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眠り姫はふにゃけてる

 気が付いたら俺は水浸しの重たいベッドシーツを両腕に抱えて、朝焼けの砂浜に立っていた。

 このシーツは何だと思って見つめると、シーツはもぞもぞと動き、その反動でぼろぼろの帽子のような部分が砂の上に落ちた。


「う……ん……」


 ほのかに紅色に色ずく唇からは小さな吐息が漏れ、長いまつげは海風に小さく揺れた。

 頬に貼りついた髪は白く、どこか神秘的な印象さえ与えてくる。


「俺は……そうだ、あの時、溺れたんだよな」


 黄金甲冑から全速力で逃げたせいでアトラススーツの燃料を全て使い切り、俺と極彩色の魔女シエロは海の藻屑となるはずだったが、なぜか俺がシエロをお姫さま抱っこして砂浜の上に立っているのだった。


 辺りを見渡しても誰もいない。

 砂浜には寄せて返す波音が聞こえる。


 砂浜から伸びる一本道は坂になっていて、踏み固められ舗装されているようだ。

 林の間にある道を進めば、人間が住む町に辿り着けるかもしれない。


「おい、アトラ、いるのか?」


 辺りに声をかけてみるが、アトラススーツの部品らしきものは見当たらない。


『yes、マスター、ここに』


 アトラススーツはないが、アトラの声が脳内に直接響いたような感覚を感じて少し気持ちが悪い。

 まるで電話機を身体に埋め込まれたようだった。


「無事か、良かった」


『おかげさまで、非常電源で現在は活動しています。如何しましたかマスター』


 無事を確かめたかっただけなので用という用はなかった。


「いや、アトラが無事で安心したとこだ」


『安心、私を?』


 俺は思いついた言葉を返しただけなのに、アトラは顔でもあればきょとんとしたような声を上げた。


『安心とは何ですか? 私の辞書内では、気にかかることがなく、心が落ち着いていくことと記されています。ですがそもそも気にかける必要がなく、代用が効き、人間でないAIの私に使用する言葉としては不適切かと存じます』


 アトラはごく当たり前のように淡々とした口調で「安心」について語った。


「代用が効くか」


 俺は「代用」という単語を口に出して胸が重くなり、その言葉が嫌いな事に気が付いた。

 現代では「いつでも替えが効く社員」とか「死んでも誰も困らない代用できる人間」だと思って生きてきたからだ。


「アトラはアトラススーツのサポートで俺を何度も助けてくれたし、唯一の現代を知っている仲だしさ、ここは安心したで合ってるよ」


『……承知しました、こんなときは、ありがとう、でしょうか』

「ああ、それでいい」


 声に感情はないが、気のせいかどこか嬉しそうに感じた。


「それで、今の状況はどうなってるんだ?」


 俺は極彩色の魔女シエロを砂浜に寝かせて、俺自身もドカッと座る。

 かなり疲れていたのか、そのまま砂浜に寝転がりたくなったがぐっとこらえる。


『追手はございません。黄金甲冑アウルムからは直線距離で約三千キロ離れました。距離にして約日本列島一つ分です』


「そら燃料切れにもなるわな……」


 一心不乱で逃げることしか考えてなかったから、何時間走りまくったのかは聞かないでおこう、知らない方が良いこともある。


『この砂浜に上陸する直後、アトラススーツは動力が切れ、現在は非常電源で稼働しています。アトラススーツ自体は周囲の元素を取りこむことで半永久的に活動できる特殊なシステムを採用しておりますので、現代へのポータルを開くほどではなくても、数日も経たぬ内に小物と戦えるほどの力は取り戻せるでしょう』


「ふむふむ」


『次に状況ですがマスターはアトラススーツがスリープ状態となった際、溺れかけたものの自力でシエロ様を抱き留め、この砂浜まで泳ぎ切っていました』


「ふむふむ……ってなに! 全く記憶にないぞ」


『私自身はマスターの一部となり、常に異世界人との翻訳から体調の管理まで、体中に流れているナノマシンで行わせていただいてます。その結果、失神していた状況に間違いございません』


「俺、失神しながらこの子を助けたのか……?」


 そんな訓練受けたことないんだが。


『失神状態のマスターから体中に妙な力を観測していました。それは魔力と呼称して良いのか分かりませんが、何らかの強制的な魔力がマスターを動かしていました。これは一つの仮説ですが、あのドラゴンとの戦闘時に受けた<死の間際の魔術>が関係していると思われます』


