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嵐のような運命

…その日は、仕事に復帰した鏡花、ヤイナ、仮眠を終えた小月が店にいた。

といっても、特に会話は無い。

カウンター席の端で本を読む小月、テーブルでパフェを食べるヤイナ、淹れ方講座中のマスターと鏡花、という布陣。


静寂は、何の変哲もない、しかし何故か全員の注目を集める力を持った、店の扉が立てた音によって崩される。

「やけに客の多い日だ…」と思いながら視線をやり、思わぬ客に客もマスターも目を見開いた。


至宝とも言うべき、豪華な装飾の施された真っ赤なドレスと真紅の杖。黄金色の髪を太く長いドリル状にした、時代錯誤な髪型。スラリとしつつも抜群のスタイル。その中でも特に、一切の隠蔽、矮小化が無い、いやむしろドレスの作りが存在を大きく主張している"スイカ以上のバスト"は、嫌でも目を奪われる。

しかしそれよりも…何よりも特徴的なのは、目元に巻かれた真っ黒なハチマキ…ではなく、目隠しだ。


小月「…盲目の歌聖、ククトゥリア・ツィアリ」


本から顔を上げた小月が、無意識に呟いた名前を、この場にいる者は皆知っている。…それほどの有名人だった。


ヤイナ「え"ぇーーッ!!ほんとに!!??なんで!?!?すっごーーーッ!!」


ククトゥリア「ふふっ…」


反射的に立ち上がったヤイナが机に膝をぶつけ、急速にダウンする。


まるで見えているかのようにその光景に微笑むククトゥリア。


マスター「……いらっしゃいませ。空いてる席へどうぞ」


ククトゥリア「ええ」


杖を一度トン、と突くと、ククトゥリアはカウンター席…マスターがいる目の前の席に座った。


ククトゥリア「……良い店です。ただの酔狂かと思っていましたが…成る程」


マスター「……」


ククトゥリア「…テータリックを頂けるかしら?」


マスター「かしこまりました」


淡々と、他の客と変わらぬ態度で接客をするマスター。

その一挙手一投足を、見えない目で見つめるククトゥリア。

それと…。

ヤイナ「あのッ!サインくださいッ!!!」

と、元気一杯に、バッグから取り出したサイン色紙と片を差し出すヤイナ。

ククトゥリア「あら…構わないけれど……貴方も歌手よね?」

ヤイナ「アイドルっ!新進気鋭の大売づし中っ、ヤイナです!!」

咄嗟のことで噛んだが強引に言い切ったヤイナ。そんな様に思わず顔を緩ませると、ククトゥリアはサラリとサインを書き上げた。

ククトゥリア「ステージで共演できる日を楽しみにしているわ」

ヤイナ「〜〜っ!あいっ!!」

サインを受け取ると、興奮した様子で自分の席に戻りパフェをカッ食らうヤイナ。

マスター「テータリックです」

ククトゥリア「ありがとう」

出された飲み物を一口飲む。


普通…いいえ、悪くない。それなりに腕を磨いているらしい。

ククトゥリア「この店の曲も貴方が?」

マスター「…ええ、私の趣味です」

ククトゥリア「成る程…良い曲ね」

世界一の歌手が、こんな喫茶店を訪れる理由など、一つしかない。

ククトゥリア「私の用件は、既に察しがついているのでしょう?」

マスター「えぇ、そうですね」

誤魔化す、知らないフリをする…というのも考えたが、相手が悪いだろう。

ククトゥリア「…再三の依頼にも応じない理由を伺っても良いかしら?」

マスター「……例えば貴方が、1点の歌か5000点の歌しか歌えなくなったなら、どうしますか?」

ククトゥリア「5000点の歌を歌い続けます」

マスター「…その歌が、狂気を生んだり奇跡を生んだりしても?」

ククトゥリア「ええ。狂気も奇跡も、結局は手にした人間次第。私が気にする所ではありません」

目が見えないとは思わせない、威風堂々とした立ち振る舞い。顔を向けられただけで、真っ直ぐに見つめられているかのような錯覚に陥りそうになる。


「……なら、受けることはできない」


ククトゥリア「…いいえ、貴方には受けていただきます」


ククトゥリアは席を立つと、彼を真っ直ぐに見上げ…杖で床を一度コン!と突く。


ククトゥリア「私の才を引き上げる唯一無二の作曲家!その価値をこんな場所で埋もれさせるのは、同じ才ある者として見過ごせませんわ!!」


と、できるだけ誤魔化していたこれまでの会話を無為にするように、店の中に嫌でも響き渡る大きさの声で高らかに宣言をした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


小月「…あんた」


マスター「…後にしてくれ」


ヤイナ「???」


ククトゥリア「5000点の曲を作れとは言いません。ただし、1000点の曲は作っていただきますわ!」


マスター「断る。帰ってくれ」


ククトゥリア「貴方の曲、歌詞を書いてから曲にしているでしょう。けれどこの曲のように全て歌がついていない。歌い手がいなくて困っているのでしょう?貴方も私に依頼を出すことを認めます」


マスター「断る。帰ってくれ」


ククトゥリア「…..あまり聞き分けが悪いようでしたら、こちらも意地の悪い手段を使わざるを得ませんわ」


マスター「……」


ククトゥリア「最悪の場合、貴方には獄中で作曲活動をして頂くことになるかもしれませんね」


両者一歩も譲らず…しかし次第に表情を曇らせたククトゥリアが、そんなことを言い出したが…


彼は頭を掻きながら溜息を吐く。


マスター「…あんたは、例え冤罪だろうと、獄中にいる人間を自分の作品に関わらせたりしない」


ククトゥリア「なぜ、そう思うのです?」


マスター「"考えれば"分かる。相手がどんな材料を持ってても、あんたは極悪人とは取引をしない。その極悪が偽物だとしても。それに、あんたが"邪"悪人じゃないってことも分かるんだよ」


