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清濁の青  作者: 白都アロ
5/10

遠慮呆然

前に来た、男の人と、女の人は、時々僕らの家にくる。

お父さんとお母さんに、君たちのために大事な話があるんだよ、って言って。

そしてリビングで話、苦い飲み物を飲み終え、帰っていく。

その人たちと、僕らは一言二言話しただけで、早く二階に行きなさいって。

毎回お母さんに言われてしまう。

だから僕らは二階で話し声に耳を澄ます。

何を話しているのだろうか。

何を話していても良いけれど。

今日は、お客さんが帰った後で、殴られなければいいな。

こないだの拳骨は痛かったから。

だから僕たちは、言われた通りに。

お外でいい子にしていたから。

今日はきっと殴られないだろうな。[newpage]


何の音も聞こえない、誰もいない廊下を歩く、2月29日。せっかくのうるう年だというのに私は市内の学校にいる。なれないセーラー服を着て。右手には紫の布袋に入った鉄パイプを持って。

端から見ればごくごく普通の女子高生だ、と思う。否、思いたい。

時刻は午後一時。周りに生徒はいない。教師もいない。そのほかもいない。誰もいない。

いや、言い直そう。この敷地内に、生徒はいない。教師もいない。その他もいない。だれもいない。いるのは多分、私と異端のモノだけだ。

そう、これは仕事。これが仕事。いつもの、仕事。

うーん。四階建ての建物でいるかいないかわからない相手を探すのは大変だ。がさがさと、ポケットから手紙を取り出す。

------

夜久雨へ

今回の仕事は学校に出現する異端「氷結男」を処分すること。

詳しいことは以下に適当に記しておく。

今年の一月から急に学校内の物品から始まり教室一つ丸ごとがたびたび氷づけにされる事案が発生した。

人的被害は今まで無かったが明日行われる卒業式で何かが起こると混乱が生じるため、原因を究明し排除して欲しい。

また、氷漬け事件の発生と同じ一月ごろから度々校内で去年の11月に行方不明になった学生の学ランを着た幽霊が目撃されるようになった。こいつが通称「氷結男」時期的に考えて、恐らく今回の事件の元凶だろう。存在するとするなら、まず間違いなく異端物だろう。

戦闘になった際のことを考え一般生徒、及び職員には退去してもらっている。

念のため制服を用意しておいた。誰もいないとはいえ一応着用すること。

以上。

がんばって。

                 夜久斗

------

やはり、出現条件が書かれていない。きっと、夜久斗も知らないのだろう。・・・ならば、うろつくしかないか。一階はおおよそ周ったし、二階に行こう。

二階にあるのは職員室と二年生の教室、あとは理系の特別教室群。

・・・周るとこ、多いな。まぁ、ゆっくり周りますか。

立ち止まり、ドアを開け、ドアを閉め、歩き出す。この音だけが響く。この音だけを、私は繰り返す。

一つの学年の教室が十もあるとか多すぎだ。仕方ないので手当たり次第にドアを開け、確認し、閉めて、立ち去る。どこも、掲示物に些細な違いはあれど、ほぼ内装は同じ。同じ箱が、十っこ。

こういう所は嫌いだ。こんな「普通」の場所なんて、気持ち悪くてしかたない。あぁ、帰りたい。でも、帰れない。・・・あの歌はこのような状態の事を指しているのだろうか。なんと、酷な。あぁ、帰りたい。

十度、ドアの開閉を繰り返し、十度同じ形の箱の中を覗き、二階の教室群は終わる。当たりは、無い。全部、外れだ。しかたない、特別教室か、次は。これも、教室ほどじゃないけど、多いな。面倒だ。

・・・こんなところに通っている人は楽しいのだろうか。毎日同じ場所で、同じ事を繰り返し、三年間を過ごす。過ごした後は、「普通」の奴は進学し、「普通」が足りなかった奴は社会に墜ちる。いや、墜とされる。嫌応なしに。三年間、それに目をそむけたり、向け合ったりして時間を浪費する。その間、三年。長いのか、短いのか。