「そういえばそんなこともあった」


 シエロが住む屋敷に突入する前にドラゴン型グロウスを討伐したが、息の根を止める直前に俺に何らかの魔術を施していたように見えた。


「でもなんで、その魔術が俺を勝手に動かしたのか……」


『現状では明確な回答を持ちえません』


「だよな、そのことについては、同じような事が起きたら改めて計測しててくれ」


『承知しました。次にですが、小型衛星の情報から二キロほど先に中型の街があるようです。文明の度合いからこの世界ではスタンダードな規模の街のようです』


「本当か!」


 俺は嬉しくなりガッツポーズを取る。

 異世界に到着した瞬間、ドラゴンや黄金甲冑と戦闘をしてへとへとだったのだ。


 出来ればまともな人間に出会い、交流を深め、この世界の状況を知りたい。

 ついでに言えばビショビショのビジネススーツも乾かしたいし、腹も減ったし、すぐ寝たい。


「じゃ、まずはそこを目指そう」


『承知しましたマスター、それと任務をお忘れなく』


 アトラはよくできる秘書のようにぴしゃりと言い放った。


「魔術かそれに近いものを現代に持ち帰るってことだろ、大丈夫だよ」


 口が引きつりながらも俺は何とか返答する。


 ドラゴンや黄金甲冑と刃を交えて、どれが明確な魔術か分からないところもあるが、個人的には魔術を持ち帰るのはあまり乗り気ではない気持ちだ。


 だってあれは銃や剣なんかよりも危険な代物だ。

 あれが現代の国家に渡ったら、この異世界の二の舞になるのは誰にだって想像できる。


 だが、俺自身も無下に任務を拒否できる立場にない。


 断ってしまえばアトラに注入されたナノマシンにより、記憶を消去され、副作用でその他の記憶も全て吹っ飛ぶ可能性があるからだ。


 俺は思い出しただけで身震いして自分の身体を抱えた。


「ということは残る問題は……」


 ちらりと砂浜を見ると、ふやけた面で眠っている極彩色の魔女様の寝顔が目に入る。


「置いてくってわけにもいかんよな」


 置いていっても黄金甲冑か似たような奴らに捕まるのがオチだろう。


『私は寝ている間に置き去りにすることを強く推奨します』


「強くって」


『私たちの目的は異世界の魔術を持ち帰ることです。これまでの話から魔術も使えない普通の女児を連れていくのは守ることを考えると戦力の低下を招きます。また彼女は黄金甲冑アウルムに追われています。罪人を連れ歩くことで行動の幅が制限され、ミッションに支障をきたすでしょう。過酷な戦いが予想される為、彼女を想えばここで情が沸く前に別れるのが良いかと』


 アトラの言うことはもっともだ。

 俺は魔術を持ち帰ることに心から同意したわけじゃないが、持ち帰らなければ俺の記憶が危うい。そしてミッションが成功しなければ現実世界には帰れない。


 ではミッションを成功させるには持って帰るための魔術(または魔術に相当する代物)を確保する必要がある。だがこの異世界は魔術発展大時代らしいので、魔術に関連するモノや情報は貴重そうである。


 それを持ち帰るには状況によっては犯罪行為に手を染めるか、何らかの方法で魔術に強い権力者に取り入るしかない。


「ふむ……」


 腕組をしてシエルを眺めると、だらしない口元から涎を流していたので、そっと指で吹いてやる。

 むにゃむにゃと口を動かして、本当に<極彩色の魔女>の肩書を持つのか怪しくなる。


 多分ここに寝ているのはあほの子だと言っても、誰も疑いはしないだろう。


「……そうか、アトラの言うことは正しいと思うよ」


 そのあほの子の安らかな寝顔を見て俺は思う。


 俺もこの世界では犯罪者になる可能性もあるし、シエロをこれ以上危険な場所に連れていく必要もない。 この辺りの平和は町で生活してもらえれば、彼女はきっと良い人生が送れるに違いない。


 俺は小さな溜息をついて立ち上がり、少し考えてからビジネススーツの上着を彼女のそばに置いた。

 乾いてないが何かの足しになるかもしれない。なんたって彼女からしたら貴重な異世界の服なんだから。


「じゃあな、達者で暮らせよ」


 そっと髪を撫でてその場を後にする。

 

『ではマスター参りましょう、旅支度を整え、魔術の情報を集め、ミッションへの道筋を決めなくては』


 どこに集まっていたのか、アトラススーツを構成する事細かなパーツたちは、次々とうごめく闇のように集結し、ある形を作っていく。


 それは円形が二つあり、細長い取っ手が付いている、現実世界にはよくあるがファンタジーではお目にかかれないモノ。

 

 しかも近未来的な流線型のデザインで、ホイールからは薄緑色の光が淡く放たれている。


「バイクにもなれるのか」


 突如生まれた近未来バイクに驚かされつつも、アトラの声に「おう」と呟く。

 しかし意思とは裏腹に俺の足は鉛のように重たくなった。

 

 本当にこのまま彼女を置いていくのは、彼女の為なんだろうか、と疑念がふつふつと生まれてくる。

 振り返るとシエロは誰かに守られているように、幸せそうな寝顔のまま寝返りを打った。


 その姿はまるで親猫の足元にいる子猫だ。


 そう思った途端、俺の頭に突然ハンマーで殴られたような衝撃が走った。これはあのドラゴン型グロウスの魔術を受けたときと同じ衝撃だ。


「な、なんだ」


『マスター、異常な力を観測しました。それはマスターの左腕を中心に身体中へ広がっています』


 俺は左肩を見ると何らかの模様のようなものが知らぬ間に刻まれており、それがグロウスの焔と同じように青白く光っている。


 俺はほとんど無意識のまま足を進め、まだ起きない魔女を抱き抱えた。

 シエロは安心しきった顔でふやけて笑い、薄目を開けてこう言った。


「……あ、おねえちゃん、おかえりなさい」

この度は作品を読んでいただきありがとうございます。


『少し先を読んでもいいかなぁ』

『異世界 VS 現代SFに興味がある』

『かっこいいバトルと可愛いヒロインがもっとみたいかも』


と思っていただけましたら、最新話の広告下にある【評価】、【感想】や、下の【ブックマーク】を頂けますと、作品を続けていけるモチベーションへと繋がります。


もしよろしければお気軽にどうぞ。

一刀想十郎@小説家になろう


@soujuuro

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