罪の精算
鏡花「マスター、申し訳ありません…来週の金曜日は公開祭があるので、お休みさせていただきたいのですが…」
「…公開祭?」
鏡花「……VIPや家族、次年度の入学生向けに公開される、一大イベントです。忍の能力を出資者にアピールする場でもあるので、できる限り参加するように、とのことです」
ーー忍、というのは、ある種の保険だ。
襲われた際には真価を発揮するが、それまではただの木偶の坊。ずっと使われないままお役御免になることもありえる。
逆に、襲う側として使う際にも「いやこれ別に忍じゃなくてもよかったかも?」なんて思うスポンサーもいるかもしれない。戦っている場面を見ることはできないのだから。
そのために、ある程度忍の能力を公開する必要がある…ということらしい。
(因みに、忍の個人契約は公的には認められておらず、スポンサーはあくまで国からの保護対象であり、国に刃向かうようならば逆に忍から消される…そういったシステムになっている)
加えて、忍びの家同士での交流の機会にもなるため、家族も呼ぶ。
所属学園がそのまま派閥に繋がる為、未来の後輩も招待する…ということらしい。
鏡花「マスターも是非…とのことなのですが、いかがいたしますか?」
「…俺も?なぜ?」
鏡花「…恐らく、学園への協力を促す為かと」
貴方の作品はこんなにも役に立ってるんです!…的な意味だろうか?
正直な所「そんなことを言われても…」という気持ちと「めんどくさ…」という気持ちが大部分を占めているが……彼女の立場もある。
それに、『忍』という存在への興味もあった。
「分かった。なら、俺も行こう」
鏡花「かしこまりました。では、そのように」
感情の機微を見せない彼女。今回も同様だったが…返事が少し食い気味だったような気がする。…気のせいかもしれないが。
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とあるビルのエレベーターを地下へ降りると、学校がまるまる1つ入れられた空間へと降り立った。(入り口は何ヶ所もあり、定期的に変わるらしい)
ハッキリ言って、超技術だと思う。
しかし、地下にあると言うこと以外は普通の学校だ。…見た目は。
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校庭は、普通の高校のものと変わらない仕様だった。
しかし…自分以外の他の人間の雰囲気が、まるで違っている。
鏡花のように和服で来ている、恐らく生徒の家族のような人が4割。スーツを着た、明らかにVIPな雰囲気の人が5割。あと1割は、まだ歳の幼い忍候補らしき子供達。
そんな中、ただの普段着で来たのが彼。イヤホンのコードとパーカーの紐が乱立し、ごちゃっとしている。
彼と鏡花の関係性はかなり複雑で、一言では言い表せない。
1.彼の元にいるのはデータを手に入れるため(学園からの命令)
2.彼の元にいるのは婚姻関係を結ぶため(家からの命令)
1が失敗した場合には学園との縁は完全に切れる。(現在も学園所属ではあるが、2度の任務失敗から、卒業後に公忍にはなれない)
2が失敗した場合には家との関係が完全に切れる。
3.2は無視して専属のくノ一になることは拒否。だが2が失敗して実家との縁が切れた際には専属のくノ一になる。現在は1.2を同時に進行させつつ、彼のくノ一でもある。専属の契約ではない状況。
???「あ、あの、鏡花お姉様の契約者様でしょうか?」
若干のいたたまれない気持ちから、現実逃避をしていたマスター。
何処からともなく声を掛けられ辺りを見回す…と、身長130センチぐらいだろうか?随分小柄な少女に声を掛けられた。
???「あ、あの…わたし、鏡花お姉様の妹の、風花です。いつも、お姉さまがお世話になっています」
ペコリ、と頭を下げる少女。鏡花をそのまま幼くしたような印象を受ける少女。後ろに結んだ長いツインテールが特徴的。小学生…いや、中学生ぐらいだろうか?鏡花程ではないが、胸部に膨らみがあり、"血"なのだと思い知らされる。
マスター「…八田宮の家も、来てるのか?」
風花「あ、はいっ。私が来年入学なので…ほんとは、お姉様の応援のために来たかったのですけど…」
マスター「…成る程」
風花「でもでも!お陰でこうしてお兄様にご挨拶できたので!!あ、連絡先を伺ってもいいでしょうか?」
緊張、悲しみ、元気…表情が忙しなく動く、少女の怒涛の勢いに押され…
