プロローグとその伏線
これはプロローグです。なので、本編とはあまり関係ありません。
内容も薄いので、読まなくてもいいです。
ザザ…
夜の打ち潮が呻く。低緯度で湿潤なこの地には、汗を滲み出している多くの者たちが苦悩に満ちていた。
「ええ…今年で十五人目の死体です。はい、少なくとも日本人ではありません」
「じゃあ今回も先住民の…」
「はい、顔の形状を筆頭に、何もかもがコーカソイド系統のものだと…この死体にも例の文字…やはり何者かへのメッセージとしか…やはりそう思いますか…」
「ええ…信じたくはないですよ。私だって…内通者の可能性なんて…」
「でもあまり無理はしないでくださいね…じゃあ切りますよ」
コロロン♪
「LINEかぁ……もうそんな時代になってしまったなんてな……半導体……か。日遊でも作れたりするんだろうか」
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桜が振り散る季節なのだろうか。
淡いピンク色の雪がしんしんと降ってくるこの空間を初めて見た時のことを今でも忘れない。
なんて美しいのだろう。これが春なのである。
「ぶうぇっくしゅ!!」
しかしこの美しさにも、何かしらの代償があるのだろう。
鼻の奥に存在するこの衝動なのだ。自然のダムがこの量の洪水を止められるはずがないと僕は確信している。
やはりこのティッシュペーパー。これに限るものだ。新鮮な、そして買いたての独特な匂いのする鞄からこれを取り出す。
一度決壊したら止まらないこの洪水に悪戦苦闘しつつも、何とかやり過ごす。
春休みの終わりか。子供の時の時間は大人の数十倍とも聞くが、当時の僕にとって意外にも中学校への入学までの時間が、空白になっていたかのように早いものだった。
「何見惚れてるんだ。もう行こうぜ」
入学式の付き添いとして、いつも通り父が同伴している。生真面目で知識の豊富な父である。僕とはかなり違う。僕はいつも父と僕が似ているとは思えなかった。
かと言って母に似ているとも思えなかった。両親は僕と見た目も性格も違うのだということを僕は小さい時から気付いていたのかもしれない。
「僕ってとーちゃんと結構似てないよな。僕ってさぁ、まあいわゆる…『養子』だと思う?とーちゃん」
学校までの距離をだんだんと縮めながら歩く途中で、こんなことを聞いてみる。
父は鼻で笑いこう言った。
「フッそんな訳ねーだろ。何言ってんだ。お前はとーちゃんとかーちゃんの大事な『コウノトリの贈り物』なんだからなあ」
そうやって、背中を叩く父。いつもの決まり文句だ。
「ったく、またそんな事言ってよ、養子ってのそれにすり替えてるだけなんじゃないのー?」
「んなわけないだろ。その時の写真がまだ見つかってないだけで、ほんとにかーちゃんはお前を頑張って産んだんだぞ」
そう言って僕の頭を半ば強引に撫でる。僕は気恥ずかしくなり、すぐにその手を退ける。
「撫でんな。もう子供じゃねえんだから」
「ハハッお前はまだまだお子ちゃまだろ。それに、写真以外にも実は証拠があるんだよなあ〜」
「へッ何だよそれ」
父がそう言うと、新鮮な情報に僕は疑いながらも耳を傾けることにした。
「うーんお前が8歳ぐらいのころだったかな。お前に初めて日記をあげた時、お前はいらねえみたいな顔して部屋に言っちゃったんだけどさ、夜中こっそり見てみたらそこには『僕は2人に育てられた』って書いてあってさ。ほんとにかわいかったなあなんて思ったけどな」
「ほんとにそんなこと書いたのかよ。覚えてねえー」
僕は半分信じていないような口調で喋る。
「実はこれはほんとにあるんだよ。今度見てみるか?」
「いや、新しい学校生活は忙しいだろうからなあ。友達作りもしなきゃだし…やめとくわ」
「ったく、どうせゲームばっかのクセに」
「うるせー」
他愛のない会話をしているうちに、僕らはいつの間にか校門の前に立っていた。案外、校舎は体積としてはそんなに大きいものではなかったと思う。
