レーヌの首は(その3 1787年 )
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
義祖父陛下もそうだったように、天然痘は速やかに人の命を奪っていく、恐ろしい病気だ。人から人へと感染し、生き残った人の身体にすら痘痕を刻み込む。
だが感染力が強く、死亡率も高い病気は他にもある。
中でも怖いものの一つが結核だ。血を吐くのは有名な症状だが、肺だけでなく全身どこにでも病原菌は巣くう。たとえ症状が軽快したようであっても、病巣の中で菌は生き続けることがあるともいう。
すべては、遅かった。
長男のルイ=ジョゼフが結核だと診断されたのは去年のことだ。生まれながらにして王冠を乗せられた王太子だ。おつきの人々は厳選されていたはずだが、それは身分とか血筋とか政治的力学とかそんなものばかりしか見てはいなかったのだろう。
未来の国王の寵愛を得るチャンスが減ると思えば、たいていの体調不良は貴族のたしなみとでもいうべき鉄壁の微笑で覆い隠してしまうのだろうし。
幼子の背骨がねじ曲がっていくのは、ひたすら恐ろしい光景だった。
これも結核による症状だと診断した医師は、対症療法的に鉄製のコルセットを身につけさせ、曲がり出した背骨を正しい状態に保つようにしたと主張した。
が、そんなことで良くなるわけもない。
高熱を出したときに気づいてあげられたらよかったとあたしは悔やんだ。
気づいたところで、何ができたのだろうとも思うのだが。
感染の危険があるからと、直接その手を握って励ましてやることも、枕辺近くで看病してあげることもできないのだ。
せめてここが戦後期の日本だったら、ストレプトマイシンぐらいは入手できたろうに。
だけどここは18世紀末のフランス。病原菌という概念はなく、いまだに病因瘴気説がまかり通っている時代だ。
そんな衛生観念しかない状況で、病原菌の巣があると思われる骨を削り取るような外科手術なぞ、できるわけもない。
高熱でみるみる痩せていく我が子を見守り、栄養と安静を与えることぐらいしかできない。
それでも、まだ、屈強な大人なら。
豊富な体力で耐えきり、病状を小康状態に抑え込むこともできただろうか。
けれどルイ=ジョセフは、もともと病弱だった上に、まだ、王家の男子として教育を始める七歳どころか五歳にもなっていないのだ。
去年の10月からは、歩行も困難な状態になっていた。
悲劇はさらに続いた。
去年の7月に生まれたばかりの次女、マリー・ソフィーまでも結核に罹ってしまったのだ。
あたしはルイ=ジョセフと同じくらい、いやそれ以上に手厚い看護をするように命じた。
けれどもその甲斐もなく。
6月。次女マリー・ソフィーは、生まれて一年も立たずして、息を引き取った。
あたしは深く嘆き悲しんだ。ルイくんもだ。
けれども喪に服すことは許されなかった。
王弟夫妻どころか国王と王妃の子が他界しても、七歳以下の場合は喪に服さない。これがフランス宮廷のマナーだという。
おそらくは、乳幼児期の死亡率が高いせいでこんなマナーが作られたのだろうとは思う。
だけど、これは、本当にきつかった。
ルイくんはこれまで以上に狩りに熱中し、酒に溺れ、ひたすら食事を詰め込むようになった。らしい。
あたしもまた、プチ・トリアノンに引きこもっている時間が長くなり、顔すら合わせることが少なくなっていたからだった。
……子を持って初めて親の気持ちがわかるというけれど、現世のお母さまの気持ちは、あたしは今もってよくわからない。
今は亡き現世のお母さまも、あたしのお兄様お姉様を何人も幼くして、あるいは若くして亡くしている。
女帝とあだ名されるほど複数の王位をその身に負って。神聖ローマ帝国すらもその指先に巻いた人を操り、動かしていくのに、どれだけの痛みを抱えていたのだろう。
その器量にはそう追いつくことができないと思い知らされる。
毎年のように子どもを産み続け、そのうちの何人が成人する前に死を迎えようが、いや我が子が死ねば死ぬほど、さらに子どもを作り続けた女帝の気持ちを慮ることも。また。
王太子の不例は、他国にも知れたのだろう。
10月にはスペイン王からメリノ種の羊の群れとともに、スイスのフリブールから入手したとかいう乳牛が届いた。
フランス王家の近縁とはいえ、他国の王からの贈り物だ。それ相応の対応が必要だ。おろそかにはできない。
この思いがけない贈り物をどうしようかと考え、あたしはプチ・トリアノンで受け入れることにした。
もともと牛舎などが整備されていたからだ。
とはいえ、さすがにちょっと手狭になったという報告があったので、必要だという増築は許可しましたとも。
財務総監のカロンヌがいつの間にか罷免されてた関係で、多少ごたつきはあったけれども。
増築をしなければならなくなったぶん、あたしは自分の衣食のかかりを削ることにした。
王太子の病状改まる気配を見せず。だというに豪奢な衣服も食事も不要とね。
少しでも王妃予算にゆとりができたなら、パンに替えてパリ市民に配る。救恤の一環だ。
だがこれは失敗だった。
国の安全のために祈ります、だから喜捨をくれという聖職者たちは、自分の懐が暖まらなかったことに盛大に不満を鳴らした。そこにはルイくんとカロンヌが推し進めていた新税制――これまで免税特権を持っていた聖職者と貴族からも平等に徴収することで、財政破綻状態をなんとか少しでも改善しようというものだ――に対する不信感と敵意もあったのだろう。
そして一時の飢えをしのいだはずのパリ市民からは、逆にそれだけの大金を常時使っているんじゃないかと、憎まれる羽目になった。
ルイくんもあたしも、やることなすことすべて裏目裏目に出るのは時運だけでは説明がつかない。
フランス王家への――いや、ルイくんとあたしへの悪意。
作り上げられた王室の醜聞、快楽主義な貴族への憤懣、執政への失望。それら複数のターゲットに向けられた悪意を多重に収斂させているとしか思えない。
おそらく、あたしは最初からルイくんの権威を失墜させるために狙われていたのだろう。
ならば、噂をかき消そうとしても真実が瀕死になるのは当然かもしれない。情報戦における敗北の結果でしかないのだ、それは。
だけど貴族たちが、自主的にルイくんを貶める必要はあまりない。既得権益を守るために牙を剥いてきた前例があるから絶対とはいえないが、それでもそれは、彼ら自身の権威の後ろ盾である王威を弱めることになるからだ。
王の居室前で居並ぶ順番、ルイくんの面前で椅子に座る権利、帽子をかぶったままでいる権利、権利、権利、権利!
少しでも同輩よりさらに抜きん出て寵愛され、有利に扱われるべきと主張し、そしてそのためになら魂でも何でも売り払う連中だ。おまるを始末する仕事ですら奪い合うのは、それすら国王の側近くに親しく侍ることのできる権利だからだ。
そんな彼らが自分の権威を目減りさせるようなこと、するわけがない。
やるとしたらよほどの自信過剰な連中が、相対的に自分の評価を高めるためにしかけてきたのだろう。だがそれなら、もっと散発的なものに留まるはずだ。自分がコントロールできる範囲にとどめようとするだろうし。
ならば、この状況をしかけているのは誰か?
――おそらくは、王の血を引くもの。




