じ中学に通ってたの?」



 ――何気ない質問だった。


 何気ない質問だったが、わたしがそう問うたその時、一瞬、空気が凍った。


(……、え?)



 四人の間に流れていた、微温ぬるい空気。


パリン、と――それが割れたような。聞こえないはずの音を、確かに聴く。


「――あー、いやさ、俺ら習い事が一緒だったわけ。それでなんかウマが合ったんだよな。それでよく四人でつるむようになったっていうか」


「そ、うなんだ」


 習い事。……なんの習い事だったの? そう聞こうとしたが、なぜか口が動かない。


 ――三人は笑顔だ。どこか気まずそうに見えるけれども、笑顔だ。


 習い事、と、わざわざ曖昧に答えたのはなぜなのか。どうして誤魔化して笑うのだろう。


「……ごめんね」凍り付いてしまったような空気を変えたくて、なんとか言葉を絞り出した。「わたし、なんにも覚えてなくて。みんなに失礼だから、できるだけ早く思い出さなきゃって思うんだけど、こればっかりはどうしても」


「いいよ」


 村上さんがわたしの肩を叩く。


「無理に思い出そうとしなくったっていいんだよ。思い出さなくても唯衣はわたしたちの友達だし、困ったことがあればいつでも助けるから。ね?」


「あ……うん。ありがとう、村上さ……まりあ?」


「うん!」


「――まあ、確かに。記憶喪失は不便だが、生活に支障はないなら、俺たちが支えればいい話だな。さっき話題に出したが勉強についてはどうなんだ?」


「あ、そっちも、ついていけなくてまずいってほどじゃなかった、かな。本当に知識は残ってるんだなって……不思議な話だけど」


「そうか。なら、俺も別に無理はしなくてもいいと思う。八上がなんとかするからな」


「光輝さん???」


(元に戻った、のかな)


 笑いが起きて、ほ、と息をつく。――先程の一瞬は、一体何だったのだろう。


「そうだ、唯衣。よければ今日、気分転換に駅前のカフェでも行かない? 病院にずっといたんじゃ気が滅入ってるんじゃないかと思って」


「あ、いいな、それ。新作のフラペチーノ気になってたんだよな俺」


「女子か。俺はパスだ。用事がある」


「こういうのに男女とか関係ないだろ! つかノリ悪いな光輝!」


「先約があるんだからしょうがないだろ」


 仲良く口論をする二人を横目に、わたしとまりあも帰る支度をする。清水くんも駅までは同じ方向だということで、結局は途中まで四人で帰ることになった。


「お、お前ら、気をつけて帰れよー。さっさと帰って勉強しろな」


「わかってまーす」


 廊下で担任の――夏木先生にばったり出くわし、響也がおどけて答える。真面目に言ってんだぞ、という、言葉に反して軽やかな調子の苦言を聞き流し、四人で昇降口に向かう。


 ――そういえば、と、ふと思い出した。


 夏木先生はお見舞いに来てくれたと言っていた。わたしがまだ目を覚ましていなかったのでわたしは知らなかっただろうが、と。


(……響也たちは?)


 少なくとも、わたしの知る限りでは、ない。


 夏木先生に関しては母から報告があった。くれぐれもあなたからもお礼を忘れずにと。


 だが――彼らに関しては。


(……仲がいい、んだよね? わたしたち)


 忙しかったのだろうか。母が把握できていなかっただけか。それとも病院の場所を知らずに来られなかったのか。わたしの母と連絡を取るほどには仲が良くなかった?


 ――仲の良い友人が階段から落ちて意識不明であっても、顔も見せない?


(いや、お見舞いに来なかったからって、友達じゃないわけじゃないし……)


 きっと何か、理由があったのだろう。


 そのはずだ、と、わたしは胸の中で呟いた。





 ――どうしてその時もっとよく考えなかったのだろうと。


 わたしはその後、すぐに後悔することになる。

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