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くノ一、拾いました。

鏡花「……ぅ……」

油断した…わけじゃない。単純に実力で負けて…命辛辛逃げ延びた。

鏡花「1日でも早く助けなければ、いけませんのに…!」

致命傷は避けたが、あちこちの傷から血が溢れている。

先程追手を撒いたばかりで、まだ救助も呼べていない。


ふと、人の気配を感じて顔を上げる。

深夜、大通りから外れた人気のない路地。満身創痍だろうと気力の限り警戒を強め、鋭い目付きで先を睨みつけるが……暗がりから現れたのは、以前組織の極秘資料で垣間見た男。

鏡花「……っ….…、だめ…」

最後の力も尽き、ついに彼女は立ってもいられず…その場に崩れ落ち、意識を手放した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


真夜中の散歩に惹かれるのは、小学生とか中学生だけだと思う。

ただ、大人だろうと、数年に一回ぐらいはそういう気分になる時もある。

1日に1〜4人ぐらいしか来店しない喫茶店…オープンしたての頃は0人が当たり前だったから、成長してるといえばそうなのだが…ハッキリ言って、そんな具合では潰れるのも時間の問題だろう。

ただし…他に稼ぎがある場合、当然話は別だ。


今後の身の振り方を考えながら歩いていた所で…ボロボロの浴衣の女性が、目の前で倒れた。顔つきから、まだ学生のように見える。

常人ならば警察に連絡か、何がしか悪巧みか、という所だが…彼女の素性に心当たりのある彼は、心底面倒臭そうな顔の後、気怠げに彼女の元へと歩みを進めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


チラリと、店のソファに寝かせた女性に目をやる。

季節…というか、時代すら無視した和装…いや、忍び装束。

ゲームの中から出てきたと言われても信じられるような美少女を、自分が経営する喫茶店まで運び込み、若干躊躇いながらも服を脱がし、ネットで調べた応急手当てを済ませた所だ。


…物語の始まりを予感させる出来事(イベント)

それを前にして「胸が高鳴らなかった」と言えば嘘になる。

だが、彼は知っている。

「そうは上手くいかない」ことを。かつて「そうは上手くいかなかった」のだから。

主人公然とせず「物語ならコレと付き合う流れになるのか?」なんてマヌケなことを考えて、「無理だな。せいぜいハニトラだろ」と、自分を見つめ直して考えを改めた。


眠りを妨げないようなヒーリングミュージックを店内に流し、女性が目を覚ますまで、のんびりコーヒーの研究をすることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鏡花「……、?」


知らない天井、知らない音楽…知らない匂い。

上半身を起こし、辺りを見回すと、アンティークな雰囲気の喫茶店のようだ。

そして、カウンターで腕を組んで目を瞑っているのは、服装からしてここのオーナーだろう。

…ふと、違和感を感じ、自分の服装を見る。

黒いパーカー。男物で腕周りがブカブカだが、胴の部分の丈は丁度良い。


…脱がされた。その事実に思い当たり、頬が少し赤みを帯びる。…が、少し遅れて、身体の傷がほとんど癒えていることに気付いた。


マスター「、…気が付いたか」


鏡花「はい。…貴方が私を助けてくれたんですよね?」


マスター「そうなるな。つっても、簡単に手当てして寝床を貸しただけだ。気にすることはない」


チラリと向けていた目線を戻し、男は再び目を瞑る。


鏡花「そういうわけには参りません、このお礼は、必ず…」


マスター「そうかい、期待しないでおくよ」


マスターは口元を押さえて欠伸をすると、冷蔵庫から何かを取り出し、カウンター内の小さなスペースで調理を開始した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マスター「卵アレルギー、とかじゃないよな?」


