地下の星空
白木材のログハウスで昼食を取る。
料理は既に用意されており、タオルで全身を拭いた後、席に座る。
彼女の好みだろう、魚を使った洋食メニューが中心のものだった。
ククトゥリア「近くに綺麗な洞窟がありますの。お次はそちらに行きましょう。寒くなりますから、羽織るものも忘れずに」
「忘れずにと言われても…」
と言った直後、肩にパーカーが羽織られた。
ククトゥリア「さ、行きますわよ」
「…ああ」
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砂浜から森へ、途中で大きな滝のある広い空間に出ると、滝の横に小道があり、そこから洞窟の中に入っていった。
「…滝の裏の洞窟とは、ゲームの中だけの存在だと思ってた」
ククトゥリア「ゲームはろくに触れたことがないのですけど…貴方はどのようなゲームを遊ぶんですの?」
「剣とか魔法が出てくるタイプのロールプレイングゲームとか、ストーリーを読むだけのゲームが中心だな」
ククトゥリア「ふむ…?…この先は暗いですから、これを」
と、洞窟の中で唐突に落ちていた松明を差し出される。
火は…?と思っていると、松明にはスイッチがついており、押すと火が灯った。
ククトゥリア「さ、行きますわよ」
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海岸からログハウス、洞窟まで、目が見えているかのように歩くククトゥリア。理由を尋ねると「何度も来てますから」とのことだったが、それだけでこんな事が可能なのだろうか?
悠々と突き進んでいくククトゥリアについていく形で歩くこと5分弱…洞窟の奥から、複数の気配を感じた。
超級の忍が放置しているのだ、意味があるのだろう…と特に何もせず進んでいくと…ふいに、複数の光る目が点き、ククトゥリアの肩が跳ねる。
大量の羽ばたき音がこちらに突っ込んでくる。
ククトゥリア「きゃあああああッ!!」
咄嗟に松明を上に挙げると同時に、ククトゥリアがこちらに抱き着いてきた。
コウモリ達はそのまま2人を通り過ぎていき…羽ばたきの音が小さくなっていくと、ククトゥリアも顔を上げ、彼と目が合った。
「…虫とか動物とか苦手なのか?」
ククトゥリア「ッーーー!きゅ、急に出てきたからビックリしただけですわッ!」
逃げるように離れるククトゥリア。どうやら、不意打ちに弱いらしい。
気配が掴めるなら不意打ちなんてあり得ないのかとも思ったが…
ククトゥリア「全く…忍は何をやっているのかしら…後でお説教ですわ」
どうやら、厚いサポートがあってのことのようだ。
それに、見えずとも生理的な嫌悪感のようなものもあるのかもしれない。
…彼女の思いとは裏腹に、しかし、忍はしっかりと仕事を果たしている。
…柔らかかったな。
不意打ちで押し付けられた感触と、意外な一面を知ることができ…彼女の曲の作成に向けて、大きな一歩が刻まれた…のかもしれない。
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ククトゥリア「なんですのなんですのなんですのーーッ!忍は何をしているのよーっ!!」
その後も、ネズミやら虫やらが飛んできたり、不意に壁が崩れたり、果ては水滴が垂れる音にすら、ククトゥリアは悲鳴を上げた。
その度に飛び付かれ…今は、彼の腕に抱きつき、おぼつかない足取りで歩いている。
「…お?」
ククトゥリア「!よ、ようやく着きましたわ……」
通路を抜けるとそこには…天井から無数の水晶が生える、蒼い光の満ちた、広い空間に出た。
水がその景色を反射し、幻想的な世界が生まれている。
ククトゥリアはハッとして彼の腕から離れると、チラリと彼の様子を伺う。
「…すごいな」
蒼く、蒼い世界。カレンダーなんかでよく見る、幻想的な世界。しかし、写真で見るのとは全く違う光景。空気が、匂いが、音の反射が…全てが彼の中に、未知の経験として入り込んでいく。
大きく息を吸い、吐く。彼は一息つくと、その世界を歩き始めた。
ククトゥリア「…彼も、確かに創作者のようですわね」
