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マリーとよばれて  作者: 輪形月


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21/39

レーヌで行きます!(その6 1780~1781年)

本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。

なお12月2日は、サド侯爵の命日です。

 4月、ある青年将校が、二度目の渡米をした。

 マリ=ジョゼフ・ポール・イヴ・ロッシュ・ジルベールという、家名や爵名を抜いた部分だけでもやたらと長ったらしい名前を持つこの青年は、『新大陸の英雄』なんて二つ名で呼ばれちゃいるが、国王であるルイくんの渡航禁止令をざくっと無視して、私設軍隊もろともアメリカ独立戦争に勝手に加わった人間だ。

 ラファイエット侯爵というそれなりの爵位を持ってる人間が、そこまで気ままでいいんかいとつっこんだねあたしは。心の中で、だけど。


 ま、まあ、同情の余地はあると思うのよ。二歳か三歳ぐらいでお父さんを亡くして、侯爵位を継がなきゃいけなかったとか。

 そのお父さんの死因ってのが、七年戦争でイギリスと戦っての戦死だとか。

 だけど、イギリス憎しって個人的感情に、ルイくんまで巻き込むなって思うのよ。同種の個人的感情が国民的感情ってやつにまとまってるのはわかるけど。


 あたしが大きく呆れたのは、ラファイエット侯爵ってば、国の軍隊――それも国王竜騎兵連隊という、れっきとした国王直属の、正規の軍隊だ――を買い取って、アメリカでの戦争に連れてったのよ。

 どんだけ王家を舐め腐ってるかなと思うじゃん。いくら高位とはいえ、ただの侯爵が、国の軍隊を自分のものにするとかさー。

 説得されるルイくんもルイくんだけど。絶対王政、がったがたじゃん。


 猫も杓子もアメリカへという、うんざりするようなこの風潮。それでも唯一ほっとすることができたのは、軍の王立バヴィエール連隊に入ったって噂を聞いた、例のフェルセン侯子まで、フランス派遣軍団連隊長副官として参戦するため、パリを去ったことだったりする。

 いやー、心底ほっとしたねあれは。


 てゆーか、それでいいんですか引き留めるべきではとか言ってくる連中も、小一時間は問い詰めたい。あたしのせいじゃないでしょーって!

 そもそも王妃のあたしに不倫を勧めてどうすんだと。

 不貞の疑いをかけられるより、視覚的うるおいを失った方がまし。小心者なんです。あたし。


 ルイくんはというと、あいも変わらず狩りに夢中で、トリアノン宮――あたしがもらったプチ・トリアノンの方じゃないわよ?――で、狩りにお供した人たちとしょっちゅう夕食をともにしたりしている。

 王太子のころからさんざん宮廷内じゃぼろくそに言われまくってたせいか、ルイくんは相変わらず自己評価が低い。それは謙虚な国王として悪いことではないのだけれど、人見知り傾向というか、懐に入れる人がごくごく少ないというのは困りものだと思うの。

 貴族なんてものは、国王からの人気獲得競争を繰り広げているようなものだもの。理想としてはすべての貴族に、自分こそが最も国王の寵を受けている臣下である、と、思わせることなんだろう。

 それを考えれば、義祖父陛下の人たらしっぷりはじつに見事なものだった。


 実際、ルイくんのそのやり方については、メルシー伯からやんわりと、マリア・テレジア陛下(現世のお母さま)も憂慮なされておられます、などと囁かれた。

 あたしの評価をマイナスに爆下げスタートしてくれたタッグが白々しい、とは思ったけれども。その言葉は、正直間違っちゃいないのよね。


 だから、あたしはあたしでルイくんのフォローにも力を入れた。

 三婆さまたちかららしき、相変わらずしつこいネガキャンにもめげず、人を集め、愛想良くふるまい、なるべく不公平にならないように声をかけ続けた。

 もちろん、すべてはこの絶対王政をうまく突き崩し、ゆるやかに立憲君主制、いや象徴君主制民主主義へと移行させるため。

 そしてなにより、あたしのギロチン回避のため。

 我欲で人は動くんですよ。あたしだって自分が一番かわいい。


 だけど、貴族が集まると娯楽を必要とするんですよ。

 あたしはもう金輪際手を出す気はなかったけど、それでもあたしのまわりに集まってきた貴族たちがバカみたいな額の賭け事をするのを止めることはできなかった。


 あたしが奮闘を続けて半年。

 イギリスの対アメリカ海上封鎖に対抗すべく、ロシアのエカチェリーナ2世が提唱……というか、スウェーデンやデンマークも巻き込んで作り上げた武装中立同盟が、通商航海の権利を守るとかいう名目で、商船に軍艦の護衛をつけ、襲ってきた船には、もれなくカウンターアタックしてヨシ!という武装中立同盟が7月に締結され、それを拡大解釈するかたちでますます海上の戦闘も激しさを増したころ、 お母さまが亡くなったという知らせが届いた。