私一人だと、長いかな。夜久斗となら、短いだろう。多分、父と母が生きていたら、私たちもここに通っていたのだろう。夜久斗と二人で。明日の食事のために働くことも無く。二人で登校して。退屈な授業をうけて。二人で一緒にお弁当を食べて。また授業をうけて。二人で放課後に街で遊んで。帰る。

そんな、日々。それはきっと、平凡だけれど、ただ、楽しい日々なのだろう。そんな、あたりまえの権利である「普通」の日常から私たちを墜とした奴-----あぁ、赤い、赤い夜を思い出す。

・・・手に入らないものなんて、望んじゃだめだよね。私は夜久斗といられれば十分だ。そう、自分に言い聞かせる。・・・言い聞かせるんだ。

三階、教室群。そこの中の一つに女子高生がいた。髪の短い。

「・・・こんにちは。」

一般生徒はいないはずだ、とは言えない。私は一体何なのだ、という話になってしまう。だから、とりあえず挨拶をする。

「こんにちは。」

朗らかに返す女の子。顔を覚えられたら困るので、なるべく相手の顔はみない。

「忘れ物?」

続けてたずねてくる。卒業生だと思われているみたいだ。

「うん。卒業前に、噂を確かめたくって。」

「あぁ、あの氷結男。」

 やはり、その名前ぐらいは知っているようだ。

「いるのかな、本当に。」

「いて欲しいと思うならいるし、思わないならいない、と思う。そんなもんだよ。あなたは、いてほしい?」

 私個人的にはどちらでも良いが、いないと、困る。帰れないから。

「・・・うん。」

「どこに?」

「・・・屋上、とか。」

だって、室内は動きにくいから。

「ふふ、なら屋上をさがしてみたら?学校中探すよりは、いいでしょう?」

「・・・うん。」

「場所、わかる?」

「場所、さがす。」

「案内、いる?」

「ううん。いらない。ありがとう。」

一般人を巻き込みたくない。終わった後の、後始末が、面倒だから。

「じゃ、またね。」

手を振る彼女。

「うん、また。」

会話はこれっきり。今の会話で屋上に行くことにした。もともと、あてなんて無かったんだ。順番が前後したってかまわない。さぁ、屋上、行こう。[newpage]


重い、ドアを開ける。差し込む光が、まぶしい。

よっと。段差をまたぎ、雪の積もった学校の中の外に出る。そこには、だれもいない。人が来ることを想定されていないようでフェンスすらない。閉鎖空間の中の開放的空間。しかし、ここからは生きたままでは歩いてどこにもいけない。できることは、閉鎖空間の中に戻るだけ。だから、開放「的」空間。なんて、どん詰まり。

さて、と。どうしようか。誰もいないけど、このまま中に戻るのも嫌だ。あぁ・・・私たちの家見えるかな。屋上の縁ぎりぎりに立ち、町を視る。・・・見えないや。見えたらどう、とか言う話でもないのだけど、さ。はやく、帰りたいな。見えなかった、私たちの家に。

おもむろに、手に持った袋の紐を解き、中身を取り出す。横を、入り口から一番遠い場所をみる。あぁ、いる。いるよ、そこに。

そこに、詰襟の、コートを羽織った、半透明の、男の子がいる。

「ハロー、学生さん?」

一応、問いかける。言葉での、返事は無い。でも、言葉以外の返事はあった。ひどく、攻撃的な。やっぱり、こいつが、「氷結男」か。

私に向かって、地を走り、生えていく氷柱。ためらわず、右によける。そのまま、「氷結男」に向かって走り出す。

このまま、頭をかち割ってしまえ。

しかし、相手もそう簡単に割られるつもりは無いようだ。

再び生えて来る氷柱。私だって、そんなの簡単に許さない。目の前に生えた氷柱を鉄パイプでぶったたく。

「砕け散れっ。」

氷柱は砕け、散る。はずだった。しかし、氷柱は砕けるどころか私の鉄パイプを巻き込み、成長する。手に伝わってくる氷の無機質な冷たさ。私はあわてて手を離し、後退する。

さて、どうしよっか。武器が無くなってしまった。だから、戦えない。中に戻って調達してきてもいいんだけど、そのときに背を狙われたらかわす自信がない。かといって、素手での格闘なんて、リスクが高すぎる。凍らされたらそれで終わりだ。

