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くノ一の世界

鏡花が手伝いとして店で働くようになってから、1週間が経過した。


鏡花「…やはり、何か違いますね」


自分が入れたエスプレッソと、マスターが入れたエスプレッソを飲み比べる鏡花。

教わった通りにこなしたし、マスターの手順も、自分と同じものだったと記憶している。


マスター「一年分の経験値の差があるんだから、そうなるのが普通…というか、そうならなかったらへこむ」


鏡花「ですが…手順は何も変わらないはずですのに…」


マスター「まぁ、まだ1週間だ。焦ることはないさ」


営業時間が終了しても、しばらく鏡花の練習に付き合った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…その日の夜。


作曲に一区切りが付き、水でも飲もうと階段を降りた所で、玄関へ向かおうとしている彼女と目があった。


鏡花「マスター様、少し出かけてきます」


マスター「?…ああ……任務か何かか?」


鏡花「いえ…。……少し、考え事をしようかと。………もし、よろしければ、ご一緒にいかがですか?」


マスター「…成る程。…お邪魔じゃなければ、是非」


と、いうことで、夜の街へと繰り出すことになった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マスター「忍者の学校って、どんな感じなんだ?普通の学校とどう違う?」


鏡花「そこまで大きな差はありません。忍としての修練の殆どは、街に出るまでに各々が家や里で修了していますから、普通の座学がほとんどです。授業も、定期考査の点数が悪くなければ受ける義務もありませんから」


マスター「終日出てくれるのは助かるが…なんかこう、友達とかと遊んだりなんかは…」


鏡花「忍の家に生まれた以上、任務遂行が第一です。遊んでる暇があれば、修行を行います」


マスター「……大変だな」


やべぇな、という言葉をギリギリで飲み込んで出たのがそんな言葉だった。

彼女からすれば、喫茶店の手伝いも、住み込みの家政婦業も、任務…仕事の一環に過ぎない、ということなのだろう。


(そりゃそうだ。なんで見ず知らずの相手の店を手伝ったり、あまつさえ同棲して家事をこなしたりしなきゃならない。逆の立場だったら耐えられるわけがない)


…仕事で来た相手に、どんな回答を求めているのだ自分は。

職場の女の子にセクハラする年配の老害と何が違う?


…もっとしっかり断ればよかった、が…他の良い案が思いつかなかった。


黙々とついていき…路地裏の裏、鍵付きフェンスを難なく解錠し、足場も崩れそうなボロ鉄の階段を登って行く。


鏡花「ここです。私の、お気に入りの場所」


廃墟と化したビルの屋上。ここよりも高いビルは少し行けば山ほどあるが、近くが住宅街なだけあり、そこまで存在感はなく、圧迫感もない。

少し冷たい、しかし穏やかな風が…心地良い。


鏡花「……貴方様に助けていただいた日、私は…ある任務に失敗しました」


マスター「…」


鏡花「未だに帰ってこない忍達がたくさんいて…私が失敗したせいで、敵のアジトをもう一度捜索することから始まり…先程、アジトが再発見されたと、連絡が入りました」


胸に手を当て、想いを噛み締める。

一際強い風が彼女の髪を吹き上げ、彼女はそっと瞼を上げる。


鏡花「…ですから、明日は休暇をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


マスター「……ああ、大丈夫だ」


振り返り、柔和な笑みでそう尋ねてくる彼女に、彼はゆっくりと返事を返す。


鏡花「……私、ここから感じる風が、とても好きなんです。……任務の時に感じる匂いが満ちていて…変に思われるかもしれませんが、落ち着くんです」


マスター「……俺も、自分の店のコーヒーの匂いで落ち着く。だから…そういうの、分かる」


夜光看板と遠くのビルの光、それから星空の光を浴びて、儚げに、けれど嬉しそうに微笑む鏡花。


夜の匂い、コンクリの匂い、錆びた鉄の匂い…こんな場所が、彼女にとっての世界。


それからは…しばらく2人とも無言で、穏やかな風に身を委ねるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マスター「…出掛けに行ったり、遊びに行ったりしたことがないって言ったよな?」


鏡花「ええ、そうですね」


マスター「……あー、創作活動には、色々な場所に赴いたり、色々な経験をしたりするのが効果的だ、ってのは知ってるよな?」


鏡花「ええ、そういった話は伺ったことがあります」(ですから、喫茶店の業務は私に任せて、マスター様にそういった時間を設けていただこうかと思っていたのですが…)


「…1人じゃ、そういう気にもなれなくてな。……だから…良ければ、一緒に来てくれると助かる」


少し前を歩き、彼女の顔を見ないまま…彼はそんな提案をした。


思いがけない誘いに、キョトンと目を丸くする彼女と、その反応に思わず目を逸らす彼。


鏡花「…ありがとうございます。無事に戻った暁には…お誘い、勿論お受けいたします」


薄暗い路地の中、蛍光灯に照らされた彼女は、仄かに赤くなった頬に手を当てていた。



翌日、深夜


鏡花「…この命に代えても、必ず………果た、し……」


ある企業のビルの最上階。薄暗い部屋の真ん中で、力無く倒れるのだった。

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