校門を過ぎると、硬いアスファルトの道が目の前を横断しているのが目に付いた。コツコツといった、ビジネスシューズのオノマトペを愉しむ。
父とは、昔からよく遊んでおり、僕の面倒を見ていた。仕事の量は母より圧倒的に多いにもかかわらず、小学校の頃は僕が登校したり帰宅したりするとき、いつも迎えに来ていた。その時に何度も聞いたこの音。
そんな過保護すぎる父が気恥ずかしくて、最近嫌気が差してはいるものの、人並以上に僕の世話をしてくれていて、僕が母に叱られている時も優しく宥めてくれていた。
何だかんだ嫌いではなかった。
予め買っておいた上履きを鞄から取り出す。卒業前まであれだけ汚くしてあった小学校の上履きとは、デザインも汚さも何もかも違う上履き。
少々緩いとは思うものの、これから成長していくというものだから、これからキツくなっていくんだろうなと思える、妥協して買った後悔も含め、これからお世話になるであろうということで感謝しながら靴底と足の裏をピッタリと合わせていく。
ここが僕の中学校。体育館が小学校のものより、広く感じた。校舎を見た時とは反対の感覚だ。
しかし、その大きさに比例するように人の数も多いもので、心臓の鼓動もいつしか高鳴りを覚えるようになる。
「確かお前の席はその辺りだったかな」
「あーここだわ」
「じゃ、俺は後ろに居るから、お前のこといつでも見てやるからよ、頑張れよ」
父は手で合図をしつつ、一旦別れを告げた。
「あーうん」
適当な返事を返しつつ、パイプ椅子に腰掛け、校章の周りを見上げる。僕は人とのコミュニケーションが上手く取れる人間ではなかったので、友達が出来るかが不安材料だ…そんなことを考えるうちに入学式が始まる。
案外あっさり終わった。やはりと言ったところか、つまらない形式だった為、途中少々眠りこけてしまった。
「ち…きゅぅ…を…あれ?」
自分でも訳の分からない寝言を話す。
起きた時には既に写真撮影の時間になっており、急いで並ぶことになる。写真家が入学式の主役たちを笑わせようとする。僕は苦笑いで済ました。
「はあ…早く帰ってガチャ回してぇよ。もうちょいで最後のシナリオまで進められんだがなあ...」
深いため息を付いた時、ふと隣の方を向いてみる。
そこには、少女が一人こちらをじっと見つめていた。
変わった表情でもなく、ただ真顔でこちらに視線を集中している。暫く目を合わせていた状況であったため、僕は話しかけてみることにした。
「あの…」
「あ、すいません」
とっさに首を正面に向け、カメラに笑顔を送る彼女。一体何だったんだろう。
恋に鈍感なのだろうと思うには時期尚早。彼女は頬を赤く染めた訳でもなく、ただ、未確認生物を注意深く観察する科学者のような目つきをしてこちらを見ていたというものであったというだけである。
写真撮影の時間も終わり、太陽が真南に差し掛かってきた頃、帰り際に父と桜の道を踏み歩いた。今朝散った桜の花は、もう萎んでいたように見えた。
しかし今朝とは違い、道脇の木陰で何やら不思議な人が立っていた。木の円周をメジャーで測ったり、一つ一つの木々をカメラで撮ったりしている人がいたのだ。
「あの…何をしていらっしゃるんでしょうか」
普段あまり赤の他人に自ら何の用件もなしに、話しかけることの無い父も、流石に不思議だと思ったのか、彼を尋ねる。
「あー…私この桜が両脇に咲いているこの道を再現しようという企画をやってまして、細かいところも全て同じようにする為にこうやって長さを測ったりするようなことをしてまして…あまり気になさらないようにして頂ければ…」
「はぁ…。でも、そんなに細かくやるもんなんですかね…?」
「ええ。ここまでやらなきゃいけないんですよ」
「?」
僕ら親子は互いに首を傾げた。
その後何事もなく帰宅を完了。
その日は、春休み中に進めていた例のゲームのシナリオをクリアして寝た。