半分は嘘だ。邪悪じゃないだけで、悪い奴な気はしてる。獄中で書かせないだけで、拉致監禁して書かせる可能性は0"ではない"。だが…社会人として、個人として、立たせなきゃいけないものもある。(ましてや観客がいる中では特に)


睨みつけるように目を見て、キッパリ言い切る。

ククトゥリアは耳元に手を当て数秒考えた後、


ククトゥリア「…成る程、分かりました。では、こうしましょう」


ククトゥリア「あなたを、私のボーイフレンド(仮)として認めますわ」


マスター・小月「「…は?」」


ククトゥリア「私は貴方のために様々な施しを与えましょう。様々な体験からインスピレーションを、私の生歌を好きなだけ聞く権利を、そして何より、私と共に過ごす時間を!!そうして過ごすうちに、貴方は私に曲をプレゼントしたくなる…という寸法ですわ!」


いかがでしょう?何か反論があって?とでも言いたげな目線だ。…目は見えてないはずだが。


…テレビで見る姿からは想像もつかない。

というか、最初にこの店を訪れた時の印象とも、この短時間でかなりかけ離れている。


正直言って、ここまで意味のわからない状況も、そうはないと思うが……ここで断ると、先程よりも更に面倒なことになることは明白で、頷く以外の選択肢が存在しない。

頃合いを見て、テキトーな曲を渡せばそれで終わるはず。…こんな人間をボーイフレンドなどと、少し時間が経てば嫌気が差すはずだ。


マスター「…好きにしてくれ……」


鏡花「!?」


ククトゥリア「ふふっ…では、今日はこの辺りで失礼しますわ」


嵐のような人…というのは彼女を表すのに的確な表現で…支払いも済ませずに店を去っていった。


マスター「…?」


しかし、レジの前には丁度の代金がいつの間にやら置かれているのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


小月「…で?説明してくれるの?」


マスター「…ああ。どこまで話せば良いのか…」


小月「全部。5000点のくだりも含めて」


チラリとヤイナの方を見る。

とっくにパフェは食べ終わっており、こちらの視線に気がつくと…


ヤイナ「…マスターって、有名な作曲家なの??」


と首を傾げられ…どうせ逃げられないことを察した。…深々と溜息をつくと、


「…始めは、俺が高校生の時だ」


故意的にかけた霧を鬱陶しく払うように…自分のことを語り始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…そして、今に至る、と」


洗い物やら掃除やらをこなしながらも語り終え、彼は何でもなく適当にドリンクを作り始める。


小月「…成る程ね。データを渡したがらなかったのはそれが理由か」


「一つ一つが兵器になりかねないからな」


小月「…まぁ、納得はできた、かな」


小月は席を立つと、レジへ。

会計を済ませると、扉を開けた。


小月「…また来る」


と、呟くような声でそれだけ告げると、店を出ていった。


ヤイナ「ねね、マスター」


マスター「うん?」


ヤイナ「ヤイナも、曲作って欲しいんだけど……ダメ、かな?」


マスター「………」


ヤイナ「効果がついてない曲!普通の曲、で…いいんだけど…」


思わず手が止まる。

目と目が合う時間が過ぎていく度、居た堪れないようにヤイナが縮こまっていく。


彼女の魂胆は分かる。「自分専用の神曲を持ってって一躍トップアイドルロードを駆け上りたい!」だ。恐らく彼女の中ではそこまで言語化されておらず「凄い人なんだ!曲ちょうだい!」レベルだろう。先程ククトゥリアにサインをねだったように。


だが…それでいいのだ。彼女は子供なのだから。


彼はカウンターから出ると、ヤイナの前へと歩みを進め…ドンっ!と机を叩くと…


マスター「もうあるっ!!」


持続的に続く緊張と、不意の大きな音にビクッ!!と飛び跳ねるように肩が揺れた彼女だったが…予想とは真逆の言葉にポカンとした後…


ヤイナ「え"エ"Eeエーーーーーーーーーーッ!!!」


アイドルが出しちゃいけない声を上げながら立ち上がろうとして、また机に膝をぶつけたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ヤイナ「ほんっ、と、にっ…?ほんとの、ほんとに…っ!?」


膝を押さえながらも立ち上がり、涙目になりながら彼を見上げる。


「ほんとだ。まぁ、期待に添える出来かは分からないけどな」


ヤイナ「っ〜〜〜ッ!!!」


ヤイナ「やったぁああああああああ!!!」


ダイビングヘッドで彼の胸元に飛び込んできたヤイナ。細腕でギュウギュウと締め付けてくるが、


ヤイナ「ねぇねぇねぇねぇどんな曲どんな曲?今流して欲しい流して欲しい!!」


キラキラと輝く瞳。


純粋。しかして芸能界に身を置くアイドル。その矛盾。それを歌にする。

彼が得意とする、妄想人生補完的作曲手段。


少女が見上げた先で見た、キョウキの瞳の中の慈愛。

胸の鼓動が収まらないのはきっと、まだ知らない新しい世界への予感のせいだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…なんかちょっとムッとしてないか」


鏡花「していません」


「…適当な効果の曲でいいなら、適当なゴミを仕上げるが…逆に怒られると思うぞ」


鏡花「…」


そちらではなく…という言葉は、すんでのところで漏れずに済んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…彼が渡した曲は、現時点では効果が無い。それに効果を生み出すとすれば、彼女自身。

未熟なヤイナが、未熟から一歩外に出た時。

タイトルは『3年前の私へ』

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