レーヌで行きます!(1783年)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ルイくんには、家族というものについて、適切なロールモデルがないのかもしれない。
そう思うようになったのは、マリー・テレーズに対する態度と、ルイ=ジョセフに対する態度がまるっきり違うことに気づいたからだ。
マリー・テレーズに対してはもう、めちゃくちゃ優しい。
それに対し、ルイ=ジョセフに対してはなんかこう、他人行儀なんだよね。男親だからとかだけじゃないと思うの。
自分の息子というより、王太子、未来の国王に対する態度とあたしは見た。
ルイくんは亡くなった兄だけでなく、弟一号、弟二号とあまり仲が良くない。その兄弟をいとしみ、自分を冷遇していた親たちともあまり仲が良くなかったらしい。
義祖父陛下ことルイ15世もなー、自分の娘たちを猫かわいがりはしてたけど。それ以外の王族とは、血のつながりよりも政敵という関係の方が先に来てたし。
あたしはモスリンドレスの上に羽織ったストールをかき合わせた。
胸高にゆるく、大きなリボンのように帯を巻き、高めのウェストの辺りで軽く結ぶスタイルは、パニエやコルセットぬきの気楽さもあって、だいぶお気に入りだ。
ルブラン――エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランという、この時代にはかなり珍しい女性画家に肖像画を描かせた時も、麦わら帽子とモスリンドレスというスタイルにしましたとも。
彼女に肖像画を描いてもらうことにしたのは、あたしの悪評消しのためでもある。
まず第一に、清楚清貧を大きく打ち出したイメージ戦略のため。
ついでにいうなら、例の不貞方向の噂を打ち消すため。さすがに女性相手で不倫がどうこうとかって噂は立てらんないだろうと思ったんだけど。
誰だよ。あたしが男性どころか女官や侍女も喰いまくってハーレム構築してるとかいう、荒唐無稽な醜聞作って振り撒いてるやつ。
女性だからってその画力が正当に評価されてないのはよくないでしょと、彼女が王立絵画彫刻アカデミーの会員になれるよう支援したのには、回り回ってあたしの権威付けにもならないかなあって下心はあったけどさあ。ちょびっとだけ。
おかげでモスリンの白いシンプルなドレスには、「王妃のシュミーズ・ドレス」とかいう名前がついた。
そして超批難される羽目になった。
宮廷で批難されるのはコルセット着けてないからってことが大きいらしい。下着かというわけだ。
だけど世間でも非難されたのは、モスリンが木綿、つまりインドを抑えてるイギリスからの輸入品ってこともあったみたいだ。
そんなイギリスに金を送るようなことをせずに、国内生産の絹織物を着て、国内の産業発展にちったあ貢献しろとね。
……あのね。そもそもモスリンって、あたしが着る前から流行ってたんですけど。ルべタンがいうからそうだと思う。
実際、モスリン病ってのも流行ってるし。
これ小氷河期ってやつですかと訊きたいくらいに、気温の上がらない年がここ10年近く増えている。
おまけに、肺炎起こしてぽっくり逝く人が、特に女性が増えた。これはぺらっぺらな地のモスリンドレスの流行で、伊達の薄着をしまくってたからだと言われている。
いや、いくら流行だからって、厳寒の冬でもモスリンいっちょとかありえないでしょうよ。石壁の建物、高緯度という気候の悪条件を舐めちゃいかん。たしかヴェルサイユあたりも、北海道は網走を北に通り越したあたりと同緯度だったはずだし。
あたし?もちろん下にはいろいろ着込んでますとも。モスリンはイメージ戦略の道具に過ぎませんから。
だけど雨の日が多いと、どんなに暖炉をがんがんに焚いてもあたたかくなりにくいんだよねー……。
しょうがないからルブランには、ずいぶんと前にヨーゼフ兄さまから送られた、青いローブ・ア・ラ・フランセーズでもう一枚肖像画を描いてもらうことにした。
そのころだったろうか。
ルイ=ジョセフがへんな咳しているとかいう話を侍女から聞いたのは。
傅育と教授に侍従侍女。お世話係に分厚く取り囲まれ、一日一回顔見りゃいい方な長男に、正直あたしがしてやれることなんて、あんまりないんだけど!
