第一話 まだその世界を知らぬ僕 (5)
後日、怜弓は昨夜の出来事を僕に教えてくれた。ペンダントをあげたとき、綴は号泣してしまったらしく、怜弓は優しく抱擁してあげたのだそうだ。
それを聞いて僕は微笑ましい気持ちになった。ほんの少しだが誰かの役に立ったことを嬉しく思った。
だがその気持ちになったのはその時だけだった。
翌日、彼女は学校に登校しなくなった。その翌日も、さらにその翌日も学校に登校していない。
あの日以来、誰も座っていない席が教室にちょこんとあったのが印象に残っている。
そしてまた翌日、あちらから僕の家に電話がかかり、声の野太い男性、怜弓の保護者らしき人物に、僕に家に来てほしいと言われた。
僕は迷った。父からは、今日は絶対に一人で外出するなと言われたからだ。それに父は、それさえ守れば新作のやつを買ってやるとも言ってくれた。
しかしそれよりも、怜弓が心配だった。
かなり悩んだが、やはり彼女の家に行くことになった。
早速その玄関に立ち寄り、インターホンを鳴らす。すると、十秒もかからないうちに大柄の中年男性が扉を開けてずっしりと佇んでいた。
「中へ…どうぞ」
「え…あっお邪魔します」
ラベンダー?自分の家とは大分違うと思わされる雰囲気と匂いのする、家の中だった。
しかしながら、意外にも家具があまりないように見えた。最初は、どこかに引っ越しでもすんのかなんて思っていた。
玄関から一直線に伸びる少し暗い廊下を歩き、明るいリビングに出る。部屋の真ん中にちゃぶ台がポツンとあり、彼女が顔を下に向けながら、そこに居座っているのがわかった。
「そこに…座ってくれ」
中年男性がちゃぶ台を指差しながらそう言った。僕は言われた通りそこに座った。
僕が座った後、その男性は僕の背後にある、部屋の奥のキッチンらしき場所でお茶を注いでいた。
一連の動作を終え、お茶入りのコップを三杯ちゃぶ台に持ってきたあたりで、僕はその男性にワケを聞いた。
「えーーーーっとぉぉぉ、ここんところ何日も学校行ってない…っすけど、何かあったんですか?」
男性は淡々と言葉を切り返してきた。
「…実は、三日前から怜弓の妹の、綴が…行方不明…になっていてな…」
「っ!!そう…なんですか」
何となく予想できてはいたが、あり得ないだろうともおもってはいたので、なんとなくその現実を受け止めきれずにいた。
「どう…して、なんで。意味が分からないですよ。怜弓…お母さんは誰かに殺されるし、妹さん、行方不明になるって…なんか、可哀想っていうか…」
僕は、うつむいている怜弓を視線の先にやり、心配そうにそう言った。
「ああ…綴は君の提案してくれた、怜弓からのペンダントを大事そうにして寝てた。だから、彼女は三日前の朝にようやく勇気を出して登校して…それでこのざまなんだ。一体神は何をしているのかと疑いたくなる」
男の話から推測するに、三日前までは綴は不登校児だったのだろう。機嫌が直らない日が続いてはなおさら、白目を剥きたくなるはずだ。
故に小学校では周囲と馴染めることはできそうにないのだろう。
「それって…まるで誘拐みたいじゃないですか」
「ああ。警察にもすぐに相談している。しかしながら、今回は…既に三日分経過しているからな」
男は目を横にやり、わざとらしくそう言った。
「今回は?」
「ああすまん…こっちの話だ」
「…ところで、なんで直で来いって言ったんですか?この事実だけなら、あの時電話でもよかったのに…。それに、三日間休んでる女子の家に行くのって、すげー勇気いるもんだと思うんですけども」
僕はなぜ直接来る必要があったのかと、感情抜きで単純な疑問をぶつけると共に、心の中で思ったことを半分躊躇いがちに言葉で表した。
「……それよりも、お茶…飲まないのか?」
しかし男はこの質問にだけはすぐに答えることはなく、怪しげに茶飲みを催促してきた。
「いや、そんな喉乾いてないんで…」
「そうか。……」
僕の返答に応じた後も、先ほどの質問に答えることなく、沈黙を貫いた。
「……え?」
この沈黙を怪しげに思い、その雰囲気から抜け出そうと僕は口を動かした。
「…君に…少し協力してもらいたいことがあるんだが…いいかな。」
すると、今度ははっきりと男は喋った。しかし、その言葉は中々に重々しく感じられた。
「いや、僕、この事件の何の役にも立てないと思いますよ。その、出来るだけのことならまぁ…」
僕が再び言葉にしたのち、男は今度は怜弓の方に顔を向ける。
「…言うか?」
男が一言言い放つと、うつむいたままの彼女は怪しそうな言葉を重苦しそうに、片言づつ、そして小さく彼に告げた。
「……もうそんなに引きずらなくても…いいと思う…もし逃げたら、合図を送ればいい」
「そうだな」
「えっと、どういう…話をしてるの?」
僕はそんな二人の会話を聞いて、訝しげにそう言った。するとついに男はその結論を言った。
「ふぅぅぅぅぅ…はぁ。単刀直入に言おう。君には…
異世界に来てもらいたい」
怜弓と会った時から、幾度も耳にしたフレーズをその男から聞きつけ、僕は妙に感情的になってしまう。
「っいや、なんでそこで異世界の話になるんですか!意味が分かりません!」
すると、今度は男の方も徐々に感情的になりながら、僕に近づいて訴えかけてきた。
「鳥羽渉君…君じゃなきゃダメなんだ!」
その男に負けじと僕も言い返す。
「怜弓にも何度も言ったんです!僕はそういうの似合わないって…」
「しかし…!!」
男と僕の口論に発展しそうな雰囲気であった傍ら、突然怜弓が顔をうつむかせたままちゃぶ台から立ち上がり、僕にこう言った。
「あぁ!…もういいよね。もう演技する必要無くなったもんね!」
突然の意味不明な彼女の台詞に、頭がパニックになりつつ僕は言った。
「え…何言ってんだ…?」
すると、彼女は顔を上げ僕のそばに堂々と近寄り、聞いたことのないような強烈な言い分を言い放ってきた。
「渉…お願いがあるんだけどさ、妹を人質にしてる犯人たちから伝言があって…」
「それって…」
「綴の身柄を解放したければ、鳥羽渉の身柄と交換しろって…」
「え」
咄嗟に言葉が出る。
「だから!お願い。異世界に来て」
ちょっとシリアスすぎたかな。
ヒロインの怜弓は、主人公を異世界に連れて行くためにいよいよ手段を選ばなくなってきてしまいましたね。
さあ、これからどうなるんでしょうか。
主人公追放まであと6時間…