音も無く、歩み寄ってくる異端物、「氷結男」。・・・しかたないか、な。死ぬよりは、マシだ。死ななきゃ、きっと夜久斗がなんとかしてくれる。ちょっとは、怒られるだろうけど、なにより思い切りが大切だ。

ふぅ、っと息を吐く。覚悟を決めて、

「月原夜久雨は、たたか」

力を使うため、宣言しようとしたそのとき。音が、響く。普通に生きてれば、まず聞けない音が、立て続けに。六度。

音をたてた張本人。それは、赤。赤い。赤い、少女。頭に、獣の耳をつけた。給仕服の。純粋にみれば、かわいい。しかし、凶悪。

理由は手。手の拳銃。右手と左手、両方に。あぁ、やはり、銃の音。でも、正しい狙いの弾丸は全部凍らされて「氷結男」にはあたらなかったけど。アイツ、背後から撃たれたはずなのに、よく対応できたな。

それでも、容赦なく撃ち続ける。だから、「氷結男」に当りそうな奴は容赦なく凍らされていく。ここを動けば、私は死ぬ。流れ弾に当って。皮肉にも異端物に守られて生きている。

不意に音がやみ、音が聞こえる。何かを引き抜く、音。女の子の手には、リング、が-----------。

あわてて学校の中に飛び込む私。そのまま、右に、階段を跳んで下りる。

まもなく、響く、爆音と、広がる爆炎。さっき私が見たのは丸いもの。凶悪な丸いもの。手榴弾、的な。どっから入手したのか。じゃなくって。じゃなくって、さ。

音が止み、ゆっくり、階段を上る。そして、上りきった位置で、壁に背中をつけて恐る恐る、外を見る。煙のせいでよく見えない。

あぁ、いた。今度は二人で殺伐と近接格闘をしている。女の子はひたすら「氷結男」の攻撃を避けていく。冷気をまとった、蹴り、殴り。全てが一撃必殺。

でも、当らない。当らないなら、意味はない。一瞬。一瞬出来た、異端物の隙。

異端の生き物はそれを逃さない。そこに、異端物のみぞおちに、掌底を放つ。これも、一撃必殺。しかし、意味が生じない。

少女が男に触れようとした瞬間、その手が凍り始める。少女の顔は見えない。

 何かを、無理やりはがす音。小さいが、私はその音を聞いた。きっと、手を引いたのだろう。皮が剥がれるのも、かまわずに。相当、痛いだろうに。少女はそれに気にもとめずに、「氷結男」をすり抜け、私の方に転がるようにやってくる。

が。あまりに無理な姿勢だったせいで、壁にぶつかり、銃が腰のポーチから落ちる。屈んで、私はそれを拾い上げる。まじまじと見つめるが、撃ったことはない。でも、撃ち方は分かる。

「撃ち抜き、殺す。」

わたしの「異端の力」がこもる。「物事の能力を強化する、力」、夜久斗にはそう教えられた。

多少の照準の誤差は何とでもなるだろう。というか、なれ。安全装置をはずす。引き金を絞る。

一発で、十分だ。「氷結男」は氷の壁を作り、防ごうとする。しかし、それを、撃ち抜く。凍っていく銃弾。でも、それでも、宙を進む。

私が「力」を込めたんだ。当然だ。

軽い破裂音を立てて、えぐれる異端の頭。その一撃で、霞んでいく体。完全にそれが消え去ると、一つ残らず屋上に生えまくっていた氷柱が砕けていく。

それに見蕩れていると、ひったくられる、銃。犯人は少女。そのまま現れた位置まで歩いていく。一瞬、振り返る。冷たい目。直ぐに目をそらし、近くの低層ビルに飛び移り、去る。

遠くから響くサイレンの音。これだけ、派手なことすれば当然か。私も帰ろう。仕事は終わった。だから、やっと、帰りたい、帰れる、だ。[newpage]

