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騒がしい鼓動

役目を終えた松明を箱に戻す時に一度手を離したが…当然のことのように、彼女はもう一度彼と手を繋いだ。


ククトゥリア「…そういえば、貴方、普段はどのように呼ばれていますの?その…あだ名?で」


「うーん……『マスター』としか呼ばれてないな最近は」


ククトゥリア「…まぁ、芸名も『カフェマスター』ですし…なら私も『マスター』とお呼びしましょう」


「そういうお前はなんて呼ばれてるんだ?」


ククトゥリア「そのまま、ククトゥリア、と呼ばれることが多いですわね。…多いというより、そうとしか呼ばれたことはありませんわ」


「……『ククア』なんてどうだろう?」


ククトゥリア「…もしかして、私のあだ名ですか?」


「ああ」


ククトゥリア「ククア。…ククア。……おーっほっほ!!気に入りましたわ、マスター!貴方のセンスを褒めて差し上げますわ」


「…ククア」


ククア「はいっ!なんですの、マスター!?」


「ククア」


ククア「だからなんですの!マスター!!?」


「ククア?」


ククア「…ふふっ…なんだか、くすぐったいですわ」


夕陽に照らされ微笑む、彼女の素の笑顔に…心臓が一度、大きく跳ねたのだった。


「……………???」


…いや、チョロすぎる。気のせいだ。軽くときめいただけだ。絶世の美女だもの。仕方ない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


夕食を済ませると、男湯・女湯に別れ、風呂を済ませた。

温泉ではなく、温泉風の風呂、という感じだったが…一日中動き回った体には、かなり効いた気がする。


ククア「あら…早かったですわね」


「そうか?」


バスタオル1枚の姿で居間に現れたククア。湯船でしっかり暖まったようで頭から湯気が出ており、頬も赤い。そして、抜群過ぎるスタイルの良さも相まって、チープな言い方をすれば『色っぽい』。


ククア「…お風呂上がりですと、貴方もなかなか良い男に見えますわね」


「…そっちこそ」


流石に風呂上がりは目隠しをつけていない彼女だが、やはり瞼は深く閉じられている。

嘘をついた事がない、なんて言っていたが、こういうおふざけはカウントしない、ということなのだろうか。


あまり見過ぎないように、と目を逸らす彼。疑問符を浮かべて数秒経ち、自分がバスタオル1枚であることに思い至った。


ククア「…ビキニよりもタオルの方が興奮なさるのかしら?」


「湯上がりがどーのって話はどこに行ったんだよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「マスター。少し、夜風に当たりませんこと?」


