第一話 まだその世界を知らぬ僕 (2)
異世界出身の彼女。まあ彼女は、日本人の血をひいているのですが。
「えぇ…」
正直、驚きより呆れるという感情の方が勝っていたのかもしれない。当時の僕は、怜弓までもボケる側なのかと思っていた。おかしな姉妹だったってのは認識の違いは変わらないのだが。
「ああ…えっとぉ…本当の話なの?それ」
「あ、やっぱりか…誰も信じてくれないと思ってたから、言おうか迷ったんだけど…」
「そりゃそうじゃん。異世界から来たって…ドッキリかなんか?」
「だから…どうかな」
「どう…って?」
「異世界…行ってみたくはない?」
突然の彼女の言動に、思わず僕は口を開いた。
「いやそれは、ちょっと唐突すぎじゃね?」
「ああ…ごめん。でも、もし行けたら…どうかなって」
「行けたらかぁー……うーん…」
僕は即答した。
「興味ないっす」
「え…」
「いやぁ、流石にまだ嘘くせぇしなぁ。それにもし本当に行けたとしても、僕は行かない。うん」
「そんな…」
彼女の表情が少し暗くなったので、僕は回りくどい話し方で気を紛らわした。
「まぁ怜弓が、ああ…その、ただの作り話でも、今暇だし話だけは聞くよ。異世界の。うん。その…まあ詳しく?」
「話…か。おっけー。ちょっと長くなりそうだから、どっか座って話すよ」
「ええ…そんな。結構長いのか」
「うん?」
彼女の表情がさらに暗くなり、笑顔で僕の方を見つめてきた。
「はは、おけです」
僕はその表情を読み取って、「敬語で」言葉を返した。
そのまま僕は辺りを見回し、適当にベンチか何かを探すことにした。
「僕ちょっと喉乾いたから、自販機でカルピス買ってくるわ。その辺に座れるとこないかなぁ…うーんと」
「コーラ…いい?」
突然彼女は、僕に注文を付けてきた。
「コーラ?」
彼女は今度は曇りのない表情で切り返す。
「うん、私用の。財布持ってきてなくて。」
「ふつう、赤の他人に奢ってもらうとか、ありえなくねーか?」
彼女は少し傲慢気味になる。
「ええー、いいでしょ。」
「はぁ…わかった。」
僕は仕方なく、自販機へと向かった。
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ガシャァ!!というボトルの落下音がした三秒後に僕はキャップをキュルキュルと開け、ゴクゴクと喉に白い液体を注いでいく。
「じゃ、話を聞かせてもらうかなぁ…」
僕は得意げに彼女にコーラ入りペットボトルを渡した。
「コーラありがとう!じゃあ異世界の話なんだけど…んっちょっとキツイな。よい…しょ!ってうわっ!!」
彼女がコーラ入りペットボトルを開けた瞬間、彼女の手を茶色い炭酸が覆った。そしてその後とっさに少しばかり笑みを浮かべ僕は嘘をついた。
「あちゃぁ。自販機から勢いよく落下してくるもんだからなぁ。あるあるだよね」
「ムゥ…わざと振ったな!」
「いやいや、そんな…あ、それより異世界の話でもしようや、なっ」
「…ハイハイ」
そうやって彼女は目を細め、不満げに僕を見つめたあと、再び視線をペットボトルに移し、ハンカチで手元を拭き、おもむろに話し出した。
「うん。まず、どうやって異世界に行けるかの話をするけど…」
「あ、そこから話すのね」
「うん、その…異世界に行く方法は、端的に言えば「ワープボール」っていうのを触ることなんだよね」
「…もっかい言ってもらっていい?」
「まずどうやって異世界に行けるかっていうと…「ワープボール」ってのを触ることで、異世界に一瞬で行けるってこと」
「えっとぉ…なんか、「ワープホール」とか「ワームホール」とかなら聞いたことあるんだけど…「ボール」?」
「うん、文字通り「球体」なんだよね。ほら、サッカー「ボール」とか、バスケット「ボール」とか、よくあるでしょ。大きさは…スイカの十倍以上?二十倍かな?」
「どんくらい?」
僕がサイズを問うと、彼女はおもむろに両手を大きく広げ、分かりやすいイメージを僕に教えてくれた。
