第一話 まだその世界を知らぬ僕 (6)
今まで見てきた彼女とは大違いの態度に僕は唖然とした。その時の彼女は僕を睨むように悪態のついた目つきをしていた。
僕は彼女の心の闇を見つめているような気分であった。どうやら僕は裏切られたらしい。
今までの彼女の人物像がフラッシュバックしていくように感じた。
「…無理に…決まってんだろ?」
僕は原初的な反骨心故か、彼女らの境遇のことを特に考えもせずにその要求に言葉を投げ返した。
その言葉を聞き取った彼女は中年の男に目で合図を促し、男は勢いよく指を鳴らした。
パチンッ
直後僕から見て正面と横の襖の戸から、複数の人間たちが勢いよく飛び出してきた。
一瞬だったが、その誰もが血走った目をしていたように見えた。
僕はその状況に一瞬驚愕したのだが、体が咄嗟に反応したおかげで、ギリギリそこでは捕まらずにすんだ。
僕はちゃぶ台から勢いよく立ち上がり、背後にあった玄関まで続く廊下へと体を振り切り、決死の形相でそこへ向かった。
背後には、ちゃぶ台がひっくり返り、ガラスのコップが床に叩きつけられ、割れる音が聞こえてくる。
しかしそんなことも構わずに走り続け、焦りながらも玄関の三つの内鍵をこれでもかという早業で、解除しようとする。
大勢の大人のドタバタとした足音が一瞬にして大きくなり始めるも、またギリギリのところで扉をこじ開け、そのまま靴も履かずに外へと向かった。
靴下越しから伝わる、地面のゴリゴリとした感触に痛みを覚えつつも、必死で交番なんかを探しながら、家へと向かう。
追いかけてくる大人たちは何故か靴を履いた後で僕を追いかけ始めたためか、多少の距離を稼ぐことができた。
しかしながら、自分のことを追いかけてくる足音が背後から聞こえてくることに変わりはなかった。
僕は走り続けた。コンクリートの上にちょこんと置いてあった小石を踏みつけ、痛みを覚えた。
僕は走り続けた。静かな通り道を走っているから、靴を履いていなくても恥ずかしくはなかった。
僕は走り続けた。あぁ…父の言うことをきちんと聞いていれば…こんなことにはならなかったのかな。
全力で走りながらも、少し気づいたことがあった。
僕は、僕自身は、こんなにも足が速かったのだろうかと。
そう、背後の足音もゆっくりではあるものの、だんだんと遠ざかっていくように小さくなっているように聞こえてきたのだ。
靴を履いていないにも関わらず、僕は割と走れている自分に少し意外性を感じたのだ。
小学校の頃の徒競走では、別にトップの素早さを備えているわけではなかった。
運動会においても、走りで一位になってクラスに貢献したなんてことなどほとんどない。誰かを追いかけていたりするときだけは、普通のスピードだった。
しかし、今回のように何かから、自分に悪さをしてくるような怖いものやことから、逃げるときだけは全力疾走だった。速さが出たのだ。スピードを出せたのだ。
逃げるのだけは素早い…か。一見ダサいようにも見えるが、これでもいいと僕は思っている。半分諦めがついたわけじゃない。
自分の中の確かな結論がそう言っている。
そう断言している。
しかし、このままではいけないのかもしれないと心の中で思っている自分も確かに存在している。もっと自分の水準を底上げしなければという自分もいる。僕には少しばかり心の葛藤が渦巻いていた。
そんなことを考えながら、足音が聞こえなくなるまでひたすら走り続けた。たとえ目の前が見えなくて、一寸先は闇だったとしても…
気づいたら、僕の右から妙に眩しい光が差し込んでくるのが見えた。
僕は顔をその方向に一瞬向けた。
下の方を見ると、お馴染みのナンバープレートが見える。その少し上には、I〇UZUと書かれた鉄のロゴマークが張り付いているのが見えた。
有名な自動車会社…よくCMで「イ○ズのトラックー♪」なんてものをよく耳にしたのを思い出す。そうか、この光の正体はトラックだったのか。
だんだんと時間が遅くなっているのを感じる。「どうやら短い人生だったようだ」なんてセリフが頭に浮かぶ。色々と思い出が蘇っていく。
あの吹雪は何だろう。
僕は何を目指していたのだろう。
空にかざした手は一体何だ?
そう考えてるうちに…バンッ
僕の身体は勢いよく飛び跳ね、地面にまるで勢いよく引きずられるようにズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズと転がった。
頭が朦朧としている。
背中が焼けるように熱かった。
あぁ…僕はこれから死ぬんだ。
死ぬ…死ぬ…あれ?
死なない!
しかし身体は動かない。しばらく経っても、僕は死ななかった。
よく考えると、激突したのは右半身だったにもかかわらず、その後吹っ飛ばされた時の、道路との摩擦で傷ついた背中しか痛みがないことに気づいた。
やがてビジネスシューズの音がコツコツコツコツと速いテンポで鳴り響き、それがだんだんと近づいていった。
誰かがこっちに来る。怖い。僕を追ってきた人たちなのだろう。
そしてそれは仰向けになっている僕の目の前まで近づいた。
その顔が、徐々に見え始めてきた。その顔を見た時、僕は思った。
こいつ、コスプレしてやがる…
なんとオレンジ色の髪と目をした先ほどの中年男性がその場に立っていたのだ。
お前いつメイクしてきたんだよというツッコミもお構いなしに、男はその場に座り始め、僕に顔を近づけた。
そして何か得体のしれないモノを僕の口の中に入れた。カランという音がした。その物質は固く、味もせず、口の中で物凄い早さで溶けていった。
トクトクトクトク…ドクドクドクドク…ドクンドクンドクンドクン!!
心臓がだんだんと高鳴りを覚え始め、呼吸も徐々に荒くなっていくのが分かる。
何を飲まされてしまったのだろうか。
興奮状態の脳みそはまともに動くことなく、ただどうしようもないほどにヒステリックな感情を抑えきれずにいた。
全身がまるで覚醒したかのように、動きたいという衝動に駆られている。
しかし身体は全くもって動かなかった。筋肉がまるで言うことを聞かない。ただ動きたいという衝動だけが独りでに働いていただけだった。
怖い。
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さらに五分くらい経過したのだろうか。いきなり耐えようのない疲れがどっと押し寄せ、春の暖かな気候もあり、瞬間的に眠ってしまった。
目の前が瞼で暗くなり、思考も徐々に鈍っていく…
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今回ほんとにすみません!意味不明な展開の連続でした!
でも、トラックに轢かれるとかいう伝統芸はあるから見どころあると思うんですよね…
今回の話は無視しちゃっても結構です!次回はいよいよ主人公が中学校から追放されちゃう展開になると思います!お楽しみに!
主人公追放まであと3時間…