それでも、夏になれば少しは過ごしやすくなっていたのだ。これまでは。
けれども、この年は夏がなかった。
6月ごろには、なんだか空もうっすら濁り、前世のスギ花粉や黄砂にまみれたPM2.5満載の空気のようだと懐かしくすら感じるほど。
だけどのんびりおたんちんなことを言ってられたのは、何も知らずにいられた間だけだった。
アイスランドでラキ火山が噴火したと知った時には血の気が下がったものだ。
前世日本人としては、地震は発生するものだし、火山は噴火して当然、津波は起きるものだ。
けれどもそれはやはり報道を通じた、ディスプレイの向こう側のことであり、身の回りに起きることではないと、どこかで思っていたのかもしれない。
火山の噴火が何をもたらすのか。
知ってたつもりだった高く上がる噴煙だの、山肌を流れ下る溶岩や火砕流だの、降り注ぐ火山弾や降り積もる火山灰だのがもたらす被害は、ほんとに些細なものだったのだろう。
恐ろしいのは、地上に落ちてこないもの。微細な火山塵や、有毒な火山性ガスなどの噴出物の方だったのだ。
火山塵は長期に渡って大気中に留まり、太陽光を遮った。
火山性ガスは硫黄を中心とした有害物質を大量に含んでいた。
結果、毒の雲霧に包まれたヨーロッパの各国で、家畜の大量死や農地が壊滅状態となったという知らせが飛び込んできた。人間が取り決めた国境など、まったく容赦なく踏み越えて。
あたしとルイくんは、それでもかなり健闘した方だと思う。1775年に発生した小麦粉戦争の時の経験があったからだ。
あれで思い知らされた。怖いのは農地よりも都市。人間が密集していた方が状況は悪くなり、為政者への不満は募る。
ルイくんも表には表さなかったが、焦燥があったのだろう。ジャガイモの大量栽培をさらに加速させるよう、パルマンティエのおしりを叩きにかかったと当人から愚痴られた。
だけど、あたしとしても「あなたの国王陛下への忠誠と努力に期待します」としか言えませんよ。それは。
あたしはあたしで、できることからこつこつとやってます。
身近なところでは、ボリューミーすぎるほどに盛る髪のせいで、どんどん増えてきてた髪粉を、小麦粉戦争の時以上に制限したりとか。
一日ティースプーン一杯ぐらいまでって厳命したのは、無茶振りだったかしらん?
パンも同様。食べるのは一つの半分だけってのは、前にもやったけど。それをさらに三分の一だけにするとかね。
その一方で、主食になりそうな食材の情報をさらに集めさせた。前に情報が得られたお米様については、だけど増産の検討どころか入手すらできていない。
なぜかというと、熱帯原産のイネは、この状況で育てるのが無謀だからだ。
困ったことに、イネやイモといった、主食になりそうな食材というのは、基本的に熱帯原産だったりする。
前世日本じゃ救荒食として有名になったサツマイモも、たしかかなり寒さに弱かったはずだ。北海道産サツマイモなんて見たことがないもんな。
寒冷地でも育つ農作物はなんだろう。北海道でジャガイモ以外に有名だった作物は……小豆か。
だけど、小豆ってたしかめちゃくちゃ生産地が環太平洋サイドに偏ってたはず。
うん、入手は無理!蒔絵といっしょに現世のお母さまが、お手玉とかに凝って輸入でもしてない限り無理!
しかたがないので、あたしは発想転換をすることにした。
手の中にないカードをどうこう言ったってしょうがないのだ、手持ちの札で勝負をするしかないでしょうよと。
ジャガイモ自体、もともとは家畜の食糧として栽培されていたわけだし。
……ということは、ジャガイモ以外の家畜の食糧を人間の食糧として転用するって、いけるんじゃね?
