添い寝?
気球から降りた2人は近くの町へ。都会とは異なる静かで自然豊かな町並み…歩いてる人は疎らだが、皆外国人で、なんとなく穏やかな雰囲気を感じる。
彼女に案内されるまま辿り着いたのは、小さな喫茶店だった。
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「…うまい」
ククア「お気に召したようで何よりですわ。貴方の店でテータリックを頂いた時から、この店に連れてこようと思っていましたの」
片田舎の、小さな喫茶店。そこで出されたエスプレッソは…彼の作るソレとはレベルが違っていた。
「…井の中の蛙、か」
世界はまだまだ広いことを思い知らされる。
そして、目の前の彼女も、テータリックの味わいに笑みを浮かべ、満足そうだった。
…悔しい、という感情を味わうのは…色々と諦めて以来、本当に久しぶりだった。
自分の中に、まだこんな気持ちがあったことが…正直言って、嬉しい。
ククア「なんでも、近くの山水がコーヒーや紅茶に良く合うらしいですわ」
なんて言ってるが、それだけなわけない…と、頼み込んで作る工程を見せてもらったが、特段変わった部分は無い。機材も、普通の市販のものだ。
水も貰ったが…これは、確かに美味かった。
何がどうとは言い表せないが…なんというか、喉の途中で沁み溶けるような飲みごたえだった。
その後、店主から興味を持たれ、こちらも腕前を振るうことになり、いつも通りを意識して作り上げた。
???「ふむ……美味しい。中々やるじゃないか。まぁ、私の物の方が美味しいが」
「…そうだな。…教えてくれ、何が違うと思う?」
…と、2時間に及ぶ議論の様子を、ククアは少し遠くの席に座り、満足気に聴き続けていた。
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「…すまん、置いてけぼりにしてしまって」
ククア「あら、そんなことありませんわ。貴方の新たな一面を見ることができて良かったですわ」
時折試飲を頼んだりもしたが、基本的には彼女が2人の間に入ることはなかった。しかし、それでも何処へ行くわけでもなく、必死に頭を捻る彼の姿を見続けていたのだった。
技術的な部分の差も勿論ある、が、試飲をしたククアが指摘したのは、豆の選びとその漉き方の違いだ。
先日彼の店で味わったからこその意見。
それ以外の技術については、もはや精神論やら経験論になってしまった。
道は違えどプロが3人…それでも、明確な答えは出ず……もしかしたら本当に、精神論や経験論による差なのかもしれない。
豆を選ぶ目と漉き方…とりあえずはそこから、鍛え直していくことにしたのだった。
ククア「さ、ホテルは既に取ってありますから、行きますわよ」
「ああ」
両掌は空いているが、どちらも、それを埋めようとは言い出さない。
その日、2人はまだ、一度も手を繋げていなかった。
ククア「…」
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食事を終え、湯船から出た2人は前回に引き続きまたもタイミングが合った。
個室にも戻らず、なんとなくロビーのソファに揃って腰掛ける。
…彼の場合、まだ部屋を案内されていないためそうするしか無いのだが。
荷物をロビーで渡すと案内されると思いきや、食堂に案内され、彼女に引っ張られるまま大浴場(なぜか他の客はいない)へ。
…恐らく、彼女が何かを企んでいるのだろう。
「…なんというか、少し意外だった」
ククア「?なんのことでしょう」
「喫茶店なんて辞めて、作曲だけしていればいいのよ!なんて言ってくるようなイメージがあった」
ククア「…まぁ、そう思っていた面があることは否定しませんわ。貴方は既に作曲の道を極めている。それなのに、二足の草鞋で寄り道をして、作曲を疎かにするなんてこと…許せませんわ」
ジト目…にはならないが、そういう目で見られているというのはなんとなくわかるものだ。
ククア「今日、あの喫茶店に連れて行った理由は、貴方の姿勢を見極めるためでしたわ。ただの道楽か、それとも、真にやる気があるのか」
「…そうか」
ククア「安心しましたわ。ただの道楽でしたら、お説教して差し上げなければ、と思っていましたもの」
