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22/25

I

ククア「うぅ…胸が、ジンジンいたしますわ…」


行為を終え、気絶するように眠りに落ち…朝日が昇っても、ベッドに寝転がったままの2人。

時刻は朝…いや、もう昼だ。


胸の頂点を手で抑える彼女。散々好き勝手に弄られたせいで、まだ違和感があるのだろう。


手をそこから下ろし、内部の異物感を確かめるためにお腹を撫でる。


ククア「…?」


その違和感の真の正体を知るのは、もう少し後のことになる。


婚約前の男女が一夜を共にするなんて、あってはならないことだ。そんなことをする男がいたなら、間違いなく夫として相応しくない。ましてや、赤子ができたりなんてしたらもっと大変なことになる。


ククア『まぁ、一度や二度の行為でデキる程、安い女ではありませんから…大丈夫でしょう』


彼の言った「お前が悪い」という言葉は最もな事で…今更、彼を責める気にはなれない。

それに…お互いの気持ちは、行為の直前も、最中も、確かに伝え合った。婚約までは行っていなくとも、今はこれで十分だと思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…正直に言って、やってしまったと思う。


落ち着きを取り戻してから真っ先に思い浮かぶのは鏡花の顔だ。何故?決まっている。このままでは、彼女の任務が果たされなくなってしまうからだ。


ーー……本当に、それだけか?


頭の中に不意に浮かぶ疑問点。

しかしそれも、すぐさま「そうだろ」と消えてしまう。


じゃあ、責任を取らないのか?

外国は性に大っぴらだから〜っつって、一夜の思い出にするか?


横を見る…とククアは、戸惑いと恍惚が半分ずつの顔でお腹の辺りを撫でていた。


盲目の歌聖。…目隠しが良く似合う、しかし太陽のような女性。

彼女のことが好きだ。…そのことは、間違いない。


「…遅くなったけど、朝飯にするか」


ククア「ええ、そうしましょう」


寝起きということもあってか、大人しく頷く彼女が、自分の前を過ぎていく。


これからどうすべきか…その答えが喉まで出かかって…寸前で、止まってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


食事を済ませると、「そういえば」と今思い出したとでも言うように話し始める。


ククア「この後なのだけど、森林浴というのはどうかしら?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


平原、里、森林…と、少し進むだけでここら一帯の風景はコロコロ変わる。


穏やかな風が草木の香りを運ぶ。

10メートルはあろうかという大木が軒を連ね、葉の隙間から差し込む陽光と影のコントラストが、大自然の雰囲気を醸し出す。


…何処かで見た景色だ。多分、映画か何かだろう。それぐらいおあつらえ向きの場所だった。


背の低い草の上に、2人して腰を下ろす。


ククア「ふふっ…膝を貸して差し上げますから、少し眠るのはいかかでしょう」


と、正座を崩した姿勢で、膝の上を叩くククア。


まるで聖母…見た目だけでいえば、その評価に異を唱えるものはいないだろう。


「いや、こちらの台詞だ。…まだ眠いんだろう?」


ククア「あら…そう?子守唄でも歌って差し上げようと思っていたのだけれど」


「…ほら。寝心地は保証しないが」


と、胡座をかいた彼も太腿を叩くと、ククアは体勢を変え…彼の右太腿を枕にするように寝そべる。


ククア「…硬いですわね」


「気に入らないか」


ククア「いいえ、気に入りましたわ」


瞼を閉じた…かは分からないが、気を抜いたらしい雰囲気を感じる。


少し躊躇しつつ…そのことがバレないように、自然な手つきでククアの前髪を撫でる。


「…ゆっくり休め」


ククア「ええ……そう、させていただきますわ…」


それから間もなく……ククアは眠りへと落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一つ一つのパーツが、全て完璧に仕上がっている。長い足、肉付きの良い尻、くびれ、大きすぎる胸、綺麗な手、細い首、そして…100点満点な顔。

目が見えていたら、燃えるような真紅の瞳だっただろうか。それとも、海より蒼い瞳だろうか。どんな瞳だったとしても、自信に満ちた、しかして優しげでもある瞳だったことは疑いようのない。

…流石に彼の力を以ってしても、目を与える事はできない。


だが…彼女に言うと怒られるかもしれないが…彼女の瞳も、もしかしたら魅力の一つかもしれない。


黒い目隠しは彼女の外見には異質だが…その異質も彼女の一部であることは間違いない。


『異質』が良いことであることは少ない…必ずしも悪いというわけでもない。

『異質』な彼女に連れられて過ごす中で、沢山の糧を得ることができたではないか。


海へ、洞窟へ、そして、昨日の経験…全て、忘れ難い思い出になっている。


撫でる彼女の髪の感触が心地良く…気がつくと、彼自身も眠気に誘われつつあった。


…外で眠るなんて、子供の時以来だな。


その時初めて…自分にとって彼女は、安心して身を任せられる相手なのだということを知った。


「…好き、なんだな。俺」


穏やかな寝息を立てる彼女の唇に誓いを済ませ、彼も意識を手放した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「ぅ、うん……?」