マスター「あ、ああ…」
思わず頷いてしまった。
気になるワードを意地で無視し、連絡先を交換した。
風花「ありがとうございますっ!あの、よろしければ今日一日、ご一緒してもいいですか?」
マスター「問題ないが…家の人と一緒に居なくて良いのか?」
風花「大丈夫ですっ、あそこにいると、お姉様の応援ができませんから…」
どうやら、口調とは裏腹に家との反りを肯定するタイプらしい。姉妹なのに、鏡花とは価値観が正反対のようだ。
マスター「そういうことならわかった」
風花「わぁ…ありがとうございますっ、お兄様!」
無視したワードが再度突きつけられ…視線を逸らして溜息を吐いた。
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体操服姿の忍達が続々と校庭に集まってくる。忍…というよりも、くノ一と言うべきか。…どうやら女子校だったらしい。
美形揃いだが、全員が全員、鏡花のような生真面目なタイプではないらしい。中には、そこらへんにいるギャルのような見た目の忍もいた。
一年生から三年生まで、同じ種目を次々にこなしていく。
高速で移動する的に確実にナイフを当てる早投、
地面と水平に置かれた的に向けていかに水平に、真ん中に矢を打てるかという曲射、
500メートル先から動く窓に当てる遠射、
鏡花はそれぞれで、トップスコアを叩き出した。
アナウンス「ただいまより、1時間の昼休憩となります」
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鏡花「旦那様、ただいま戻りました」
「お疲れ様、鏡花」
午前中の種目の過半数でトップスコアを取った彼女を遠巻きに査定するような瞳の数々。それを意にも介さず、普段着の一般人の元へと戻ってきた。
風花「お疲れ様ですお姉様!」
鏡花「風花、お婆さま達の所に戻りなさい」
風花「えぇ〜っ!!」
鏡花「この場が、ただの見学会ではないことは分かっているでしょう。八田宮の家の代表は貴方なのですよ」
風花「でもでも、それだってお兄様とお姉様が結婚すれば…」
鏡花「風花」
風花「…わかりました…」
トボトボと歩いて行く風花。
この二人の性格は正反対だが、仲が悪いというわけでは無さそう…に見える。
家族にしかわからない関係性、裏の顔なんかもあるのだろうか。
鏡花「昼食なのですが、教室の方で取るのはいかがでしょうか?ここでは人の目が多いかと」
「生徒がたむろってるのでは…いや、分かった」
鏡花のことだ。考えなしに言っているわけではないだろう。そう思い直し頷いた。
自分の近くに寄ってきたことで、周囲の視線が訝しげになったのを感じる。彼女に対してというよりは、自分に対してのものだろう。
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鏡花「…今は何の曲を聞いているのですか?」
マスター「何も。普通の曲だ」
鏡花「…かしこまりました」
ここでは誰が聞いているかわからない。
曲は聞いていなくとも、ある程度エンジンは掛けられる。
そして…その判断は、正解だった。
「…この後のプログラムの何処かで、襲撃…いや、狙撃を受ける。ただの予感だが、確信している」
その言葉に、鏡花の箸が止まった。
殺気…というよりも自分に向けられた"意識"を林の奥やら教室、屋上など…複数から感じ取っていた。
今も何処かから聞かれてるかもしれないので伏せておくべきではあったが、身を案じてくれている相手に伝えないわけにもいかない。
鏡花「…帰りますか?」
「いいや。ここでケリをつける。…1番怪しいのは、契約者と忍が参加する競技。…あるだろう?」
鏡花「背守戦…ですね。四隅に分かれ、主人を守りつつ、他の主人に触れられれば勝利、というものです」
「…不足の事態への対処力、とかって名目で矢が飛んできて事故死…なんてことはありえるか?」
鏡花「……ありえません。その場合、学園自体が咬んでいる前提になりますし…」
その場合、彼女が信じる"正義の象徴"の在り方にも陰りがあるということにもなる。
「学園が噛んでなくとも、グルの忍が何人かいればできるだろう」
鏡花「……襲われることがわかってて、どうして、曲を聞いていないのですか?」
「…さぁ?当てれたら、一曲プレゼントするよ」
鏡花「……」
