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泣いてもω(オメガ)笑ってもΣ(シグマ)  作者: 武者走走九郎or大橋むつお
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86『増田さんのお母さん』

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)


86『増田さんのお母さん』オメガ 






 忘れ物を心理学的に説明すると、こうなるんだそうだ。


 忘れ物をした場所に、もう一度行ってみたいという気持ちの現れ……だそうだ。



 そう教えてくださったのは増田さんのお母さん。



 今日、一年生は球技大会で学年全部でスポーツ公園に出かけていて学校に居ない。


 なので、増田さんの母さんは、直接俺に電話をしてこられた。


「よかったわ、直接お会いできて」


 忘れ物のスマホを差し出しながらお母さん。


 ちなみに、俺はスマホを二つ持っている。正月に機種変したんだけど、前のスマホもメモ帳代わりに持っている。


 あまり使わないままバッグに入れてるんだけど、コスプレ衣装に着替える時に落としたようだ。


「汐がコスプレ衣装を着たのは初めてだったんですよ」


 エアコンの設定を変えながらお母さん。


 お邪魔した時にはキンキンに冷えていたが、汗が引いたタイミングで温度を下げられた。行き届いたお母さんだ。


「でも、とっても似合ってました。なんというのか、俺たちはいかにもコスプレでしたけど、増田さんはいかにも月島雫でした」


「親バカかもしれませんけど、あの子の才能だと思うんです」


「そうですね、あ、いや親バカじゃなくて増田さんの才能ですよ」


「見てください、あの子の衣装です」


 差し出されたのは、増田さんが着ていた雫のコスプレ衣装だ。


「……すごい」


 手に取って初めて分かった。


 俺たちが着ていたコスプレ衣装とはグレードが違う。セーラーの襟もしっかりしているし、打ち合わせの裏には『月島雫』と刺繍ネームまで入っている。


「一回解いて補整してから縫い直しているんです。それだけじゃなくて、雫は中学三年の設定なので……ほら」


「おーーーー!」


 お母さんが示したのは袖口だった。袖口は内側が軽く擦り切れている。


「軽石で擦って時間経過を出しているんです」


「すごいですね!」


「先月、食堂で火傷しましたでしょ」


「あ、はい」


 トレーを持った男子生徒とぶつかって、熱々のラーメンを三杯もかぶってしまい、小菊に命ぜられるまま保健室まで運んだのは俺だった。


「あの火傷、痕が残るって言われてたんです」


「え、そうだったんですか!」


 連休の御神楽大神神社(69回『御籠りの五日間・3・御神渡り』)のことを思い出した。


 風呂に裸のシグマと増田さんが入って来た。一瞬のことだったけど二人の姿は焼き付いている。


 あの時、増田さんの胸には火傷の痕なんかは無かった。


「雫もわたしも火傷なんか似合わない……そう念じて、あくる日には消えてましたから」


「え、根性で治したんですか!?」


「ハハ、たまたまでしょうけど、汐には、なにか人並み外れたものがあるみたいな。それが高校に入ってからはっきり現れてきたみたいな、あはは、親ばかでしょ(^_^;)」


「いえいえ……お母さんのおっしゃる通り、なにか持っている子だと思いますよ」


「まだまだ自分の力だけでは前に進めない子だけど、よろしくお願いします」


「あ、はい」


「忘れ物をするのは、そこに、もう一度は戻って来たい気持ちの現れって云いますから」


 お母さんは高校生の俺に深々と頭を下げるのだった。





☆彡 主な登場人物


妻鹿雄一 (オメガ)     高校三年  

百地美子 (シグマ)     高校二年

妻鹿小菊           高校一年 オメガの妹 

妻鹿幸一           祖父

妻鹿由紀夫          父

鈴木典亮 (ノリスケ)    高校三年 雄一の数少ない友だち

風信子            高校三年 幼なじみの神社(神楽坂鈿女神社)の娘

柊木小松ひいらぎこまつ  大学生 オメガの一歳上の従姉 松ねえ

ミリー・ニノミヤ       シグマの祖母

ヨッチャン(田島芳子)    雄一の担任

木田さん           二年の時のクラスメート(副委員長)

増田汐しほ        小菊のクラスメート

ビバさん(和田友子)     高校二年生 ペンネーム瑠璃波美美波璃瑠 菊乃の文学上のカタキ



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