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マリーとよばれて  作者: 輪形月


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33/39

ヴァレンヌへの道(1790年ー1791年)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

 ミラボー伯は自信家だ。彼の中では国民議会で上位者となり革命をリードするのも、フランス宮廷の影の相談役を自任するのも、どちらも正しいことであるらしい。

 宮廷つっても、もう内情はぼろぼろのがったがただけどね。

 選挙民に会議の報告書を送り、ヴェルサイユで今何が起こっているかをフランス全土に知らせ、テュイルリー宮にしばしば伺候するするミラボー伯以外にも、国民議会で大きな顔をしている貴族たちというのは、実は結構多い。

 彼らの存在を頼みにしてなのか、ルイくんはじつにどっしりと構えていた。

 確かにそこは理解できなくはない。彼らは立憲君主政を落とし所とすべく動いていたからだ。

 だけどルイくんが、そして啓蒙貴族たちが見落としていたものがある。各身分の対立だ。

 

 英邁で寛大、先取的な気質を持つと自任する、さまざまな主義にかぶれた貴族は、確かにこぞって革命へと身を投じた。

 彼らは思想的共感を求めた。知識を身につけていれば社会は世界はもっと良くなると。

 次に利益に飛びついた。古い社会構造ではなしえなかった、新しい経済改革をというわけだ。

 しかし彼らは見誤っていた。貴族であると言うだけで向けられる恨みつらみの強さを。気息奄々としつつもなんとか機能していた社会制度に手を入れて延命するよりも、すっぱり息の根を断ったことで生じるダメージを。


 ブルジョワは啓蒙思想を金科玉条としていたが、その正義とするのは啓蒙主義というより自由主義に近い。彼らは労働者といがみ合いながらも、これまでの旧体制の代表者たる貴族層の追い落としを狙っていた。

 が、そのブルジョワもまた、貧富の差の是正どころか、さらにそれを悪化させるような行動に、労働者層から隔意を、いや敵意を抱かれていた。


 いくら清新な政治をと唱えても、人は迷信と洗脳と感情と欲望に判断を握られ、派閥同士で、派閥内部で抗争を繰り広げる。

 しかし、その生活は一瞬たりとも停止などできない。実績ゼロの新制度はその動きに軋轢(あつれき)を確実に生じていた。


 豊作が見込まれ、食糧事情がよくなってきていたというのに、8月にはフランス南東部で武装蜂起計画が発覚したのだ。これが最初の反革命の動きだった。

 しかし、この反革命にも主に二種類の思惑がある。


 一つは絶対王政を支えてきたもの――アンシャンレジーム(旧体制)とひとまとめにされた者たちの動き。

 さすがにパリなどでは存在すらしないかのように扱われているが、結構国境付近では根強い勢力だったりする。

 なぜかというと、他国へとっとと亡命した貴族たちが、自らの財産と権利と体面を取り戻すためにと画策し、国内へとちょいちょいちょっかいをかけているからだ。

 彼らにとって、革命を起こした国民議会は王権の冒瀆者であるということになる。


 中でも過激な王党派の中には、国王誘拐計画なるものが持ち上がっていたらしい。軟禁状態にあるおかわいそうな国王を救い出し、ぜひ我らが旗印として、反革命運動の先頭にお立ちいただこう、ってなわけだ。

 国民議会に恨み骨髄なのは聖職者たちもだ。いくら政教分離が理想実現に必要だと言われたって、はいそうですかと言えるわけがない。

 だが王党派と聖職者のしくんだこの計画、わりとあっさり頓挫したらしい。

 それには当のルイくんが内乱や、亡命貴族たちが焚きつけた諸外国との戦争によって、多くの血が流れることを恐れたってのも大きいとか。


 反革命を掲げ、蜂起した者のもう一派は、労働者たちだった。

 理性的な合議による選択ではなく、煽動で炎上した負の感情のままに動く暴風。過激な者ほど人を強く引きつける。


 もちろん、国民議会も無策だったわけじゃない。経済政策にも力はいれている。あたしに言わせりゃようやくかよってなもんだけど。

 8月の末には、王室の財産を売り払って原資としたアッシニア紙幣が流通しはじめていた。

 なおこれ、紙幣とは言われているし、実際お金としても使われているが、実質は利子付きの債権である。

 ぶっちゃけ国債みたいなもんでしょうが。

 そんなもんでも作らなければ、国民議会も文無しだったってことなんだろうけれども。あたしゃ同情しないね。

 どんだけルイくんが国の経済立て直しに頭を悩ませてたか知ってるし、赤字夫人呼ばわりで国を傾けた元凶扱いされた恨みは忘れへんで。

 

