序章
ころす。ころす。ころす、殺す。
――殺してやる。
リフレインする言葉が頭の中を支配する。
それはまるで誰かが自分の脳に直接語りかけ、下している命令のようだった。そしてその思考に急かされるように心臓が早鐘を打ち始める。
――逸るな。
脳内でひたすら繰り返される声の中でしかし、頭の中の妙に冷静な部分がぽつりとそう呟いた。殺意で茹る思考の中に、凍てついた冷静さの一滴。
今はその一滴がありがたい。
物騒な顔は隠しておくに限る。
「トイレ? うん、行ってきなよ」
こちらの言葉に、目の前に座っていた■■■■が頷いて立ち上がる。
夏だった。陽が沈んでなお蒸し暑さが残る時刻だが、冷房が効いた室内はなかなか快適だ。とはいえ暑くないと言えばそういうわけでもないので、どうしても水分が摂りたくなるから仕方がない。
そうだ、行ってこい。
よく水を勧めた甲斐があったというものだ。
「荷物は見ておくね」
笑顔を浮かべると、■■■■は会釈してその場から離れる。
姿が見えなくなったところで、作っていた表情を消した。
そうだ、物騒な顔は隠しておかなければ。
■■■の■■を、確実に仕留めるまでは。
音もなく目を細め、目の前にあるスマホに手を伸ばした。