 11月29日に亡くなったという。その知らせにはもちろん悲しみもあったけれども、どっちかというと衝撃の方が強かった。


 だって確かにヨーゼフ兄さまへの権限委譲は年を追うごとに多くなってはいたけれども、それでも神聖ローマ帝国を動かしていたのはお母さまだった。

 そのお母さまが亡くなったと言うことは、おそらく、神聖ローマ帝国は変わる。あたしの政略結婚もあってフランスとの間に結ばれてた、安定した関係も変わる。いや、変わらざるを得ないだろう。

 なんとかしなければとあたしは密かにつよく思った。


 あたしの決意は裏腹に、メルシー伯の嘆きようといったらなかった。

 もちろん貴族として、外交官として、そうそう内面の動揺を抜かれないようにとは取り繕っていたけれども、あたしの居室とかだと遠慮なく目がうつろというね。

 いくら神聖ローマ皇帝、というか、お母さま個人に、深く忠誠を抱いていたのだとしても、これは、ない。

 こりゃしばらく頼りにならんわと、放っておくことにした。


 お母さまの最大の遺産――もしくは負債――は、もちろん神聖ローマ帝国で、それはもちろんヨーゼフ兄さまのものだ。

 けれどもあたしにも、お母さまから送られたものがあった。大量の蒔絵コレクションだ。

 最初にリストを見たときには、ちょっとぞわっとしたね。そのあまりの多さに、お母さまの執着を見た気がして。

 そういやここんとこ漆黒の塗装がされたピアノが増えてきてるのって、お母さまの漆器狂いのせいだって話を訊いたことがあったけれども、それもまんざらうそじゃないのかもしれない。


 にぶく金にかがやく、どす黒い執着の塊。そして前世の記憶では当時気にも留めていなかった、あるのが当たり前のような日本の色。

 黙殺も無視もできず、二律背反をもたらすコレクションをあたしは持て余しつつ、だけど手放すこともできずにいた。


その年が明けて2月のことだった。財務長官――プロテスタントだという理由で、最高国務会議に出席できる大臣としての財務総監の肩書きを得られなかった――ネッケルが、『財政報告書』を刊行した。


 そう、『刊行』なのよ。

 財務関係のことを知らねばならないルイくんとか大臣だけが見ることを許されるような『報告書』とかじゃないの。

 お金があればブルジョワ層だって入手可能な『刊行物』として、ネッケルってば、自分の借金政策の正当性を主張したのよ。

 そして、ある程度の教養があれば、ネッケルの意図は読めなくとも、記載された国家財政状況は理解できるわけで。


 確かにフランスの国家財政は破綻寸前だった。それはここんとこ続いている冷夏のせいだけじゃない。

 先祖代々、あっちの国と戦争しこっちの紛争に首をつっこみとやらかし、先送りしまくってきた戦費の問題が大きい。


 それに加えて、ルイくんてばアメリカ独立戦争にもとうとう盛大に足突っ込んじゃってるしなぁ……。

 ひょっとしてラファイエット侯爵に国王竜騎兵連隊を売っぱらったのって、その借金削減って目的もあったのかもしんない。


 だけどネッケルってば、自分の功績を主張するあまり、『財政報告書』の中で、収支の黒字を自画自賛する一方、独立戦争参戦の膨大な赤字やその他負債をわざと書き落としたのだ。

 代わりに膨れ上がらせてみせたのは、宮廷関連の支出だ。


 真面目な役人ネッケルは、一生懸命職務を果たし、この国の財政を立て直そうと頑張りました。

 ああだけど哀しいかな、宮廷が金をすべて吸い込み、喰らい尽くそうとするのです。


 とてもよくわかりやすい浪費と放蕩の悪役として、宮廷の王侯貴族たちが指し示されたことで、市民はきっと素直に憎悪を宮廷に抱いたのだろう。

 そのせいであたしも『赤字夫人』呼ばわりですよ。なんだこの努力を片っ端からぶち壊されてる感じは。ふざけんな。


 これには、ルイくんもうんざりするものがあったらしい。

 だってネッケルの宮廷財政改革の一環として、宮内府狩猟部の職員の大規模なリストラを実施させたのは、前年の9月のことだ。

 そしたら(ムッシュー)馬頭(・ル・グラン)ランべスク公シャルル――当人ではなく、そのおかーさんって人が、ルイくんに抗議をねじ込んできたのよ。


 このおかーさん、ブリオンヌ伯爵夫人って人なんだけど、それまで女性がやったことのない王室主馬頭って官職に十年以上就いていたことがある。

 この官職は世襲職なんだけど、夫人の旦那さんの伯爵は息子がわずか九歳で亡くなってる。そんな子どもが満足に仕事ができるわけがないと、旦那さんも思ったんだろう。亡くなる寸前、当時の国王――義祖父陛下に、息子が成人するまで夫人に官職を譲りたいと申し出、その許可を得たという経緯がある。

