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それぞれの時間

 太陽が沈んで僅かな間だけ訪れる茜色の時間帯に、支倉大志は友人の墓を訪れていた。

 芝生に胡座をかき、何をするでも無く黙って墓を見詰めている。


 風がふわりと流れ、サクッサクッサクッと、芝を踏み締める音を運んできた。その足音が背後で止まり、大志が口を開く。


逢魔時おうまがどきでないと来られない訳では無いだろ」


「僕は管理側だからね。おおっぴらに出歩いて歴史に影響を与える訳にはいかないんだ。この時間のこの場所なら幽霊を見たで誤魔化せる」


「そうか。……どうして相談してくれなかった。遥」


 大志が背中越しに話している相手は、ハルーカ・ドゥヒーゲン。諏訪山遥であった。白衣のポケットに手を突っ込んで立っている。


「君が知った時点で、終焉は逃れられない物となるからだよ。君だけじゃない。妹と僕以外の誰にも知られる訳にはいかなかった」


「クリスの想いもお前たちの言う必然だったのか? 晶を産むための……幻だったのか?」


「僕はクリスじゃない。だから証拠も無い。だけど双子の姉として言わせて貰えば、遺伝子は嘘を吐かない、だね」


「あ? 分かる様に言ってくれ――」


 大志が片眉を上げて背中越しに見上げたら、拳が見えた。


ボグッ!


「――おごっ!」


「姿を見ない約束だよ」


 振り抜いた拳をポケットに戻して、続ける。


「日本へ行って架空の経歴を作る。妹にその能力があったのなら殴り合ってでも僕が残りたかったさ。もうこの質問には答えない。謝るのも無しだ」


 決然と放たれた言葉を聞いて、大志の目が見開かれた。


 そして複雑な心境を払拭するかの様に、ふうっ、と息を吐いた。


「わかった、話を変えよう。郁には会ってやらないのか?」


「寿命以外で死にかけた時だけだね」


「役目が違うって奴か。同じ時代に生きた中で1人この世界を見守り続けるのは……辛くないか?」


 寂しくないか、とは聞かなかった。そんなの分かりきっている。


 親友が。かつての想い人が見せた気遣いに、遥はうっすらと微笑んだ。ああ、この人はどこまで優しいのだろう。だからこそ、守らなければならない。


「世界のシステムに触れた者の宿命さ。それで本題だけど、大志の発言には制限をかけさせて貰う。今日はそれを伝えに来たんだ」


「俺だけか?」


「君の場合は明確な同意が必要なんだよ。称号を刻んだとは言え君は地球人だ。生きてる間は向こうのシステムの管理下にある」


「断ると言ったら?」


「妹に一目惚れした瞬間を見抜いた僕に嘘が通じるとでも?」


「はんっ、そうだな、今のは俺が悪い。すまん。――制限を受け入れる」


「それは重畳。僕からは以上だよ。………………お元気で」


 踵を返し、1歩。2歩。


「今度、晶と一緒に墓参りに来る。缶ビールを供えるから、その場で回収してくれ」


 大志の言葉に立ち止まった。


 でも、振り向かない。


「嫌がらせかい? 苦手なのは知ってるだろう?」


「晶の為に葛藤してくれた礼だよ。お前が飲まない事はいずれ何処かで聞くだろう。あいつは動物的勘が鋭い。切っ掛けがあれば気付く。だから、酒は地球で覚えたという設定にする」


 もし向き合っていたなら、大志は珍しい表情を見られたと笑っただろう。


 遥は目を丸くして、すぐに顰めっ面になっていた。


「失念してたねえ。教えてくれてありがとう。提案に乗らせて貰うよ」


「あいつ、約束より1時間も早く着いたそうだな。早ければ良いって訳ではないと叱っておいた」


「遅れるよりはいいさ。何事もね」


 サクッ………サクッ………サクッ………


 ひゅうと風が吹き抜けた。


 世界は色褪せ、夜へと向かっていた。


「……達者でな」


 大志の呟きに応える者は、既に居なかった。



――――――――――――――



 ウエスの繁華街。その片隅に会員制のプールバーがある。

 午後10時を回り閑散とした店内で、ガッチリした体格の壮年の男が2人、スリークッションゲームを楽しんでいた。2人共シャツの襟を弛め、袖を肘まで捲り上げている。


 オレンジがかった金髪の男が、短クッションの側、中央寄りの黄色い手球に向かって構えた。ちら、と手前右角にある白球に視線を送り、撞点を1mmだけ左上に修正すると、すぅうっ、と柔らかく長く、キューを突き出した。


 カン!