鏡花「え、ええ…」


テーブルの上、女性の前に置かれたのは、すり潰した卵を焼いたパンで挟んだだけの、シンプルなたまごサンドだ。

そしてカフェラテも追加で置かれ、彼女は無言でマスターを見る。


マスター「貧血でもう一回倒れる前に食ってくれ。どうせたいして客も来ないが、来た時言い訳もできんからな」


それだけ言うとまた目を瞑り腕を組むマスター。聞く耳を持たずにその姿勢になった彼から目線をカフェラテに移動すると、彼女はおずおずとそれを飲み始めた。


鏡花「…美味しいです」


続けてサンドイッチに手を伸ばし、一口食べようとして…両手を正面に添え置く。


鏡花「いただきます」

お腹が空いていようと、見ず知らずの相手だろうと、礼節は欠かさない。


改めてサンドイッチを手に取り、小口を開けて食し始める。サクッとした食感と、パンと卵の甘さが、ほのかな苦味のカフェラテによく合っていた。


血が足りないという身体の訴えのせいもあってか、彼女はすぐにそれらを完食した。


鏡花「…ごちそうさまでした」


マスター「おう」


ふぅ、と息を吐き…彼女は昨日のことを振り返る。

…叱責は当然免れないだろう。

敵はアジトを変えているだろうからもう一度捜索し直し。捕まってしまった忍達もより危険な立場になってしまった。


…生まれてからこれまで、ずっと負け知らずだった。実力も学園の中でトップクラスだろう。それ故に任された大任を…しかし失敗してしまった。

戦う前から、相手の気迫に負けていた。とても正気とは思えない相手だったが、そのくせ実力は本物であり…野生の動物のような鋭い本能を全員が持っている。

…そう思わされた程だ。


鏡花「はぁ…」


マスター「……なるようにはなるもんだ」


洒落たガラスの容器に、次々と材料を入れていきながら、こちらを見ずに話し続ける。


マスター「なるようになる。そして、なるようにしか、ならない。反省するのは結構だが、落ち込んでても気が滅入るだけだ」


最後にソフトクリームで蓋をして、それは完成した。


マスター「たった一回の失敗で、人生が終わるわけじゃない。路頭に迷うことがあったら、この店で雇おう。他に従業員もいないし、歓迎するよ。…客もいないけどな」


スッとテーブルの上にパフェを置かれ、彼女はその出来栄えに驚いた。

客のいない喫茶店だろうと、そこのマスターはちゃんとプロなのだと、そう思い知ったのだった。


鏡花「…そうですね。その時は、よろしくお願いします」


マスター「おう」


スプーンで掬い上げ、一口。

コーヒーが欲しくなる、甘ったるい味だった。


…そこまで言ってから、彼女の素性を思い出し、まずい事をを口走ったかなと少し後悔した。


マスター「…まぁ、なるようにしかならないか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


鏡花「…あの、よろしければお電話をお借りしてもよろしいでしょうか?」


マスター「ああ…。そうだ、ここの住所も教えとく」


予約・注文の受付用に設置した備え付けの電話。その子機を受け取ると、鏡花はゆっくりと不慣れな様子で番号を入力。二言三言小声で話すと、通話を終了した。


鏡花「ありがとうございます。迎えの者をこちらに呼ばせていただきました」


マスター「そうかい。…まぁ、客のいない店だ。いつでも、またのご来店をお待ちしてるよ」


鏡花「ありがとうございます」


マスターは再び欠伸をする。…というか、先ほどからの様子といい、寝てないであろうことは明らかだ。


鏡花「…1つ、お聞かせください」


ゆっくりと目を開けるマスターを正面から堂々と見つめる。大事なことだと、その目が告げている。


鏡花「…会ったこともない、知らない相手にここまでしていただけるのは、何故ですか?」


「…そんなことか?」と思いつつ、表情には出さないように顎に手をやり、少しだけ答えを思案。

徹夜による眠気は、もう少しだけ耐えてもらうことにする。おかげで頭痛がチクチクと額を刺してくるが。


マスター「いくつかあるが…1.目の前で倒れられたら普通そうする。2.それが美人なら尚のこと、以上だ。…迎えが来たようだし、続きはまたいつかな」


電話から僅か数分で、真っ黒なスーツのいかにもSPという感じの男達が店の扉を開ける。外には車が待機してるのが地鳴りでわかった。


鏡花「……分かりました。では…また近いうちに」


マスター「またのお越しを」


黒服たちに連れられ、少女は喫茶店を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


学園長「…その喫茶店で、不思議なことはありませんでしたか?」


鏡花「不思議なこと…ですか?」


報告書を提出して数刻で、すぐさま学園長に呼び出された。

名家の生まれであり、組織の重役とは殆ど顔見知りでもある。任務に失敗したのは初めてのことだし、何を言われるのか少しだけ不安だったが、第一声がそれだった。


…学園の皮を被ったシノビの組織。それが、彼女の住む世界だ。


学園長「些細なことで構いません。何か…ありませんでしたか?」


外見ではそうは見えないが、三桁を超えた老婆にじっと見つめられ…彼女はあの日のことを思い出す。


鏡花「…そういえば、かなりの傷を負った筈でしたのに、寝て起きたらほとんど塞がっていました。…それぐらい、でしょうか?」


学園長「…!成る程……因みに、その喫茶店では音楽は流れていましたか?」


鏡花「?…はい。…どういう、意味でしょうか?」


学園長「…貴方には話しておいた方がいいでしょう」


学園長はリモコンを操作すると、部屋に音楽をかけ始めた。


学園長「昼休みや放課後、流れているこの曲、タイトルは知っていますか?」


鏡花は首を横に振る。


学園長「教歌E、です。無意識に抑えつけられている人間の本能を解放し、肉体的、精神的な成長を促します」


鏡花「…危険性は?」


学園長「限りなく低い、だそうです。Eですから。彼のその才能に目をつけ、国は契約を結びました。月々100万円ポッキリの使用料で、あらゆる国営の施設内でこの曲を流すことを許可する、というものです」


彼のその才能、という言葉で…彼女は全てを察した。


鏡花「…それだけの曲を、そんな安価で?」


学園長「まぁ、こちらの交渉人もプロですし、当時の彼はまだ学生でしたから」


鏡花「……つまり、あの喫茶店で流れていたのは…」


学園長「間違いなく、【傷を癒す曲】でしょう。…新たな契約を結ぶ必要がありそうです」


不敵に笑う学園長。

負傷した忍の傷がすぐに癒えるようになる。表面だけを見ればそれはとても良いことのように思えるのに…胸を刺す、嫌な予感が拭えなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

学園長「それから、先日の任務の件ですが…」


鏡花「はい」


学園長「学年一の実力を持つ貴方でも勝てない力。そして、報告にあった"獣じみた本能"…これらのことから、対象もまた、何かしら彼の曲を服用…OD(オーバードーズ)(過剰摂取)している可能性が高いと見ています」

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