「まぁ、というわけで、はいしゅせん?は辞退する。向こうに言い訳をさせないためにな。それでも襲撃は来るだろう。…迎え撃つ準備は万全にしてるから、心配するな」
鏡花「……はい、わかりました」
…信頼されていない。
学園で1番だろうと、何になるというのか。
表情には出ないが、落ち込んでいることはこれまでの付き合いから分かる。
…もしかしたら最後になる。なら、これぐらいは良いだろう。
瞳を閉じ、項垂れている鏡花。
そんな彼女に一歩近づき……割れ物に触れるように、彼女を抱き締める。
白く長い髪。運動用に今は短く纏めてある美しい髪に触れ、頭を撫でる。
鏡花「あ、の…旦那様…?」
「…考えるんだ。俺がここにいる理由を。俺が強化をつけない理由を」
表情を見られないように、耳元で囁く。
「…活躍はちゃんと見てる。だから、頑張れ」
顔を離し、慣れないことをした羞恥を誤魔化すように不器用に微笑むと、鏡花を置いてその場を後にするのだった。
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20メートル走、3000メートル走、どちらもをトップレコードで勝ち取った鏡花。
しかしその心中には、彼の言葉が渦巻いていた。
…考えても、考えても…答えは出ない。
答えの出ぬまま、時間は過ぎていき…ついに背守戦の時間となった。
無謀な参加者(一般人)は今年はおらず、公開祭の成績上位4人が、一年生の忍を守る形になった。
アナウンス「それでは最終戦…開始!!」
4忍は一斉に中央へと飛び出したーー。
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強化により鍛え上げられた野生の勘が、今すぐ"スイッチ"を入れろと強く警笛を鳴らす。
彼が曲の力を使いこなせる理由は2つ。一つは、作者としての力。その曲についての扱いにおいて、これ以上のものはない。その上、解釈もアレンジも自由自在だ。
そしてもう一つは、スイッチの切り替えによるものだ。
彼の人間としての特徴として、スイッチを押すように、すぐさまメンタルを切り替えることができるという特性がある。
これにより、瞬時に狂化ランクを上げ下げできる。
故に今…狂化の曲を掛けながらも、彼の能力は通常時とほぼ変わらない。スイッチは…オフのままだ。
風花「あっ、お兄様!ここにいたんですね」
とてとてと、至近距離まで来てようやく聞こえる足音。
「……悪い。今だけ、1人にしてくれ」
少女には見向きもせず、ただ、最後の時まで、戦う彼女を見続ける。そう決めたのだ。
期待・信頼・少しの諦観…彼の横顔をジッと見つめ、そんなものを感じ取った少女。
袖の裏に隠した瓶、その蓋を開ける手が…寸での所で止まった。
風花「…なんで……」
漏れ出た言葉はそれ以上続かず、風花はその場から"文字通り"消えた。
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四つ巴…というよりも、ほぼ3vs1だ。
鏡花以外の3人で彼女を襲い、鏡花はそれを耐える。
体術の応酬を凌ぎつつ、隙を見るや護衛対象を逆に走らせ、釣られた相手の護衛対象に触れ…1人目を負かした。
他3人に比べると彼女だけは、まるで舞っているかのように、次から次への動作が1繋になっている。
白銀のポニーテールが揺れる。
表情は崩れず、凜としたまま。
…いつまでも見ていたいと、彼にそう思わせた。
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突如として、背守戦の参加者達へ向け、500メートル先から矢が飛び始める。
無論先端は丸められているが、直撃すれば戦闘不能は避けられない。
これを避けつつ勝ちにいく…不意打ちの内容はランダムだが、この流れは毎年恒例だ。
そして…彼の予想が正しければーー。
すぐさま振り返り、彼の方を見る。
…瞬き一つせず、こちらを見ている彼。
しかし目が合うと、不意に微笑み……気のせいではない。その笑顔が儚げに、見えて…
鏡花「ーーー!だめっ…!」
VIPを集める場所で、忍の猛攻を回避しきって見せたら…曲の価値を知らしめることになる。
逆に言えば…曲の価値を貶めるにも、絶好の機会なのだ。
自分の罪を精算する。その時が来たのだ。
全てを放り、こちらへと駆け出す鏡花。
その光景を最後の最期まで…目に焼き付けていた。