 プール中央にある赤球に薄めで当たり、右奥に向かって弾けた手球が、遠くの角から手前15cmほどの長クッションに入り、コ、コン、と短クッションから返る。次の長クッションは中央付近。そして、手球はすすめスルスルと走り。


 コンッ


「あと1点だな、間引き部長殿」


 カウンターでグラスを傾けていた短髪黒髪の男が、呟く様に言った。


 金髪の男が体を起こし、チョークでチップを擦りながら笑顔で睨み付ける。


「依頼管理部長と言い直したまえ。底抜け門番長」


「我が衛兵隊は抜けてなどおらん」


 中身を飲み干した衛兵隊長は、バーテンにグラスを掲げて見せ、OKサインに頷いて、コン、と置いた。


「お代わりかい? 高いはずだぞ? それ」


「構わんよ。俺もあと1点だ。その並び、間引き専門の貴様に両方は取れんだろう?」


 白球と黄球の位置は撞く前と逆転している。赤球は、先程の第1クッションの少し手前に張り付いている。どう当てようとも跳ね返ってキスになるだろう。白から狙って短、長、短と走らせるしかないのだが。


「どうだかね。やってみるさ」


 依頼管理部長は構えてイメージする。


 白球で弾けて左へ。短クッションで跳ねて長クッションに入れる。出る時の角度を30°くらいに。あいつが勝ってくれなければ困る。自然な失敗に見えるよう、撞点は右下に。


 キューを突き出した。


 だが。


「おや?」


「なんと」


 ツークッションで赤球に向かうはずの手球が、コ、コンと跳ねたあと、実にいい感じで短クッションに向かっている。


 ト、トン………


 赤球には当たらず、フット、センタースポットの間で止まった。


「……や、残念だ。うーーん、綺麗な残り方だ。箱で回せば取れるな」


「貴様わざと外そうとしたな?」


「はっはっは、認めよう。だが本気でやれば外していた証左でもある。どちらにしろ負けだよ」


「ならば俺が外しても文句はあるまい」


「うちの婿殿の心遣いを蹴るのかな?」


 これは晶が差し出した10万dの使い道である。

 衛兵隊長は、どう誘っても奢ると言うと断るため、正直に話してビリヤード代とゲーム勝者の飲み代に充てる事にしたのだ。ビリヤードの腕は互角であるため、持ち点10のショートゲームを楽しむのに丁度良かった。


「ふむ。それを言われると逆らえんな。まあ貴様が失敗したのは確かだ。今夜は俺が勝たせて貰おう」


「ああ、とっとと決めてくれたまえ」


 衛兵隊長は、武骨な見た目に反して優雅に構え。ショット。


「あ」


「あ」


 腕は互角なのである。



――――――――――――――



 晶が父親に呼び出されて王宮に出向いたのをチャンスと見たサラは、トール・ジェンの店を後にして、にやけ顔を抑えられずにいた。自分でもそうなると分かっていたから、今日は黒ニットにデニムという目立たない格好で外出している。


「くふふふ、楽しみ。うふふふふふふ」


 服装と相まって怪しいことこの上ない笑顔である。


『あからさま結構。とにかく服装を誉める事です。いつも好意的に見られていると意識させましょう。誉めた際に幸せそうな表情を見せたら、それを着てデート、という提案をしましょう。同様に積み重ねれば、次第に大胆になっていきます。くれぐれも、いきなりベビードールとかは厳禁ですよ』


 サラから見て晶は、下着類を単なる布と捉えているふしがある。そして、サラが着ている物を標準として参考にしているようだ。

 だから、今日は主観的に少し大胆なインナーを――過激なランジェリーとも言う――2人の揃いで購入した。もちろん、段階的に大胆――過激――となるよう、それなりのセット数を確保した。


「あ、そうそう。準備はしておいた方がいいよね」


 王都に居るときは行きつけとなっている商店を覗く。


「あら、サラちゃん。どうしたの、そんな怪しい格好で」


 いつもの女性が声を掛けてきた。


「あれ? 怪しいですか?」


「アキラさんの身が心配な程度にはね。……でも大丈夫なの? あの子、結局女の子になっちゃったじゃない」


「実はその件で、ちょっと。ホレ薬って在庫ありますか?」


「聞き方。あんたどれだけ買うつもりなのよ」


「ぅえへへっ」


「笑いかたって、前に『う』と入るだけで随分印象が変わるのね。新しい発見だわ。それで薬だけど、私としては産めや増やせやの方針だし副作用も無いからケース単位でもOKだけど――」