「おはよう」


ククア「……ぇ、えと…?」


飛び起きるククアは、急にその場で固まる。耳を澄ませ、今自分がどこにいるのかを思い出している…ということだろうか。


「1時間ぐらいか。まだ寝ててもいいと思うが」


ククア「いえ、十分に休ませていただきましたわ」


「そうか。…立てるか?」


ククア「え、ええ…」


そう言いながら立ち上がろうとして、バランスを崩したククアを受け止める。


「…大丈夫か?」


ククア「…正直に申し上げますと…寝起きで、まだ感覚がはっきりとしませんわ。ここに来るまでの道のりも、まだ思い出せていませんし…」


「…そういうことなら、ほら」


と、彼は彼女の手を取り、自分の腕を掴ませる。


「これなら歩けるか?」


ククア「…もっとキツく掴んでもよろしくて?」


「構わない」


ククア「では、失礼して」


言うなり、彼女は胸の谷間に彼の左腕を突っ込ませ、両腕で完全に封じ込めた。

都会にいる「それ歩きづらいだろ」と思わずツッコミたくなるバカップルのような姿勢になる。


正気か?とツッコもうとした所で、


ククア「…ああ……この姿勢だと、中々安心できますわ。…躓いたら、受け止めてくださいませ」


ふふ…と楽しげな笑みを見せられ、言い掛けた言葉はどこかに吹き飛び…


「任せろ」


と、混じり気のない笑みで返すのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その日の夜…昨日と同じように気を失ったククアを横目に宿を出た。


歩くこと5分程度…辿り着いたのは、昼にも訪れた森林だった。


昼間、寝落ちする前に、彼女の寝顔を眺めながら、サッと一曲作り上げていた。

プレゼントしようかとも思ったが…どうにも、タイミングを逃してしまった。

そして同時に浮かんだのは…夜にこの森を訪れれば、昼とは全く別の、しかしそれはそれで良い曲が作れるのではないか…という考え。

その考えが浮かんでしまったなら、創作者として、実行せざるを得ない。


草のベッドに思いきり寝転がり、空を見上げる。


満点の星…あの洞窟でも垣間見たが、やはり本物というのは良い。

産業廃棄物の少ない、大自然に囲まれた田舎の星空。

暗闇に浮かぶ幾つもの輝きにより、「今、自分は星の海に身を委ねている」と錯覚を覚えた。それほどまでに、彼にとってこの光景は偉大だったのだ。


風が草を撫でる音に、自分の居場所が草原であることを思い出し…先ほどの感覚をもう一度味わおうと目を閉じる。


昼間とは違う、冷え切った空気。けれど、こちらの方が彼には合っていた。


「…天翔ける星海。私だけの世界。果て。涼風がわたしを癒し、聞こえる音はただひとつ。私だけの世界。最後の1人。このまま、溶けるように消えてしまいたくなる。

海に落ちるように、手放すように、私という個(子)が解けていく。ほうっておいて、ほっといて。ああ、月すらも眩しい夜に。

つららかに響く声。コアコアと泣く誰かの声。耳を塞いで、聞かないで……そばに居て。だれかーー涙が、枯れてしまう前にーー」


間奏を挟み、続けて最後まで歌い切った。

この歌は、人に聞かせるものではない。

戻った後、曲として完成はさせるが、自分以外の誰にも聞かせるわけにはいかない。

これはそう……


???「貴方の歌…ですわね?」


掛けられた言葉に、心臓が凍った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「失礼かとは思いましたが、盗み聞きさせていただきました。…とても素晴らしい曲でしたわ。…こういったダウナーな曲の方が得意なようですわね。私好みの曲調とは言い難いですが…貴方にしか作れない、至高の曲の1つでしょう」


汗が噴き出る。…完全にやらかしたし、やらかされている。


心臓の音がうるさい。けれど、心地の良い鼓動ではない。


ほんの数刻前まで抱いていた気持ちが、風に舞う砂のように霧散していく。


ただ、反射的にーー"スイッチ"を入れた。


「…もう遅い、帰ろう」


ククア「ぇ、お、お待ちなさい…!」


構うこともできず、無言で歩き始める。彼女が何か言いながらついて来るが、全てが通り過ぎていく。


…ここまでの一連の流れを以て、彼の歌は完成したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「では、また近い内に」


「…ああ、またな」


名残惜しげに去っていくククアに、微笑を浮かべながら手を振る彼。


空港のアナウンスが鳴り、彼女に背を向け歩き出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「…やってしまいましたわ」


あの時から、彼は取り繕っているが、雰囲気が変わったことにはすぐに気づいた。

けれど原因が、自分が盗み聞きをし、あまつさえ絶賛してしまったからだということに気づくのに、ここまでの時間を費やしてしまった。


ただ曲を盗み聞きしただけなら大した問題では無い。問題なのは、聞いていることを彼にバレたこと。自分のことを歌った曲を褒めちぎったこと。彼にしてみればこのことは…最も品のない自慰を見られ、大声で称賛されたようなものだ。


改めて謝罪をしても「気にしていない」の一点張り…むしろ、その話を掘り返すたびに、彼の雰囲気が険しくなっていくのを感じ、一旦置いておく、以外の選択肢が見出せなかった。


ククア「…彼の心の奥底に……闇に、触れるには…どうすれば良いのでしょう」


胸に手を当てて考え込む。…しかしいつまで経っても、その答えは見つからなかった。


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