6月21日2時~16時
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
深夜、あたしたちはパリ市街地を抜け、待機させてあった例の特注大型四輪箱馬車に乗り換えた。
予定より1時間半は遅れ、日付はとうに変わっている。あたしはいらいらと懐中時計の蓋を閉じた。
ロジェの携帯時計は変装後もあたしが身につけている唯一の身の回り品だ。軍事行動というやつは、時間に正確でないといけないというが、遅れる可能性もつねに想定しなければいけないとか。なんだその矛盾の産物と思うが、それが今のあたしたちだ。
こんな逃避行を軍事行動というのは大仰かもしれないが。
道がうっすらと明るく見え始めた4時頃。先行していた侍女たちとはぐれるようなこともなく、無事に落ち合うことができた。
わずかながらもほっとしたのは確かだが、あたしたちはさらに先を急いだ。
この時期の夜明けは早いが、農夫たちの朝はさらに早い。人に見とがめられる前に、遠くへ、もっと遠くへ行かねば。
追っ手の姿も気配もまだ感じることはない。けれどその存在はさらにあたしを不安にさせた。
それはルイくんも同じだったようだ。
「聞こえないだろうか。大砲の音がする」
そう言われてあたしもぎょっとした。
走っている馬車の中だ、あたしにはよくわからなかったが、多少なりとも大砲の音を聞いたことのあるルイくんがいうならそうなのだろう。
このあたりで大砲を置いている都市など、パリぐらいなものだろうが、まさかいまさら国民議会がパリ市街を砲撃なぞするはずもない。
少なくとも、内乱では。
ということは。
テュイルリー宮殿に押し込められてからは、ルイくんも朝の日課であった狩猟に出かけられるわけもない。それはつまり、起床時間がヴェルサイユにいた時よりも少しは遅くなっており、そのぶんあたしたちの不在に従僕たちが気づくのが遅れるということでもある。
けれど、それとてほんの一二時間程度の誤差なのだ。
ルイくんは筆記用具を取りだして遺書を何通も書きだした。
あたしたちの逃走がばれたと考えたのだろう。大砲の音で遠くにまで知らせているとなると、いつ追っ手がせまってきてもおかしくはない。
あたしも過呼吸を起こしそうなほどの緊張を抱えながら、まんじりともせずただ携帯時計を握りしめていた。
幸いなことに、すぐさま追っ手があたしたちの行く手を遮るようなこともなく、あたしたちは大過なく最初の中継地ポンディについた。
ここで馬を取り替える手筈になっている。足が鈍らないようにするためだ。
だが、そこで異常事態が生じた。
ルイくんがフェルセン侯子にこれ以上の随行を断ったのだ。
フェルセン侯子も驚いたようだが、あたしも驚いた。問題なくここまでこれたというのに、なんでわざわざ揉めるようなことを命じるのか。
馬車を換えた後も馭者をあいかわらずフェルセン侯子がつとめてくれていた。彼の腕は悪くない。たぶん馬の扱い全般を見ても、ルイくんより上手だろう。
だったら少しでも距離を稼ぐためにも、こんなことをしている場合じゃないだろうに。大砲の音が聞こえたと言ったときの、あのうろたえようはなんだったのか。
だが、ルイくんは強硬だった。抗弁していた侯子も、こんなパリのすぐ近くで、ながながと悶着を繰り広げているわけにはいかないことは理解している。
「では、さようなら、コルフ夫人!」
諍いを見とがめられる前にと、一行の主ということにしてある、家庭教師のトゥルゼ夫人を偽名で呼び、侯子は馬に乗ってその場を去った。
あたしたちもすぐその場を離れた。
……いちおう、ルイくんの主張理由もわからなくはない。
なにせフェルセン侯子はスウェーデン人。しかもスウェーデン国王グスタフ3世の股肱の臣でもある。
まああたしも元を正せばオーストリア人ということになるんだけれども、それでも王妃になった以上はどんだけひどい罵詈雑言を浴びせられててもフランス人として扱われるわけですよ。
それを考えると、フランス国王一家が、異国の貴族にいいようにひっぱりまわされての脱出行に見ようとすれば見えなくもない。
となれば、国王としての、国家としての体面が保てないという気持ちも、まあ理解はできる。
こと、ここに至っては今更でしょうがと言いたくなるけどね。
もう一つ理由があるとするならば、それはフェルセン侯子があたしの愛人だとみられているせいだろう。
ぶっちゃけそんな既成事実はない。あたしの潔白はあたしが誰より知っている。
けれど、これもまた見方をねじ曲げたら、悪女が夫と愛人にサンドイッチで逃避行、てなゴシップに直結しかねない。
さんざん役立たずと言われても、放っておきなさいの一言で済ませてたルイくんだが、それでも下ネタ方面のデマを気にしてないわけじゃないらしい。
ならば、あとはフェルセン侯子の随行を許した場合より、現状がマシであることを祈るしかない。のだが。
大型馬車というのは、やはり小型よりも操るのは難しいらしい。
その後の馬車がひどくがたついたこともあり、あたしはまんじりともせず、ただ手に握った携帯時計の秒針が動く、そのかすかな振動の数を数えていた。
わずかにぜんまいが緩んだと感じるたび、そのつど丁寧に、きっちりと巻き上げて。
あたしは馬がもつ限り、休憩を最少限にして進むことを提案した。
さいわい、食糧も水代わりのワインもきっちり積んであるのだ。馬にも水と飼い葉は必要だが、人間は食べながらでも道を進むことはできる。食休みもドレスのたぐいと同じくらいいらないはずだ。
昼はあたしの意見が通ったものの、夕方はそうもいかなくなった。
馬が転倒してしまったのだ。
馬車は大丈夫だったが、移動速度はがくんと落ちた。
しかたなく、馬を変えようということになった。
パリと国境の中間に位置するシャロンという町に着いたのは16時ごろ。予定より4時間は遅れている。