4

二月と三月の狭間の日が終わるその時、僕は市内の高等学校の屋上にいた。

夜中だから、当然誰もいない。宿直、なんて文化もこの学校には無いみたいだ。この時代にあるところなんてそもそもあるのだろうか。まぁ、どうでもいい。

 さてと。この銃痕。ひどいな。バカスカバカスカ撃ちすぎだ。なにが楽しくてそんなに撃ったのか。そんでもって、視線の先。

 屋上の入り口、の、馬鹿でかい孔。孔って。入り口が孔って。

 ・・・風、強いな。それに、ながめがいい。思考を、逃避させる。

 夜久雨のせいじゃないって、依頼主にどう説明しようか。

 ホント、赤い獣耳の少女は大層無茶をしてくれた。

 ・・・風が、冷たい。夜は、一段と寒い。

 白い息を吐きながら、ボーっとする。

 しゅぼっ

 煙草をくわえ、火をつける。・・・月が、綺麗だ。

 言い訳を考えるためにここまで来たけど、ここには何も無い。だから、せめて煙草をすう。意味なんて、ない。

 ふぅ

 息を、吐く。煙を、吐く。

 あぁ、まずい。コーヒーが欲しくなる。

 あぁ、ここに来て、何分経ったか。

「さて。」

 屋上から、地の上、グラウンドに向けて煙草を落とす。火事には、ならないだろう。

 後ろを向く。月が、雲に隠れてしまう。

「君は一体、何なんだい?」

 そこには、いつのまにか、女の子がいた。

 セーラー服の。当然、機関銃なんて持っていない。

 でも。

 物騒なのには変わりない。ただの勘。

 顔は、暗くてよく見えない。

「なにって、酷いよ、お兄ちゃん。」

「こんな時間に普通の女子高生はこんなところに来ない。さらに言うなら、こんな時に普通の人間はこんなところに来ないんだよ。もう一度訊く。君はなんだい?」

「もう、酷いって。」

「お前、昼に夜久雨に何か吹き込んだだろ。」

「んー、吹き込んだって。何のことかなー。」

「・・・氷結男の件だ。あいつ、あんなに力持ってなかった無かったはずだ。」

「どうかな。もしかしたら自分を殺した奴が近くにいたから本気を出したのかもよ?」

 夜久雨ではない。

 では、赤狐-----赤い獣耳か。

 たしか、十一月に「氷結」の異端者が------

「・・・あぁ、獣耳か。それと、歩道橋トマト事件の最後の被害者が「氷結」の異端者か。出来すぎてる。なんでそんなこと知っている?」

「なんでかにゃー。」

 答えるとは思ってなかったが。

「・・・もういいよ。お前なんかに興味は無い。じゃな。」

 僕はそれだけ言い残し、ここから去ろうとする。

 突如、何かが振られ、当たり、裂ける僕の体。

 しかし、僕は健在している。彼女が裂いたのは、偽者。幻影。

 月明かりが、再び射す。明るみに出る、ソレ。ショートカットにセーラー服。間違いなく夜久雨が会った奴だろう。

 ここまでは、いい。手には、赤い槍。

 それも、いい。でも問題は、その顔。夜久雨、と、同じ造形。なんだ、コレは。戸惑う。

 その瞬間。わき腹に走る痛み。

「--------っつ!」

 腹が裂け、血が流れる。油断、した。

「お前、なんなんだ。」

「私は「私」の異端の力の形。」

「意味が、分からない。」

 ボールペンを、構える。痛いけど、致命傷には程遠い。

 しかし、膝を地面についてしまうほどには痛い。

「ふふ、怖い、怖い。今日はコレでおしまいにしようよ。またね。運がよければまた会いたいな、お兄ちゃん。」

 そう言って、屋上から飛び降りて、消える異端のモノ。

------------------------っく。

 くやしいが、たすかった。

 でも、新手か。あぁ、面倒だ。

 背後に、誰かがいる。さっきの奴とは違う、何かが。きっとコイツも異端に関わるモノだろう。ろくな夜じゃない。

 やがて、僕に向かって、投げられるナイフ。あぁ、面倒だ。

                         了




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