かつて、自分も味わった感動。それを今、十二分に噛み締めようとしている彼を見て、安心したように笑みを溢すのだった。
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触ってみたり、視点を変えてみたり…その世界を十分に堪能しきると、彼は携帯を取り出し、文字を打つ。
ククトゥリア「…何をなさっているのです?」
「曲のアイデアをメモしてる。…もう少し待ってくれ」
邪魔をしないように距離を取るククトゥリア。
…と、その時、ふと思い立ち、彼は目を閉じる。
音と匂い、それと熱。風、空気の感触。
…感じ取れるのはこれぐらいで……しかしそれだけでも、確かに、普通の空間とは違う、と分かるものだった。
目が見えないなりに、彼女もここで感動を覚えたのだろうか。
蒼い世界の真ん中。水晶に背中を預け、文字を打つ。時折悩みながらも、みっちり5分打ち続けると
「あ、あ、あーッ。……つめ、つ、つ、『冷たい、雨に打たれ1人、輝く、世界も知らずに…』……うん、オーケーだ」
ククトゥリア「…一曲できましたの?」
デコボコとした足場を跳ぶように移動して、ククトゥリアは彼の元へ。
「ああ。といっても、歌詞と流れだけ。ピアノも無いから細かい調整はできてない。完成とは言えないな」
ククトゥリア「…歌ってください、今、ここで」
「…歌うのは専門外だ」
ククトゥリア「その技術には期待していません。私が歌うために、一度歌えと言っているのです」
威圧するように胸を押し付け彼に迫ると、無言で彼を見つめ続ける。
「………、分かった」
そうして、一曲できた達成感も置いてけぼりに、即興で歌わされるのだった。
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ククトゥリア「…少し離れていてください」
言われるがまま距離を取ると、ククトゥリアはスゥッ…と息を吸い
ククトゥリア『冷たい、雨に打たれ1人、輝く、世界も知らずに…恐れ、怯えていた。雲の一つもない空の下、私の知らないその景色。風の音がしない。あるのは輝き、知らない、世界の、知らない、まだ知らない、満天の星々。歩いて、歩いている、心の、赴くままに、君色の世界へとーーーいつか、いつかーー手を…』
彼女の歌声が空間を支配する。
水晶がその声に応えるかのように輝きを反射させ、満天の夜空のステージが出来上がっていた。
歌い切り、観客へ向けて頭を下げるククトゥリア。
その輝きに、拍手でもって報いるのだった。
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満点の夜空のステージ…そのイメージは、彼の中だけにあったものではない。
"作曲家"の力。歌う彼女の瞼の裏にも、そのステージは出来上がっていた。
はっきりと、明瞭に浮かぶ、洞窟と夜空のイメージ。
ミたことのない景色に、彼女の胸中は高鳴りに満ちていくのだった。
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ククトゥリア「ここ数年、ロクに曲を作っていないと伺っていましたが」
「そうだな」
歌い切った後のククトゥリアは、そこまで疲れる曲でも無いにも関わらず、しばらく息が上がっていた。
作っていないと言っても、ヤイナの歌や、良い夢を見る曲などは作ったが…ここ数年で見ればあまり作れていないと言える。
ククトゥリア「…決めましたわ」
「…?」
ククトゥリアは彼の右手を掴むと、それを自分の左胸に押し付けた。
「!!!」
ククトゥリア「聞こえていますわね、私の鼓動。ここまで気持ちよく歌うことができたのは初めてのことで、未だに興奮が収まらない、という証拠ですわ」
「あ、ああ…」
ククトゥリア「私は言いましたわね。貴方に、施しを与えると。故に…」
ククトゥリアは彼の手を離すと…しかしまた、今度は違う形で手を取る。その形は…例えるなら、手を繋いで一緒に帰る時の握り方。
ククトゥリア「…私がこれだけして差し上げているのです。次の曲は、更なるクオリティを期待します」
松明の明かりに照らされた彼女の顔は、ほんの少しだけ紅み掛かってみえた。