 そこに。


「あれ? サラさん」


「ふえ!? アキラちゃん!? 王宮じゃなかったの?」


 ゆるいシャツにキュロット姿の晶が現れた。


 疚しいことしか無いサラは焦りを隠せていない。


「んん?」


 当然、晶はいぶかしむ。


 つかつかと歩み寄り、じろっと見上げた。


 サラが顔を背ける。


 晶が追い、サラはささっと背を向ける。


「ん~~~?」


 逃亡阻止のためなのか、いつの間にか晶はデニムのベルト部分を両手で掴んでいて、動きに振り回されながらも密着して見上げている。


 それはまるで不格好なダンスの様で。


「っぷ!! あははっ、サラっ! サラちゃん、落ち着いて。アキラさんも、女の子の悩みだから勘弁してあげて」


「悩み? そういう事なら、まあ」


 晶は不服そうにしながらも、見上げるのをやめてサラを解放した。ただし、サラと出入口の間に立っている。


「ちょっと待っててね? ほら、おいで、サラちゃん」


「あ、は、はい」


 女性に引っ張られるまま店の奥に来て、サラは少し落ち着いていた。


「大丈夫?」


「煩悩に支配されてました」


「自覚あるならOKね。はい、ここに立って、収納の準備して」


 戸棚から出す物が見えないように立たせて、サラの手にホレ薬のダース箱を載せた。サラは意を汲んですぐに収納する。


 続いて、やはり別のダース箱を取り出して、


「これは収納しないで持ってて。お金はまた今度でいいから、話を合わせなさい」


 戸棚を閉める。


 そして。


「あ~~、うん、そうしよっか。アキラさん? ちょっといい?」


 白々しく声を張り上げて、晶を手招きする。


「はい?」


 首を傾げながらも素直に来る晶。


「これ、試供品であげるから、味見してみて」


 と、サラの手にある箱を開封し、良くあるドリンク剤の瓶を渡す。


「私としてはもう少し酸味があってもいいかな、て思うの。ちょっと甘くない?」


 個人的な感想を聞いたため、晶は何も疑わずに開封し、一気に飲み干した。こういう所が如何にも男である。

 少し考える素振りを見せて頷き、


「俺は全然有りですよ。このままでも、酸味が強くても。男性向けではないかもしれませんが――」


 そこまで言って何かに気付いたかの様にサラを見る。箱を見る。そして、胸に手を当てる。


「――なんだか胸の辺りがポカポカして来ましたけど、ドリンク剤ですよね? 鉄分補給とかの」


「ううん。まあるく大きな胸に育てる魔法薬ポーション。効果は2日くらいかな」


「はいいい!?」


 晶が目を丸くして胸を見下ろす。


 既に効果が出ていた。


 極端に大きい訳ではないが、明らかに増えている。


「ちょ、え、なんで!?」


「だってねえ。大きい方が揉みがいあるじゃない。そうよね? サラちゃん?」


「えええええええ!? あたし!?」


「し、し、信じらんない! サラさんのバカああああ!」


 晶が踵を返して走り去る。


「ちょ、ま、あの、王妃様!?」


「しっ! 大声で言わない! でも誤魔化せたでしょ?」


「そ、れは確かに……」


「じゃあ、さっさと追いかける! 捕まえて、謝って。あとはまあ……やっちゃえ!」


 ばちん、とサラの尻を叩き、背中を押す。


「な、な、ありがとうございます? あれ? あたし騙されてる?」


「いいから! ほら、追いかけて欲しい筈だから早く!」


 ぐいぐいと押されて通りに出たサラは、左右を見て、風に乱れるプラチナブロンドを見付けた。


 振り向いて、キッと睨み付ける。


「お、覚えてて下さいね!!」


 捨て台詞を吐くと、


 身体強化を使った猛スピードで駆けていき、あっという間に小さくなった。


 濡れ衣だからーー、来るなバカーー、と叫び合う声が聞こえる。


「誰か居る?」


「はっ」


 通行人が、すっ、と近付いてきた。


 その男に、


「この国の恩人達だから。マリアちゃんが後でフォロー出来る様に観察してて」


 お前じゃないのか。誰もがそう思うであろう事をさらりと言った。


「はっ。出来ますれば、本日はそろそろ」


「わかってるって。さぁて、マリアちゃんに怒られないうちに帰りましょうか」


 ぼやきながらエプロンを外すと、ふいに現れた女性が受け取り、店内に入っていった。


「ふふ、正式に会うのは婚姻報告の場だけど。どっちがお嫁さんなのかしら? アキラさん?」


  先程のじゃれあいを思い出してくすりと笑い、王妃と呼ばれた女性は、のんびりと歩き出した。

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