敗残の払暁
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ルイくんが空腹を訴えた。あたし?食欲なんて欠片もありませんわ。
ソース家を取り巻く喧噪は、時間の経過とともに罵倒が増えた。いつ暴力に変わってもおかしくないほどの敵意に取り囲まれて、それでも腹が減ったと言えるほどあたしゃ神経ごんぶとじゃありませんよ。
とはいえ、子どもたちのためにも朝食を出してもらえたことには感謝しかなかった。
たとえそれが貧相なもので――まあ、皿を山ほど並べるていの、いつもの食事なんて期待もしてなかったけど、おかずらしいおかずなんてないに等しい――しごくあっさりと終わったとしても、文句など言いません。
だけどさー、ずーっと淡々と、それでいて一番最後まで顎を動かしてるのはどうなんだろう、ルイくん。
時間稼ぎのつもりだったのか、それとも腹が減っては戦はできぬって事だったんだろうか。
どちらにしても限度があると思うんですが。
しつこく動かしていたナイフとフォークをようやくルイくんが置いてまもなくのことだ。外のざわめきが大きくなったと思ったら、三人の男たちがソース家に入ってきた。
慇懃無礼な態度に、洗練された衣服。見るからにこのあたりの人間ではない。
警戒するあたしたちに、彼らは国民議会の議員だと名乗った。『憲法に忠実な国王』として、ルイくんに、ただちにパリに帰還せよという、国民議会の命令を伝えるため、そしてあたしたちをパリに連れ戻すために派遣されたのだという。
彼らによれば、ルイくんの……というか、フランス国王の、つまりは皇太子も将来担うはずだった王権は議会によって剥奪されたという。
これにはさしものルイくんも消沈したらしい。
「フランスにはもう王は存在しないのだな」
ぽつりとこぼしたその言葉が、妙にあたしの胸にも染みた。
宮廷でさえ軽んじられていたルイくん。
王侯貴族どころか、有能であると採用した平民の官僚にすら侮られ、権威は盾がわりに振りかざされ。
挙げ句の果てに革命のせいで、自由どころか身の安全すら脅かされてきて。
そして、今、とうとうその権限のすべてを奪われたのだから。
三人の破滅の使者に打ちのめされたのは、あたしやルイくんばかりではない。
パリに連れ戻されたら殺される。そう侍女たちは思ったのだろう。そのうちの一人なぞは、貧血のふりで倒れたふりもした。
もっとも、駆けつけてきたという医者に、すぐさま気付けをされてしまったけれど。
あたしにとっても、帰途はほとんどギロチンへの一本道のように見えていた。だから馬車へ向かう直前、あたしはソース夫人に囁いた。
「祈っていただけるかしら」
彼女の目を見つめながら、あたしはこう言ったのだ。
「いつかあなたがわたくしの子どもたちを殺したということにならぬよう」
……性格が悪いと言いたければ言え。確かにソース夫人は旦那さんの意思に従っただけでしょうさ。
だけど、唯々諾々と使われる道具であろうと、被害者にとっては加害者でしかないのだ。
そのくらいの嫌みぐらいは言ってもいいでしょう?
「パリへ、パリへ!」
戸口を出れば、もはやヴァレンヌは街ではなかった。数千人、ひょっとしたら万を超えるかもしれない大群衆であった。
その喚声から逃れるように、満足なエスコートもないまま乗り込んだ馬車の座席もまた、逃げていた時より重苦しい空気に沈んでいた。
その理由の何割かはきっと、侍女たちを別の馬車に押し込んでまで、座席の真ん真ん中に割り込んできた議員たちのせいだろう。
動き始めた窓から、あたしはそっと振り返った。
ヴァレンヌからは、モンメディを超えれば国境まで50kmもない。
しかし、その距離は、今のあたしたちにはとてつもなく遠かった。