繕っていた気配が剥がれ、穏やかな笑みを浮かべる彼女。
きっと伝わっている。そう思いながらもほんの少しだけ、ホッとした。
「まぁ、なら良かった…というべきなのか」
ククア「ええ。そういった趣味こそ、クリエイターには必須、ということは理解していますわ。…ただし、今日1日のプランを崩した埋め合わせは、お忘れなく」
2時間も喫茶店で過ごしたことを言っているのだろう。全く気にしていない様子だったが…それはそれ。
「…何をさせる気だ?」
ククア「……実は、一部屋しか取ってありませんの。ベッドもひとつ。…お分かりですわね?」
「…は?」
ククア「ご安心なさい。ただの添い寝ですわ。…最も、貴方が我慢できれば、の話ですが」
「ーー。……どこにも、安心できる要素がないんだが」
小悪魔スマイルでそう笑みを浮かべるククア。
「本気なのか」という言葉は、じっとコチラを見つめる"見えない瞳"の前に飲み込まれ…額を抑え、大きく溜息をついた。
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通された部屋には、ダブルベッドがひとつ。…ソファなどもなく、寝るなら椅子になる。勿論、それを彼女が許すわけもなく…
ククア「私の中身を知っていただけたなら、次は外見を知っていただかないと。…私の事は抱き枕だと思っていただいて構いません。…いいえ、抱き枕のように扱いなさい。それが埋め合わせですわ」
…彼女から抱き着くのと、彼から抱き着くのではわけが違う。
それを分かっていて…彼女は自分からするのではなく彼にそうさせるように、かなり強引に仕向けた。
日中に少しでも、彼から手を繋いでいれば…彼女の態度も少しは違ったかもしれない。
ククアがベッドに寝転がる。布団を剥がし、ポンポン、と軽くベッドを叩き、彼を手招きする。
重力を無視した大きな胸により、大きく突き出たテントが出来上がっていた。
彼女が体を横にすると、テントも横になり…彼女1人で、2人分程度、ベッドの横幅を占領している。
観念し、続けて彼もベッドイン。するも、体と体は離れているのに、胸と胸が当たりそうな距離感となっている。
ククア「抱き枕なのですから、しっかり抱き締めてくださらないと」
「…ひとつ、聞いていいか」
ククア「はい?何でしょう」
「ベッドに誘われて、何もせずに終わり…なんて男がいるとしたら、それって絶対脈無しだと思わないか?」
喉を鳴らす音は、彼からではない。思ってもいなかった言葉を突きつけられた彼女の方だ。
彼は布団を跳ね除けると、勢いそのままに、彼女を押し倒す。
ククア「なぁっ!?ちょ、ちょっと、お待ちなさいっ…!」
「待たない。お前が…ククアが悪い」
そのまま、そのまま…少しずつ顔が近づいていく。2人の間に挟まる、彼女の大きな胸も押し潰すように体を密着させ……唇を奪った。
ククア「…ぉ……これが…わたくしの…ふぁーすと、キス……?」
恍惚とした、真っ赤な顔。長い金髪と大きな胸。
見えない瞳で彼を見つめるが、彼自身も未知の感覚を飲み込むのに精一杯で、動きが止まった。
2人の息は荒い。先に体制を整え、動き出したのはククアの方だった。
腕を伸ばし、彼の首に回すと、抱き寄せ…今度は自分から、深く長いキスを仕掛ける。
ククア「……キス…ふふっ…とても、いい物ですわ……何度でもしたくなります…」
唾液の橋を指先で断ち、そのことにすら妖艶な笑みを浮かべるククア。
衝動的に…というか、半ばヤケクソ気味に始まった行為だったため、肝心な言葉が伝えられていない。
「…好きだ。愛してる。ククア」
その言葉に嘘はない。いささか段階を飛ばした気もするが、2人とも不満はない。
初めて喫茶店に来た時の、生意気なククトゥリアの思惑通りに進んだことが少し気に食わないが…今となっては、それも悪くないと思っている。
ククア「…ええ、わたくしも。…世界で一番、貴方を愛していますわ。…ですから、どうか」
ククアは恥ずかし気に胸に手を当てる。
ククア「どうか、わたくしの中に…わたくしのすべてに、触れてくださいませ…」
そして、そっと、隠していたものを曝け出すように、邪魔するものを無くすように…胸の頂点から、腕を下ろしたのだった。