ルタバといわれるカブの一種は、現世の実家でも家畜用食糧として扱われてたわけだし。
そういったものを王家が率先して食べてるとなれば、赤字夫人のなんのという悪評も打ち消すことができる。一石二鳥じゃん。
勢い込んで、あたしはヴェルサイユの食を取り仕切る大膳部へ問い合わせた。
が、反応はなかった。
精巧な儀式として王侯貴族の正餐を執行する大膳部の料理人たちにとって、あたしの問い合わせは、あれですね。「そのへんの草でも食わせておけ!」的なクソ発言でしかなかったようだ。
ちゃうねん、あたしが食べる気まんまんなんですぅ。
9月になって、それでも一つ懸念は落ち着きどころを得た。ようやくアメリカ独立戦争が終わったのだ。
フランスはイギリスからアメリカ合衆国の独立承認だけでなく、西インド諸島のセントルーシアとトバゴ、西アフリカのセネガル、インドの植民地をもぎ取った。
七年戦争で失った国際的威信も、国家的な自尊心も取り戻したのだろうが、その対価は膨大なものになった。ラキのもやに覆われ、絶望的な不作が確定しつつあったせいで、国民の体感する負担はさらに重くなっているだろう。
3日に締結された条約を記念して描かれた絵画では、イギリス代表が敗戦を恥じて描き残されないように願ったと言うが。
ひょっとしたら、後ろを向いて舌を出してたんじゃなかろうか。
その二週間後ぐらいだろうか、モンゴルフィエ兄弟がヴェルサイユにやってきた。公開実験のためだ。
科学発揚のための公務として、あたしもルイくんともども青い気球がぷかぷか浮くのを見物したりもした。
フェルセン侯子も、ロイヤル・スウェーデン連隊指揮官に任命されたとかで、華麗な軍服姿で参加してたけど。
あたしはしらんぷりをした。だって視線の温度が尋常じゃないんだもん!
気球に目をそらせば、乗っけられた鶏や家鴨、羊の鳴き声が、こけっこ、ぐぁー、めえ~と間断なく降ってくる。
牧歌的というか、シュールと言うべきか。
ちょっとおまぬけなさまからは少々想像しがたいことだが、この熱気球も、それこそフェルセン侯子も従軍していたアメリカ独立戦争の飛び火というか、なんとかヨーロッパでもジブラルタルをイギリスからぶんどろうという戦いが4年ほど続いていた最中に、効果的な攻撃方法として、考案されたものらしい。
だけどルイくんによれば、イギリスでも同時期に水素ガスを使った気球が考案されてたらしいので、実用化してもカウンターアタックをもらう可能性は大きかったようだ。
11月にネッケルの後任として、シャルル・アレクサンドル・ド・カロンヌが財務総監に就任した。
北フランスでは、地方総監としてその優れた行政手腕を発揮していた人らしい。ぜひともその能力を発揮していただきたい。
ギロチン回避はもちろんだけど、この火山の噴火の影響、特に凍死と餓死を減らせるだけ減らしてもらいたいのだ。
だけどその年、咳や肺炎で亡くなる人が多かったのは、モスリンドレスのせいだけじゃ、絶対にないと思う。
有害な火山性ガスは人間の粘膜も冒す。王妃のワイン調達係という官職に就いてる人は四人いるのだが、そのうちの一人がお亡くなりになったのもそのせいかもしれない。
「王妃のワイン調達係」というのは、馬に乗って王妃が移動する先々に従い、旅行中に王妃が空腹を覚えた場合に備え、パンとワイン、そのほかの食べ物を鞄に詰めて持ち歩く、というものだそうです。
史実では1784年1月1日、マリー・アントワネットがワイン調達係の官職が「当人死去のため空席」であり、シャルル/ペルティエの「熱意と勤勉な仕事ぶり」を鑑みて彼を任命、「ここから収益を得ると共に、栄誉、権限、特典、特権、免除、自由、報酬、給料、権利、利益、利潤、収入、習慣によりもたらされる恩恵を受けることができる」との勅許状に署名したそうです。
……官職に就いたものがどれだけの利益を享受したかがわかる文面ですね。