 フランス革命というラグビーボールの運び手がじわじわと入れ替わり、不規則に方向を転換し、時にフィールドを逆向きに運ばれていくように、国民議会の情勢は変わりつつあった。

 革命開始当初の、いや一年祭の時のあの一体感というのは、どうやら脆い幻想か、それとも薄っぺらいメッキだったらしい。


 混沌とした国内情勢以上に、国外の動きも激しくなっていた。

 あたしの現世の母国(神聖ローマ帝国)でも2月にはヨーゼフ兄さまが亡くなった。せっかちなところはあったけれども、そうも急ぎ足で生き抜かずともよかったのにと思わずにはいられない。

 ヨーゼフ兄さまには帝位を継げる子がいなかったので、トスカーナ大公位を継いでいたレオポルト兄さまが11月に新たな神聖ローマ帝国皇帝として戴冠した。


 年が変わり、2月になると、二婆様たちが逃げ出した。

 どうやら敬虔なカトリック教徒の二人にとって、国民議会の統制下に教会が置かれているこの状況ってのは、どうにも耐えきれるものじゃなかったらしい。

 ルイくんから逃亡に必要な書状その他をふんだくり、カトリックの聖地、ローマに向けて脱出を試みたのはいいけれど、わりとあっさりとっ捕まるとか。しかもモレーでとアルネェ・ル・デュクで、二回もだ。

 拘束されたんなら、またパリにでも移送されてくるのかなあと思っていたのだが、なんと国民議会ってば、国境を越える特別許可を出しちゃったのよ。

 そのころには大貴族のほとんどが逃げ出していた。王族も二婆さまを除けば、あたしたち国王一家、プロヴァンス伯(ルイくんの弟一号)、そしてルイくんの妹の一人、エリザベートちゃんだけではないだろうか。

 だのにいいのかその扱いは。アルトワ伯(弟二号)みたく亡命してって捕まえられなかったんならともかく。


 ……ひょっとしたら、国民議会でもそんなにめんどくさかったのか。二婆さまの扱いは。


 二人はルイくんの妹のもう一人、クロティルドちゃんに助けを求めたらしい。クロティルドちゃんはサルデーニャ王太子のカルロ・エマヌエーレ4世のもとに嫁いでいる。

 どうやらそのおかげで無事4月にはローマで教皇ピウス6世の庇護を受けることができたとか。


 別にあたしも一方的に攻撃してきた相手とはいえ、ええ年したおばあちゃん二人がひどいめに合うのを見たいわけでもない。むしろローマ教皇の庇護下に入ったんだ、せいぜいフランス国内の情報源として活用されてていただきたいってなもんですよ。

 なんせ国内はどんどんギスギスしている。3月にはコルボラシオン(同業組合)が廃止となり、おまけに4月始めにはミラボー伯が亡くなったのだ。


 コルボラシオン廃止はともかく、ミラボー伯が亡くなったのは、つくづく痛かった。

 てか、国民議会とのパイプ役はお任せあれとか自信満々引き受けといて、とっとと死ぬなっての、ぼけえっっっっ!


 おかげで、立憲君主政への動きは退嬰しはじめた。逆にアンシャン・レジームからの完全な脱出策としてブルジョワの一部が主張していた、民主政への動きが大きくなっていた。

 ……正直なところ、ルイくんは平和で安定した国政ができるのならば、彼らの一部が主張する民主政でも文句は言わなかったのかもしれない。

 だけどね、もし民主政にすぐさま移行してしまったら、あたしたちは路頭に迷いかねない。

 なんせアッシニア紙幣の存在がある。ぶっちゃけすかんぴんに近いんですよ。今のあたしたちは。


 そんな中、じわりと広まりつつあった噂があった。国王も亡命するのではという噂だ。

 おかげで、テュイルリーの空気が悪いこと。裏切られるんではないかという猜疑が澱のようにどすぐろく宮殿にたまっているのは、国民衛兵たちのぴりぴりした警戒のせいだろう。

 目がね、もう監視に近いのよ。

 司令官であるラファイエットは、懸命に国民衛兵たちを宥めているようだが、あたしたちだって疑われていい気がするわけはない。

 このままいいように軟禁されているのもいやだし、国民議会の判断次第じゃそれこそ牢獄や処刑台にいつ送り込まれるか、わかったもんじゃない。


 あたしはルイくんに許可を取り、こっそりと外交ルートを通じて、レオポルト兄さまに助けを求めることにした。

2025/04/01 タイトルを訂正しました。

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