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2回目

前触れなくゼロ距離に感じた気配に意識が覚醒すると、自分が今、誰かに抱え上げられていることに気付く。

と、自分を抱えていた存在も起きたことに気付いたのか、躊躇なく力を抜く。彼はなんとか受け身をしながら落ちた。


忍「…『カフェマスター』様」


「……ククアの忍…か?」


そこにいたのは、真っ黒なスーツに身を包む、黒い髪の忍。顔すらも真っ黒で…のっぺらぼうのようだ。


忍「はい。私のことはお好きにお呼びください。本日も、ククトゥリア様からのご命令で参上致しましたところ、彼女の妨害を受けた…という次第です」


顔のない忍の視線の先、いたのは…先日同様、水白銀の衣装の鏡花。


鏡花「…マスター様、お下がりください」


額に汗を滲ませる鏡花。同じ"覚醒した忍"であれど、実力差は明白。

…だが、それでも、前回は完全に気づけなかった侵入に、今回は気付くことができた。


「鏡花、大丈夫だ。前回も何も酷いことはされなかったし…寧ろ、色々と得るものがあった。今回も行ってくるよ」


鏡花「ですが…!今回もそうだとは限りません!」


「…いいや、大丈夫だ」


真っ直ぐにそう言い切った彼の瞳にたじろぐ鏡花。お人好しに手を差し伸べがちな彼であっても、いくらなんでも信用しすぎではないかと思わずにはいられない。


それこそ、自覚が無いだけで、やはり何かをされたのではないか…そう思ってしまうほどに。


鏡花「…でしたら、私も同行します。…何処に行くかも存じませんが、忍が2人いて損することもないかと」


忍「不要です。いいえ、寧ろ邪魔です」


表情は動かないが、2人の間には明らかに確執があった。

気持ち的には鏡花に味方したい所だが…今日は…。


「…流石に2日連続で店を空けるわけにはいかない。…頼む、鏡花」


そう。切実な話、いくら客が少なくとも、喫茶店を空けるわけにはいかない。


その話を出されてしまえば…彼女はそれ以上何も言えず……ククトゥリアの忍から目を離さないまま、扇を水に戻すのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日は意識のあるまま飛行機に乗せられ…そして、広い草原についた。


何処に彼女がいるのか、とキョロキョロと辺りを見回そうとする…と、背後から目元を隠された。


???「私の正体、貴方にわかりまして?」


「ククア」


言われ、彼にも聞こえそうなほど『ドクン』と心臓が跳ねる。


「……ククトゥリア?」


目隠しは外される。…と、振り返ろうとした彼の首元に咄嗟に腕を回し、抱き締め、動けなくした。


…どうしましょう。…今の顔は、絶対に見せられない。


彼と出掛け、恋を自覚した日から数週間が過ぎた。

冷静さを取り戻し、軽い挨拶のつもりであんなことをして…予想外の返事に、一瞬であの日の気持ちに戻された。


一方で、振り返ろうとしたところをいきなり抱き締め止められて困惑する彼。そして、背中にぎゅうぎゅうと押しつけられる柔らかな感触は、慣れようもなく…無表情を貫こうともがくが、できているか怪しい。


「……ククア?」


ククトゥリア「…ぉ、おーっほっほ!お久しぶりですわね、ますたー?」


「ぁ、ああ、久しぶり」


ククトゥリア「き、急にお呼び立てしたせめてものお詫びですわ、、ZonBunに…だ、抱きしめられているといいですわ!」


「あ、ああ…成る程…?」


…結局、離されるのは10分以上経ってからとなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「…ふぅ」


「…はぁ。…それで、今日はアレか?」


ようやく解放され振り返ると、お互いに数十分掛けた澄まし顔を浮かべ合い、彼は視線の先にある見慣れないものを見上げる。


ククア「ええ!あなた、経験はありまして?」


「無いな…お前こそ、どうなんだ?」


ククア「私は何度かあります。ですが、何度乗ってもいいものですわ」


2人して見上げた先には…とても大きな気球が、こちらに向けてゆっくりと降りて来ていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


サングラスを装備し、空の旅へ。

どういう原理か自動的に動く気球によって、2人きりの空の旅。


視界の先には雲ひとつない空。少し視線を下げれば、先ほどまでいた野原の先に森があり、その先には町があることがわかる。

顔にかかる風が冷たいが、用意された防寒着のおかげでそれ以外は丁度よく、マフラーを口元まで引き上げた。


ククアはというと、相変わらずのドリルヘアーと、胸元を強調した赤いドレス。寒くなることを見越して、防寒用のフワフワのカーディガンをその上から羽織っている。


「…その髪型、他にしてる人見たことないんだが…」


ククア「縦ロールですか?…そうなんですの?」


「そこまでの髪の量でやってる人は見たことがない」


ククア「まぁ、確かに…お手入れにもかなりのコストを使いますから、拘りが無ければ、この髪は難しいでしょう」


と言いながら髪を手で軽く持ち上げる彼女。

ボヨンボヨン、とドリルが伸び縮みする。


「拘りがあるのか?」


ククア「…そう、ですわね。……聞きたい、ですか?」


こちらを伺うように見つめてくる…いや、目を逸らしたククア。


聞いて欲しくない…そう言われているような気が、しないでもない…が。


「…聞かせてくれ」


ククア「…分かりました」


と、言うやいなや…寒空の下にも関わらず、彼女は防寒着を脱いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「…私は、生まれた時から目が見えず、その為忍に守られ、家族からも女子校を勧められるなど…自分の身の安全には最善を尽くし、この身体を汚れのないものにしてきましたわ」