 女性がサインした支出報告書を受け付けた前例がないと拒む会計監査院やら、馬車用馬を管理する小厩舎だけでなく、主馬頭の管轄する、戦闘や式典用の乗用馬の管理を行う大厩舎の権限を簒奪しようとする主馬(ムッシュー・)寮長(ル・プルミエ)といった難敵を向こうに回し、マダム・ル・グランとして世襲職を守りたおしたというのは、なかなかの女傑ぶりだ。だけど、息子のランベスク公はとっくに成人してるし、夫人も未練なく官職を息子に譲ったという。


 だったら、それ以上関わる必要なんてないじゃん。なのに国王に直訴するとか、旦那さんの訴えが通った時の頭のまんま、昔の成功体験で動いてないですかね?

 なんだこの自己主張の激しいおばはんと思って、ちょっと深く調べたら、あの、あたしが嫁いできた当初、フランス宮廷から総スカンをくらった原因、同輩公の前に自分の娘にメヌエットを踊らせた、あの元凶だったのだ。


 派閥ってのは、所属するのに利益があるから所属してるんだろうけれども、我欲を満たそうとするばっかりの人間ってのはじつにうんざりするものである。

 温厚なルイくんもぷちっと切れたらしいし、かくいうあたしも顔も見たくない相手だと思ったね。

 たしかにロレーヌ家というのは、フランス王家ともごく近い一族だ。そしてあたしの現世のお父さまの家ともつながりがある。

 おばはんとしては、毛並みのいい自分の娘をいいところ――もともとおばはん自身もロシュフォール公爵の一族だったってプライドもあってか、めぼしい大貴族には片っ端からアタックしてたみたいだ――へ、嫁がせようとしてたみたいだけど。

 なに、あたしとルイくんが本気でイラネするような相手、積極的に縁を結ぼうとする奇特な貴族など、そうはいないのだ。


 話がそれたが、あたしもルイくんもネッケルの宮廷財政改革には相当期待していたし、できるところから緊縮財政には協力している。

 だのにこうも一方的に汚名と悪徳をかぶせてくれるたぁ、よくまあやってくれたもんですよ。


 もちろん、ネッケル自身もただではすまなかった。別にあたしは手を出しちゃいないが、宮廷じゅうから総スカンをくらったのは言うまでもない。

 特に年々国庫から巨額な特別手当を受けていた歴代の王弟――この国の上位貴族はほとんどが王族だったり、王族の血を色濃く引いていたりする――は、それを暴露されたことに激怒した。

 王弟たちはパリ高等法院――義祖父陛下のころの因縁のせいで、国王たるルイくんとはきわめて相性が悪い――を抱き込んだ。

 結果、ネッケルは『財政報告書』刊行わずか三ヶ月で財務長官を辞任したのだった。


 そんなストレスフルな状況の中、あたしは二人目の子どもを産んだ。

 初産の時の大騒ぎとはうってかわって、たくさんの見物客で産室がラッシュアワー状態になるようなこともなかったんで、あたしはてっきり二人目も女の子かと思ってしまったくらいだ。

 だけど生まれたのは待望の男の子。文句なしの王太子だというので、パリでは歓喜の鐘が三日三晩鳴り続け、民衆にご祝儀が出たそうだ。

 この長男を、ルイくんはルイ=ジョセフと名付けた。

 これはルイくんのお兄さん、早くに亡くなったブルゴーニュ公ルイ・ジョゼフ・グザヴィエの名前そのままだ。


 折り合いが悪く……というか、有り体に言って、ルイくんは賭け事で食い物にされたり、馬鹿にされたりと、お兄さんに虐められていたらしい。

 そのお兄さんの名前を、わざわざつけた意味は何か。かつての王太子の名前だからという、ただそれだけなのか。

 どうにもぼんやりとしているくせに、やたらどす黒いもやが胸の中に重く広がる。そんな思いを外に出すこともできず、あたしはただ我が子の顔を眺めていた。

12/2 早速誤字報告をいただきました!

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