第四話 国境の街 一
私達は馬車を走らせ国境の街へと入りました。
街の中は様々な商人が行きかい賑わっています。私達が乗っている馬車もそこそこ大きいのですが特に驚かれることなく目的地へと向かうことが出来ました。
この規模の馬車が通るのはこの街では普通なのでしょう。それほどまでに騎士王国から魔法王国へ商売に行く商人が多いということがわかります。
幾つか区画を通りマリンが一旦止まりました。どうやら目的地へ着いたようです。
「ではお姉様、私お父様からこの街に着いたらお得意様の所へ行くように言われているのでここで失礼します! 」
そう言い彼女は馬車と共に去っていきました。
「じゃっ俺達も仕事仲間に挨拶に行くからここでお別れだ。また出発する時にでも会おう! 」
そう言い彼女達三人は行ってしまいました。
さて、一人になってしまったわけですが、どうしましょうか。
まだご飯まで時間もあります。
一旦宿を取りに行きましょうか。
クリスタは周りを見渡しながら「あまり変わっていませんね」と呟きながら商業区を歩きだす。
実の所、国境の街は初めてではありません。
勇者パーティーに参加していた時、魔法王国から騎士王国へ入る際に一度だけ寄りました。
煉瓦でできた建物に比較的整備された道路。
色々な人の声や生活音、匂いがこの街の繁栄具合を表しているようです。
様々な商人が騎士王国から魔法王国へ行くために通る。
それは騎士王国と魔法王国の市場規模が異なるからである。国土面積もさることながら魔法王国はより安定して稼げる場所で、治安もいい。
単なる通過の為にこの街を訪れる商人がいる一方で、魔法王国で一旗揚げようと向かう商人もいる。
そう言った商人や護衛の傭兵を標的とした宿や酒場のような店が多くなるのは必然だろう。
実のところ、すでに魔法王国国内に根を張っている商会や行商が多いため新規参入が難しいのだがそれを知らずに新人の商人が魔法王国へ向かう。
『情報は命』とはまさにこの事だろう。
クリスタはマリンと別れた場所から少しした所に一軒の宿を発見した。
ここがよさそうですね。
派手過ぎず豪華すぎず、問題は空き部屋があるかどうかですが……。確認しに行きましょう。
クリスタは『宿 アカツキ』と書かれた建物へ入る。
綺麗に掃除されたロビーに木製の受付台。
両脇には恐らく宿泊場所へ繋がる階段と食堂へ繋がる通路を見つけました。食堂の方からは何やらいい匂いがしますが今はまだ我慢です。
周りを見るとちらほら宿泊客らしき人達がいますね。
それなりに繁盛しているようです。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用件でしょうか? 」
受付の女性が尋ねてきました。
「一泊したいのですがまだ空き部屋はあるでしょうか? 」
「はい、ありますよ。宿泊は一泊銀貨一枚と銅貨二枚になりますがよろしいでしょうか? 」
大丈夫です、と答えると記入用紙を出してきたのでそれに必要事項を記入して宿を取りました。
「これから街見て回りたいのですが鍵は後からでも大丈夫でしょうか? 」
「大丈夫ですよ。しかし夕食は夜の鐘がなる頃からとなります」
それまでに帰ってきて下さい、ということですね。
分かりました、では行って参ります。
★
『宿 アカツキ』を出た私は少しぶらぶらすることにしました。
ゆっくりと眺めながら歩くのは初めてですね……。
何か面白いものでもないか歩き回っていると、クリスタは一軒の雑貨屋を見つけた。
「何やら赴きのあるお店ですね」
お世辞にも綺麗とは言えない店構えである。煉瓦造りの店ではあるものの年季の入った、所々崩れかかっているお店だ。
周囲の店は自身の店を引き立てる為に看板を置いていたり物を売るための客引きをするように様々な工夫を行っているがその雑貨屋はそういったことを一切していなかった。
しかしそれが逆にそれがクリスタの興味をそそった。
「面白そうですね、行ってみましょう」
そう言いながらその雑貨屋の中へと入っていく。
中は外観通り薄暗かった。
しかし汚い、というほどではない。最低限の店としての構えは出来ているようだ。
右を見るとなにやら古びたおもちゃのような物が見え、また違うところを見ると古本が山済みになっていた。
このお店は本も置いているのですね。
紙類は貴重というほどではないが高価な物である。誰が売りに出したのかは分からないが余程お金に困っていたのだろう。
おもちゃ類もそうである。下級貴族でも買える余裕のある者は限られてくる。
高価な物が多いですね。
店構えをきちんとして売りに出せばかなり儲かると思うのですが……。
おや、あれは何でしょう?
古本が置いてある隅の方に一冊の本が置いてあった。
これと言って特徴はないが背表紙に『遺跡分布図』と書かれている。
珍しいですね、遺跡の専門書とは。
実のところこういった本は貴族の中……特に爵位を持った学者達は一般教養として保有している。
しかしその多くは誤情報が多く実際に遺跡に行ってみたら単なる平野だった、ということはざらである。
よって恐らくこの本を売りに出した人物は爵位を持った元学者で裕福だったが何かしらの原因で没落した、ということが考えられる。
面白そうですね。
そう思いその本に近寄り手に取る。
魔法王国の物ですね。
これを売った人は何を考えているのでしょう。仮にも魔法王国の貴族なら他国に地図のような機密情報を外に出すなんて……。
パラパラとめくりそれらを読んでいると奥の方から声が聞こえてきた。
「あら、お客さんかね? 」
振り向くとそこには一人の老婆がいた。
猫背で腰は折れ曲がり白髪交じりのお婆さんである。
「はい、丁度この本を買おうかと思っていました」
手に持つ本を見て「あぁそれかい」と頷く。
「不躾な質問なのですが……。お店は何故このような形にしているのですか? 」
「それはこの店はもうそろそろ閉めようかと思っていたからだよ」
そう言い老婆は店の端にある丸い椅子に座り、話始めた。
「この店は数代前からあるんだけど跡継ぎがいないんだ。だからもう閉めようと考えていたところなんだよ」
跡継ぎがいないのでは仕方ないですね。
これほどの貴重品を扱っているのです。多少売れば店構えを変えることもできたと思うのですが跡継ぎだけはどうにもなりません。
「その本も私の親がどこからか買ってきた物だよ。私はそれが高級品とは分かるがどれほどの物かは分からないがね……」
そうでしたか、と言い私はお婆さんの近くへ行き、代金を支払います。
「こんなにもいいのかい? 」
「ええ、この本にはこのくらいの価値はあると思いますので」
そう言い渡したのは金貨五枚です。
正直少し少ないかも、とは思ったのですが普通の本が金貨一枚くらいなので妥当でしょう。
下手に大金を渡し過ぎて警戒されるのも如何なものと思いますし。
こうして代金を渡し私は雑貨屋の外へと出るのでした。