ククア「けれどある日……自分の胸が、他の方達よりも、少しだけ大きいということに気付きましたわ」


少し…?と突っ込みたい衝動を抑える。


彼女は後ろを向くと、ドリルを前半身に持ってきて…身体のシルエットが完全に見えるようにした。


ククア「見てくださいませ。…後ろからでも、胸が見えますわね?この髪型にしている理由は、胸よりも髪に目が行くように…私の少し大きな胸を誤魔化すため…これが、理由のひとつですわ」


確かに、肩幅よりも横に突き出ている胸の曲線が見えている。

話し始めた時の僅かに曇った声色は鳴りを顰め、淡々と説明し続ける彼女。


ククア「二つ目の理由、貴方に分かりますか?」


「…似合ってるから、だろ」


布とサングラスによって二重に覆われた彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、そう答える。


ククア「おーっほっほ!!その通りですわ!!貴方も、私のことを少しはわかってきたようですわね!!!」


つらつらと、無表情で説明していたククアの鉄仮面が崩れる。

さもなんでもないことのように言っていたが、目の見えない彼女にとってはなおのこと、胸が大きすぎることは、重いし邪魔だしで良いことは一つもない。

男遊びを趣味にしていれば違ったかもしれないが、彼女はそういった人間ではない。

周囲から何か言われても、なんとも答えようのない問題なのだ。

それをカバーするために、さらに大きくて手入れも大変なドリルヘアーをしている。


視力が無いことはハンディキャップで間違いないが、胸の大きさは人によっては恵まれた体とも取れる。が、本人にとってはそうではなかったのだろう。


上機嫌に笑うククアの規格外に大きな胸は、彼女の人生にとって大きなハンデになっているはず。だが、それでも、


ククア「今は、この胸の良さも気付いていますわ。この胸のお陰で、世間の私への関心は歌だけでなく、私の個性にも向いているのですから」


ステージ上で生で歌うことは歌聖として当然であり、そうなれば彼女の体はとても目につく。取材陣からそのことを深掘りするような質問をされて無視するような性質ではない。

つまり…彼女は、ここまでオープンではないが、大きな態度を世間にも貫いている。

そして、圧倒的な実力と、破戒的な外見と、それに相応しい内面、それらが合わさり、世間からも絶大な支持を得ることに成功した。

実力だけしか売り出さず裏の世界でしか評価を得ていない彼とは違う。

持てる全てで以て、世界一の歌聖として、世界中に名を馳せているのだ。


ククア「それに、ボーイフレンド第一号さんは、"私の""この胸が"お気に入りのようですから!!!おーっほっほ!!」


「…人を色情魔みたいに言うな。それに、胸はそこまで大きな要因じゃない」


ククア「…!?それはつまり、ど、どういうことですの…?」


「大きいのも小さいのも、どっちも違った魅力がある。好きになった相手の胸が大きかろうと小さかろうと気にしない」


大きいのも、小さいのも…?と自分の両胸にそっと手を当て、首を傾げる。


ククア「殊勝なことですわね…ですが、どちらの方が好みか、ぐらいはあるはずですわ」


「……やたら確認したがるのは、やっぱり、嘘を見抜く力に確証が無いからか」


ククア「…やっぱり、とは?」


「…こっちだって一応、人の心に関する物を作ってる。曲を作る時には、自分に嘘をついて騙す必要もある」


ククア「……成る程。流石、と誉めておきましょう。…話は逸れますが、一つだけ伝えておきます」


ククア「貴方は、心を"騙す"力よりも、心を"感じ取る"力の方が本質でしょう。…なら、私の気持ちが本心だと言うことも分かっているはず。…もう少し、私を信用しなさいな」


「…結構信用してるつもりだけどな」


ククア「なら、目に見える形で示すといいですわ!」


サラッと言われたが、大事なことだ。

自分はもう少し、態度で…いや、態度ではわからないのだ、行動でそれを示す必要があるようだ。


「…」


ククア「ちなみに、私の国では、親しい間柄では挨拶がわりにハグをする方も多いですわ。もっとも、私はそれ程したことはありませんけれど!!!」


……いつでも来い、とでも言うようにこちらに身体を向けて両腕を広げる彼女。

目隠しと金髪ドリル。大きすぎる胸。底抜けに明るく、目が見えていないとは思わせない自信。

…さっき、出会ってすぐ抱きついてこなかったか?とは黙っておくことにした。


「…この前海に行った時、物静かなタイプが好きって話しただろ。その系列で、漫画とか小説とかだと、割と闇があるタイプのキャラを好きになることが多いんだ」


ククア「闇…とは?」


「ダウナーな感じというか……主人公のことが好きすぎてストーカーみたいになってるとか」


ククア「…それはまた、変わった趣味ですわね」


「まぁ、実際にそんな奴がいても普通に迷惑の方がでかいと思うけど…例えば、家に居場所がなくて入り浸ってるとか、主人公以外の人間が信用できないとか、そういう感じの事情があったりする」


ククア「…何が言いたいんですの?」


要領を得ず訝しむ彼女。言いたい事は伝わっていないらしい。…いや、こんな言葉で伝わるはずもないだろう。

作詞は人一倍できるくせに、自分の気持ちを伝えたい相手に適切に伝えることは、なにぶん経験値が少ない。


「…最近は、高笑いの似合うようなタイプも、結構いいなって思ってる。…そんだけだ」


何が言いたいのか分からず答えを急かすククアから顔を逸らしながらそう答える。

目が見えない彼女と目を合わせてられず、それからはひたすら、空から目を離さないことにした。


ククア「…おーっほっほ!!順調に私の虜になっているようで何よりですわ!!!」


横目に見た、満面の笑みの彼女。その頬の色を見て…改めて、自分の言ったことが本当なのだと実感した。

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