表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/38

ド・フランスじゃねーよ!(1770年 その3)

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

朝の光がうっすらと垂れ布から射し込んでくる。侍女や侍従たちが動いているかすかな気配を聞くともなしに聞きながら、あたしはベッドの天蓋を見上げて深々と溜息をついた。


 な ん て こ っ た !


 厄 ネ タ の 方 か ら 近 づ い て き や が っ た !


 そう、昨晩も寝付けるまで、盛大に叫んでましたよ。心の中でだけど。


 いろいろしちめんどくさい結婚関係の中でも、最も公式なイベントが一段落ついたあたりで、あたしはデュ・バリー夫人の催す夕餐会に招待された。

 ゆっくり、くつろげるお食事会へのご臨席を……って、無理ー!

 てゆーか、そもそもくつろげる時間なんて、今みたくカーテン閉じたベッドの中にもないから!ルイくんが隣で寝てることあるし!ほんとに寝てるだけだけど!


 だけど、ヤだから行かないなんてこと言えないのよ。ワガママって評判下げたくないってこともあるけどさ。

 体調不良を言い立てても、なら回復するまでお待ちしますわって言われるのがオチだし。それ以外に適当な理由をつけるのって難しい。

 そもそも、敬して遠ざける逃げの一歩を使いたくても、誘いを断るって行動を宮廷語に翻訳するなら、「あんたなんかと仲良くしてやる意味がないから、こっち見んな」ってことになるんですよ。

 さすがに初手から派手な喧嘩は売れない。

 てか、いくら三婆、もといルイくんの叔母さまがたからデュ・バリー夫人について悪評を吹き込まれてても、正直彼女と喧嘩する気なんて、あたしにはないんですよ。


 あたしは、王太子の妃。デュ・バリー夫人は、国王の公式寵姫だ。

 妃と公式寵姫じゃあ、もちろん、妃の方がはるかに上位だ。

 だけど、王太子と国王じゃ、国王の方が上位に来るの。王太子の権威だって、国王の権威あってのものだし。

 つまり、『王太子妃(ドーファヌ)』より『国王の公(メートレッス)式寵姫(・ロワイヤル)』の方が、権力の根源たる国王により近い位置にあるため、建前的にはどうであれ、実質的には身分が上になりうるってことなんですよ。

 単純に、ギロチン回避のため、国王陛下の機嫌を損ねるわけにはいかないってこともある。それは陛下に閨で泣きつける彼女と敵対しちゃならんってのと同義だ。

 ついでに言うなら、デュ・バリー夫人は、あたしがフランスへ嫁いでくる前から、魑魅魍魎が犇めく宮廷を泳ぎ回っていた猛者なんです。

 政治的地盤を固めた時間が長い国王の寵姫(デュ・バリー夫人)の方が、外国から嫁いできたばかりの小娘(王太子妃)よりも立場が強くて当然ってとこだろう。

 うじうじ悩んでても、『ワイの誘いに応じられへんと言うんやなかろうなァ?(意訳)』な招待状を前に、あたしが取れる選択肢はほとんどない。


 しかたなく、あたしはお誘いありがとう、喜んで応じますという返事を送っておいた。ほんと行きたくないんだけどなぁ……。ハア。


 午後をたっぷり使って晩餐会用のドレスに着替えると、あたしは女官たちを引き連れて会場に向かった。

 ある意味敵地突入ってことはわかってる。正直、心が重い。

 でも足取りまで重くしては、それこそ足元を見られるってなもんですよ。ここまで防備を固めたくせに、肝心のあたしが隙を見せてどうする。顔で笑って心で泣くのがあたしのお仕事です。

 そう開き直って覚悟は決めたつもりだったんだけどなー……。

 

 結果から言おう。

 あたしは、終止微笑みを崩すことはなかった。あたりさわりのない話題に、さしさわりのない反応を返し、礼儀作法も崩さなかった、と思う。

 周囲から監視を受け続けるのはいつものことだし。

 でも、食事を楽しむなんて芸当はできなかった。香水と衣裳に体力ゲージを削られまくってね。


 初夏のヴェルサイユはわりと気温が高い。

 そして暑くなるということは、悪臭はさらにひどくなり、香水の暴力が倍増するってことでもある。 

 いいかげん匂いにめげて、鼻炎レベルに効かなくなってるあたしの嗅覚が反応するって、いったいどんな毒ガスよ。

 おまけに鉄格子のパニエは重い。

 食欲?100m10秒切る勢いで逃げ出してったっきり、戻ってくる気配皆無なんですけど。


 げっそりしたあたしの前には、一人当たり数十はあろうかという皿がテーブルを埋め尽くすの図というね。

 いや、結婚式の時の晩餐会なんて、ギリシャ神殿のミニチュアがテーブルにどーん!国王陛下の像ずどーん!で、肉料理(アントレ)だけでも五十皿近くはあったというから、それより小規模っちゃ小規模なんだと思うよ?

 でも、どうせだったらあの時みたく、トリアノンにある国王の菜園で栽培に成功したとかいうパイナップルでも出してくれればいいのにと、あたしはこっそり思わずにはいられなかった。

 ぽっちりとしか食べられなかったし、苦かったけど、それでも生のフルーツというだけでかなりほっとしたもんなー……。

 苺でもいいんだけど。国王陛下の大好物らしいからね、あれ。


 どの料理も砂糖やスパイスがきつい上に、濃厚こってりが基本というのは、正直しんどい。

 あー……、和食出せとか無理言わないから、生野菜のサラダ食べたい。ふつーの冷たい牛乳飲みたい。

 いや、それも相当な無茶を行ってるのはわかってる。旬の野菜が手に入りそうなサラダはまだしも、牛乳って子牛産んだ母牛からしか搾れない、期間限定品なわけだし。そもそも冷蔵庫なんてあるわけないし。

 ならばせめて魚料理を、とか思ったけど。

 肉食を禁じられている曜日に食べる精進料理扱いなんだよね、魚料理って。

 つまり、晩餐会なんて贅をこらしているべき場所になんか出てくるはずもない。出したらそれなんて主催者の嫌がらせと取られてもしかたがないんだもん。シンプル一番塩焼きプリーズ?逆に困惑されるやつですがな。


 微笑みながらも噛み殺しきれなかった溜息を見咎められたのか。

 それとも、取り巻きの壁に隔てられて、直接挨拶をするどころか、ろくろく顔も正面から見ることができなかったせいか。

 翌日、メルシー伯が教えてくれたのは、マリー・アントワネット王太子妃、デュ・バリー夫人に不興!という噂が宮廷内を飛び交っているという状況だった。速報かよ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 表面的な内容だけでなく当時のフランス宮廷の内情が書かてている点。(どこまで忠実かはわかりませんが。) [気になる点] 主人公マリーは当時のフランス財政が『宮廷費を削減する』程度では黒字化さ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