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「思い出さない方が君のためだよ」 ―君の知らない連続殺人ー  作者: 日下部聖


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11/11

2-5

あらかじめ温められていたティーカップに、ウエイトレスの手によって橙赤色の紅茶がなみなみと注がれていく。その様子を見つめながら、柏木さんに問うた。


「胡桃さんは、わたしの友人だったんですよね?」


「ああ、うん……僕から見たら、かなり仲が良かったように見えてたよ」


「そうですか」


「……胡桃が殺された事件だけど。今の川谷さんは覚えてなくても、調べればすぐに出てくると思う。三年前の連続殺人事件。今も犯人は逃亡中だから尚更有名だしな。当時はかなり話題になったし、川谷さんを含めて周辺は随分マスコミに集られたよ」


 柏木さんはなんでもないような顔をして言ってはいるものの、その表情は昏い。


被害者遺族としては、自分の身内が殺された事件なんて、思い出すのも忌々しいだろう。


「あの、すみません。嫌なことを思い出させてしまって」


「大丈夫だよ。……まあでも、あんな事件のことなんて調べない方がいいと思うけどな。近くで起きた事件だけに、当時は川谷さんもかなり憔悴してたみたいだから。今の川谷さんにとっては他人事かもしれないけど、あの連続殺人事件を調べて事件の頃の嫌な記憶だけ思い出しました、じゃさすがに笑えない」


 嫌な記憶も忘れてしまえるなら、その意味では記憶喪失も別に悪いもんじゃなさそうだ、と柏木さんは苦く笑った。わざわざ掘り返すことはない、と。


「そんなに焦らなくても、記憶はそのうち戻ると思う。昔のことは気にせず、ゆっくり記憶を取り戻していけばいいよ。高校の時のことはともかく、三年前のことなんて気にしてもいいことないだろ」


 わたしもそう思っていた。けれども。


「おっしゃることはわかりますが……そういうわけにもいかないんです」


「え?」


「わたしはやっぱり、一刻も早く記憶を取り戻したい。ご迷惑であることはわかっているんですが……」


「……川谷さん」


「それに……胡桃さんのことも思い出したい。声をかけてくださったということは、三年前のわたしたちはそれなりに親しかったんですよね? それなのに亡くなったことまで全部忘れてるなんて、嫌、です」


途切れ途切れだったが、そう言い切れば、柏木さんは「そうか」と呟いて俯いた。


黙ったまま柏木さんを見つめる。そのまま待っていると、やがて彼は口を開いた。


「――三年前の連続殺人は、塾っていう狭いコミュニティの中で起こった。高校受験のための、中学生が通う学習塾に通う生徒たちだけが殺されたんだ」


「塾で? ということは」


「そう。胡桃も、川谷さんも、その塾に通ってた塾生だった。そして胡桃は……最後の被害者だった」


 そして彼の従妹は連続殺人事件で、最後に殺された被害者ということか。


 送り迎えをしていたということは、彼は胡桃さんの近くに住んでいたのだろう。従兄妹同士で仲が良かっただろうに――。


(それに本当に、三年前にも連続殺人事件があったなんて)


 今回の連続殺人事件は高校生連続殺人事件。そして三年前は中学生連続殺人事件。


 嫌でも関連性を疑ってしまう。


「……あの、確か、犯人はまだ逃亡中って言ってましたよね? それは既に犯人はわかってたけど逃がしてしまったのか、それとも犯人がわかってないのか、どっちなんですか?」


「これといった証拠はなかったが、状況証拠や当時の人間関係から、犯人としてとりわけ警察に疑われていた奴はいたよ。けどそいつは、警察にマークされてたにも関わらず上手く行方を晦ました。それでそれから事件は未解決のまま動きを見せていない」


「その犯人というのは?」


「宇野春樹という男だ。三年前は二十代半ばだったから、まだ今も三十路にはなってないんじゃないかな。確か逃亡する直前に逮捕状が出て、自宅に逮捕しに行ったら既にいなくなっていたそうだ。今も多分指名手配はされていると思う」


「なるほど……」 


少し温くなった様子の紅茶に目を落とした。


 連続殺人犯。宇野春樹――。


「もしかして、事件の証拠だとか犯人の動向だとか、そういった詳細な情報についても集めていたんですか?」


「まあ、胡桃のこともあったし、やっぱりやり切れなくてな。年の離れた従妹だったから、距離は多少あったけど……犯人のことはどうしてもな。従妹の死に関わったやつを許す気にはなれないよ」


 だからこそ何も知らないで、何もしないでいるのに耐えられなかったのだと言う。


無理もない。すみません、と軽く頭を下げると、柏木さんは首を横に振った。


「いいんだ。実際、川谷さんの言う通り、君は胡桃にとって、塾の中でもそれなりに仲がいい友人だったから」


「そうですか……あの、でその情報集めって、まだ続けているんですか?」


「ああ、まあ、少しは。でももう時間も経ったし、最近は他の取材もあるから今はあんまりできてはないかな」


「他の取材?」


 首を傾げると、柏木がおもむろにジャケットの懐からカードケースを取り出した。そして、その中にあった一枚の名刺を唯衣の前に差し出す。唯衣はそれを手にすると、そこに記された情報にざっと目を走らせた。


 中央にある柏木のフルネームの右下に、電話番号とメールアドレスが印刷されている。そして、そのすぐ上にはフリージャーナリスト、と記されていた。


「ジャーナリスト……記者さんだったんですね」

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