「こんくらい」
「んー、なるほど。そんなでかくないね。そいで、こいつを触ったら一瞬で異世界行けちゃうって感じ…だよね?」
「うん、そう。意外と便利でしょ」
「かもね」
「それで、ごめん話変わるんだけど…」
「うん?」
「さっきも言った通り、私あの子とは本当の家族じゃないんだよね」
「本当の家族じゃない…か」
彼女の言ってたことが、僕にとって何かが刺さっていた気がした。何故なら、僕も似たような境遇だったからだ。
幼少期の頃の記憶など覚えちゃいないが、親が僕を産んだといった写真や資料を僕はまだ見ていない。僕は両親が本当の親なのだろうかという疑問が心のどこかで残っていたのだ。
「私は…そうだね。五歳くらいの頃に、ワープボールに触って…異世界に行ってみたんだけど、そしたら何もかもこことまるで違ってて、何だか夢でも見てるような気分だった。とにかく景色とか空気が綺麗。幻想的…って感じなのかな。」
「ふぅーん。なるへそ」
「あんまり覚えてはないんだけど、実は自分が五歳の頃までに親に虐待されてたとか何とかあったらしいんだけど…今の新しい親と会った時に異世界に行ってみたんだ。そしてそこで長い間暮らしてた。
でも…」
「ん?」
「二年前くらいに、私を引き取ってくれた母方の人が死んじゃったっていう情報を耳にしたの。しかも他殺で…ね。だから、つい最近元の世界に帰ってきたんだ。でも、綴が…あの子の様子がおかしくなってて…」
「他殺って…誰かに殺された…ってこと?え、やばくね。ちゃんと捕まっ…たんだよね?」
「それが…」
怜弓の顔が分かりやすいように曇り始める。僕は何となく察しが付いてはいたが、この雰囲気を紛らわすべく、ほんのり軽口を叩いてしまった。
「いやぁ……おいおい、作り話にしてはちょっと暗すぎじゃね?」
「…作り話じゃないから!!」
怜弓がおもむろに叫び、その強い圧力が僕を驚かせた。
「うわっ!」
「あっ…ごめん。でも、信じてほしい。全部…本当のこと。あの子は多分誰かにふざけて教えられて、あんなことをしてる。ようするに、からかわれているんだよ。だから私が治してあげなくちゃならない。血は繋がってはいないけど、放っておけない。あの子をあんな風にしてる誰かがいるんだと思うけど、引き離すには結構一筋縄じゃ行かないと思う」
「マジか。だから…」
僕はいままで綴のことを、ただの変人かと思っていたが、彼女の過去が怜弓から明かされたことで綴のことをその時心底可哀想だと思った。
「うん。とりあえず、ここまでかな。話せることは割と話せたと思う。異世界のこと、あまり話すと、もっと長くなっちゃいそうだし」
「そう…なんだ。なんだか…興味深いって言い方すればいいのかな。とにかく、面白かった」
「ありがとう。まあ、その…作り話って思うなら、実際に行ってみればいいわけだし。それに、あまり誰かに話したことないから、話せてよかったかも」
「妹さんのことさ、正直言ってごめん。やばいやつと思ってたんだ。でも、考え方変わったよ。こっちもありがと」
「ううん。こんな話を聞いてくれるだけで嬉しいよ。私は」
彼女は今度は本当に一切曇りない満面の笑みでそう言った。僕は彼女の顔を見て、ちょっとドキッとした。
そして少し早口気味に僕は言った。
「…ところで、僕とは初対面のはずなのに、そういうところまで話しちゃうんだね。まぁ異世界の話してくれって言ったのは僕だけど」
「うーんと…君に、異世界に行ってみてほしいって思った…から?」
この時、彼女の顔はほんのり赤らめていた。
「え…だから、なんで僕なの」
「それは…………入学式の時に目が合っちゃったから…だと思う…そういうことかな。」
僕は彼女が口を抑えながら目を逸らす様子を見て、思わず声を上げた。
「ヒェッ」
こんな感じで、「第一話」は八話分を一日かけて三時間ごとに小出ししていく予定です。まだ説明ばかりですが、これから面白くなるはず…
主人公追放まであと15時間…