「…そうだな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


2人ともバスローブのままで砂浜を歩く。


風呂上がりの彼女も色っぽかったが、夜空の中に輝く金髪もよく映える。



ククア「…今日は、色々ありましたわね」


「そうだな…」


ククア「正直に言うと、ここまで…その…良い1日になるとは思っていませんでしたわ」


「そうだな。…この前の出会い方からは想像できなかった」


ククア「ふふっ、全くですわ…」


適当な所で2人は腰を下ろすと、海と夜空の水平線を見つめ合う。

昼間とは違い太陽はない。けれど雲一つない星々が2人を照らし、穏やかな夜の海の音と、木々の揺れる音だけが2人の元に届く。


ククア「…あの曲にも、何か効果はあるのかしら?」


「…曲を聞けば、あの光景を思い出せるような、そんな曲になる予定だ」


ククア「貴方の場合、それが比喩では無いのが素晴らしいですわね……そういう効果なら抵抗はないんですの?」


「あるよ。あるに決まってる」


彼の視線が落ちる。


ククア「…私は、あの曲は良い曲だと…あの曲が生まれてくれて良かったと……歌って、そう思いましたわ。貴方が、作者が、なんと思おうと」


ククア「歌っている私の中にも、貴方が描く世界が、確かに見えましたわ。…知らないものを『見る』という経験は、私にとっては本当に、貴重な事でしてよ?」


「…」


ククア「…後悔、なさってるの?」


顔を覗き込んでくるククア。


「……いいや。してない」


彼の目は、もう一度、水平線のその先へと向かう。


「だって…作りたかったんだから。誰よりも、あの曲の誕生を望んだのは俺だ。…そして、それを良い曲だと言ってくれる人がいる。なら…後悔なんて、するはずがないだろ?」


真っ直ぐに水平線を向いていた彼の目が、彼女に向けられた。


「だから…ありがとう。ここに連れてきてくれて」


そう礼を言われ、ポカンとした顔の彼女。彼は照れたようにそっぽを向き、また水平線を見つめる。


ーー自分の内側が跳ねる"音"を聞いた。


ククア「ぉ、おーっほっほ!!そうでしょうとも!!私のプランに失敗はあり得ませんわ!!こうなるのも全て、計画通り、ですわ!!」


ドクン。ドクン。


「…」


ドクン。ドクン。ドクン。


ククア「…わ、たくしの方こそ……今日は、その……楽しかった、ですわ…」


真っ赤な顔で、小さな声で、そう答えるククア。俯いて顔は見えないが…気持ちは通じたのだと、2人の間では確かに伝わっていた。


夜空を見上げる彼。

数分が経ち、「そろそろ戻ろうか」と声を掛けるも、ククアは動かない。

…どうやら、寝てしまったらしい。


「…これは」


ふと、目に入ったソレをバスローブのポケットにしまうと、お姫様抱っこでククアをベッドへと運ぶのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ククア「…それではまた、気が向いたら連絡して差し上げますわ」


ククアは歌聖として、スケジュールが詰まっている。そのため、空港での別れとなった。

忍が上手いことやってるお陰か、周りに彼女の正体に気づく人間はいない。流石に彼女はドレスではないが、やたら目立つ大きな帽子とサングラスを被っている。


「ああ、楽しみにしてる」


ククア「んっ……そ、そうでしょうとも!次もまた、貴方では一生味わうことのできない体験を用意しておきますから、期待してお待ちなさい!?」


と振り返り、優雅に歩き出したククア。


しかし数秒後、不意に彼に背中を突かれ、「きゃぁっ!」と可愛らしい悲鳴を上げた。


ククア「あ、あなた…!さっさとお行きなさい!乗り遅れますわよ!?」


「分かってる。が、忘れ物だ」


彼はポケットから二対の赤い貝殻を取り出すと、片方をククアに渡した。


ククア「貝殻…ですの?」


「思い出は形にしておきたいタイプなんだ」


何の変哲もない、夕暮れ色の貝殻。偶然流れ着いてきたこれを見つけた時、真紅と黄金がイメージカラーの彼女に持っていて欲しいと思った。


ククア「ふふ……今まで貰った贈り物の中でも1番、安価な贈り物ですわ」


「いらないか?」


ククア「いいえ、いただいておきますわ。…今まで貰ったどんな贈り物よりも、大事にいたしますから」


照れ臭そうに微笑むククアと彼。


「…じゃあな」


ククア「ええ、また」


どちらからともなく振り返り、それぞれの帰路についた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空港を出た彼女は、右手に持った赤い貝殻を見つめると…左手を胸元に置く。


ドクン。ドクン。どくん。


うるさい心臓の声。今朝になって多少は治っていたのに、また騒ぎ始めてしまった。


経験が無くとも、知識がなくとも、解る。


これが、恋なのだと。


ククア「…まさか、1日で…しかも、わたくしの方が…すき、になってしまうなんて…」


口から発したことのない言葉の登場に、今一度心臓が跳ねる。


ククア「すき。、スキ…好き」


言うたび、染み込んでいく…確かな形を帯びていく感情。


ククア「マスター…わたくし、どうしても貴方が欲しくなってしまいましたわ」


振り返っても、すでに彼はいない。


それでも、彼女の閉じられた真紅の瞳の中に、確かに彼の影が残っているのだった。

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