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「思い出さない方が君のためだよ」 ―君の知らない連続殺人ー  作者: 日下部聖


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2-4

放課後である。


 今朝の聴取から、わたしは言い知れぬ不安を拭えないままでいる。刑事が学校に来ているという噂は学校中に流れていたが、不安と恐怖で元気のないわたしを消沈していると解釈したのか、クラスメイトたちから詳しいことを聞かれることはなかった。わたしや響也以外にも、幾人かの生徒が刑事たちから話を聞かれたという噂を耳にした。


 マスコミは相変わらず学校の前で屯っていたが、生徒たちには余計なことを話すなという緘口令が敷かれている。どれだけの生徒が律義に守っているかは定かではないが――。


「あれっ」


 とぼとぼと帰り道を歩いていると、背後から声がして、思わず振り返る。


 そこに立っていたのは、中肉中背の、ラフな服装をした男性だった。


年の頃は二十代前半にかけて半ばくらい、といったところだろうか。幼げな顔立ちなので、実際はもう少し歳を喰っているかもしれない。


「もしかして君、川谷さん?」


 男性は気安そうな態度で、こちらに向かって片手を挙げてみせた。そして間の抜けた表情で久しぶり、すごい偶然だね、と続けた。


 誰だろう、と考え、ふと気づく。……昔の知り合いだろうか?


「あの、すみません。どこかで、お会いしたことありましたっけ?」


「あれ、覚えてない? 三年前、たまに会ったことある、よな? 僕、割と胡桃の塾の送り迎えに行ってたんだけど」


 胡桃。聞き覚えのあるような、ないような。


口振りから察するに、胡桃さんとやらは『わたし』の以前の友人なんだろう。名前から判断して、恐らくは女子。


「ええと、すみません。あなたは胡桃、さんの……」


「従兄だよ」


 男性が答える。要は、「わたし」の昔の友人の身内の人ということらしい。


「まあ、胡桃が殺されてから一回も会ってないからなあ。覚えてないのも無理ないか」


「――え」


 ぶわり、と全身の毛が逆立つのがわかった。――殺された? 三年前に。


 清水くんや西寺春花さんだけでなく、他にも「わたし」の周りでは人が死んでいるのか。


(偶然……?)


 友人が三人も死んでいて、偶然?


「あ、あの……っ」


「ん?」


「あ――あなたの従妹さんは、亡くなっているんですか」


 それを聞いて、男性が、大きく目を見開いた。


真っ黒な瞳がこちらに向けられる。どこか幼げな顔立ちがみるみるうちに歪められ、不可解層を通り越して不快そうな表情に変わっていく。


その変化を見つめながら、彼が口を開くのを黙って待つ。


「どういう、ことだ? 川谷さん」


「……ごめんなさい。不愉快な思いをされたなら、謝ります。ただ、わたし、何も覚えていなくて、それで」


「覚えていない?」


「記憶喪失なんです、わたし。最近、事故で頭を怪我してしまって……だから、昔のことを何も覚えていないんです」 




   *




「まさか、僕のことどころか全部の記憶をねえ。そりゃ不安だろうね」


 塾の近くのファミリーレストランで。


 柏木佑斗と名乗った男性が、ウエイトレスが運んできたばかりのホットコーヒーに、かなりの量の角砂糖を放り込む。さすがにそれでは甘すぎやしないかと考えながら、静かに男性――柏木さんの顔を観察した。


彼はカップを持ち上げると、すっかり甘くなったであろう少しずつ中身を啜る。


「すみません、強引に……お仕事の途中とかでしたか?」


「あ、いや、それは大丈夫。今日の仕事は終わったところだったし、そうじゃなくても僕の仕事は結構融通が利くから」


「そうでしたか、よかったです」


 たしかに、一般的な会社員というには、平日であるのにも関わらず服装がカジュアルだ。さほど縛りが多い職業に就いているわけではないのだろう。


 それにしても、と柏木はコーヒーカップをソーサーに戻すと、怪訝そうにこちらを見た。


「どうしてわざわざ会ったこともない、知らない男性に話を聞こうとするんだ?」


「え?」 


「いや、怖いとか怪しいとか、危険とか、そういうふうには思ってないのかな、と。ほら、今の川谷さんにとっては僕なんて、いきなり声を掛けてきた得体の知れないおっさんだろ? ……あ、いや、やっぱお兄さんで」


「あはは……。そう、ですね……なんでだろう」


 他に相応しい人は確かにいるかもしれない。


 中学時代のことを聞きたいのなら別に響也でもいいだろう。だが、どうしても突っ込んだことまで聞こうとなると躊躇われたのだ。


(清水くんを亡くしたばかりで、気が引けた、のかな)


 きっと、そうなのだろう。


「友人にはあまり……聞きにくくて。それに、中学時代に通っていた塾でも友人を亡くしてるだなんて話、友人はしにくいだろうし」


「なら、親御さんは?」


「母は……どうなん、でしょう」


 苦笑いをして、手の中のお冷やのグラスを見下ろす。


 母は目が覚めたばかりの頃から、わたしの体調よりも、受験と勉強のことばかり気にしていた。


「母には、昔のことよりも今の受験のことを考えた方がいい、と言われてしまう気がして」


「そうか……」


「だから、柏木さんに話を聞きたかったんです。少しでも過去を知った方がいろいろ思い出せる気がして。わたし……できるだけ早く、記憶を取り戻したいんです」


カウンターの向こうから、ティーポットとカップを載せた盆を持ったウエイトレスが歩いてくる。頼んだ紅茶が来たのだろう。季節は初夏だが、今日は風が妙に冷たいので、ホットの紅茶だ。

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