レーヌで行きます!(その4 1778~1779年)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
ヨーゼフ兄さまとお話しをしたルイくんが、どんな考えを持ったかはわからない。だけど学問好きのルイくんには、夏のおうちの話は興味深く思われたらしい。
そりゃあね、夏のおうちの動植物園は相当充実してますもの。
なお、動植物園などの設備は王族の娯楽のためだけにあるものじゃない。
植民地を持つ国ならば、植民地の風物の把握ってのは重要だ。
プラントハンターってのが立派に職業として成立するのは、異国の風物が珍奇だから、高値で取引されるからもうかるってだけじゃないのだ。
持ち帰った有用植物が本国の風土でも根付くかどうか確認し、時に品種改良も施すことで自国の生産能力を高め、さらには経済強化にもつなげられるからなのだ。
もちろん、動植物園はそれだけの設備を保有し維持できているという財力、ひいては権勢を誇示する材料という面もある。
あれだね、胡瓜のサンドイッチがえらい勢いで広まったのは、ヨーロッパの気候では育たない胡瓜を育てられる、温室という特殊な植物管理施設を保有し維持できるだけの財力を誇示できるアイテムだったって説。
ヨーゼフ兄さまはたぶん確信犯的にそういう意味でも動植物園の話をしたんだと思うけれど、ルイくんがそこまで読み切れたかどうか。
ぶっちゃけ、博物学上有益な設備があるなんて、素晴らしい!ぐらいの純粋な尊敬の目で見てたりして。
……ありそうだな。
だってルイくんだし。
それにフランス王室の温室ってば、基本果物専用なんだもん……。
さすがは美食の国というべきなのかどうなのかは知らないが、前世じゃ美術館の名前になってたオランジュリーとかがいい見本だ。
ともあれ、あたしも現世の実家と結婚相手の関係が良好というのはありがたいことだ。
帰国直後にあたしへ、仮面舞踏会に出るのはやめれというお説教の手紙を送ってくるのはともかくとして――てゆーか、仮面舞踏会であろうが通常の舞踏会であろうが、王室が主催するのに王妃が出なくてどうするのよ?――ヨーゼフ兄さまのおかげで苦節約7年という清い雑魚寝生活もなんとか終わりを告げたわけだし。
正直なところ、あたしがルイくんに抱いているのは、恋愛感情じゃない。
照れたり羞じらったり、もだもだと色恋に浮かれてられるような関係じゃないしね。
だけど、いたすことに拒否や嫌悪を感じることはなかったのは、長きにわたった雑魚寝生活のおかげもあると思う。
これだけ付き合ってればルイくんという人間が、そんなに悪い相手ではないというのはわかるし、それなりの好意というのも湧いてくる。
だから、いざいたした時も、それは愛情の確認というより、しなければいけない儀式のようなものではあったけれども、無事に終わってルイくんもあたしもほっとしたのだった。
プライベート面ではいいこともあったのだが、政治的には多事多難が続いた。
6月の末には財務総監だったチュルゴの後釜……というには、外国人である上にプロテスタントだというので、微妙に劣化型の官職しか与えることができなかったらしいが、ジャック・ネッケルが財務長官に就任したりした。
ま、宮廷人事に何の権限もないあたしが正面きって関与できるわけもないので。是非とも頑張って財政を立て直していただきたいと、遠くから祈っておくぐらいしかできないけれども。
ところがのんびりしたことを言えていたのも僅かな間だけだった。ヨーゼフ兄さまが去ってから一年たったころ、国内の交戦派を抑えきれなくなったルイくんが、イギリスに宣戦布告をしたのだ。
いや、それはさすがにどうなのよとあたしも思った。
2月にイギリス植民地だったアメリカの独立を認め、通商条約と攻守同盟を締結した――つまり、独立した国家としてアメリカを認める行動をしたんだから、それで十分だと思うのよ。数千人もの遠征軍を送り込むとか。正気の沙汰じゃないでしょが。
は?とっくに義勇兵率いて独立戦争に参加してる青年貴族がいる?
いやそれ内政干渉になるでしょうに。てゆーか、武器弾薬の類いを融通するだけでもばれたら大ごとになるだろうに。
そもそも国王のルイくんが、アメリカへの渡航許可を出してるとは思えないんですけど。
あたしに言わせりゃ、去年の秋にサラトガでイギリスが植民地軍に大負けしたのだって、別にフランスがイギリスより強いからじゃないんですよ!超無関係なの!
だのに内心ツッコミに忙しいあたしにまで粉かけてくる一派まで出てきた。戦意高揚にあたしまで一役噛ませたいのかもしれないが、提案されたからといって、フリゲート艦風髪型とかしないからね、絶対。
そもそも歴史的に見て、うちの国の海軍って勝ったら大騒ぎされるくらい弱いんですけど。だったら一勝したところでさっと和平交渉に入って有利を維持した方がいいんじゃないの?
政治的なゴタゴタと、それに伴って国の財政に大穴が開いただけじゃない。
あたしがわざわざしなくても、巨大艦隊ができそうな勢いで貴婦人の皆様が船を頭にのっけた髪型でのし歩く宮廷舞踏会にしぶしぶ出席したら、そこでフェルセン侯子と再会したり。
侯子に言い寄られそうになって、慌てて女官集団を盾にしたんだけど、宮廷のモラルハザードにどっぷりつかってる彼女たちがあんまりあてにならなかったり……といったどたばたもあって、つわりとか妊娠の兆候らしいものにもしばらく気づかなかったんだよね。
そう、ようやく子どもができました。あたし。
もちろんルイくんの子ですとも!
いくらルイくんとの間には、この国をなんとかしなきゃならんという思いから生じた同志愛ぐらいしかなかろうが、あたしゃ美形に口説かれたからって即堕ち二コマするような、ゆるい貞操観念なぞ持ち合わせちゃいないんです。
8月に懐妊を発表してからこっち、あたしはプチ・トリアノンにひきこもることにした。
面倒ごとを避けたいというもあるが、おなかを庇ってのこともある。
だってさー、妊娠してもコルセットはおろか、鉄製パニエをつけなきゃならんとか、なんだその苦行って感じですよ。
公式行事でもなきゃ王宮にいくもんかい。
……ただ、その公式行事ってのが山ほどあるんだけどね……。
そのせいで、フェルセン侯子がなぜかあたしの妊娠にショックを受けたとかで、フランス軍に入るそうですよーとかいう話も伝えられたけど。
そ ん な ん し ら ん が な 。
王侯貴族の微笑って、言葉にならない社交辞令なんですよ。スマイル0円の伝統は結構根深い。好感は与えられるようにしたいが、それ以上の関係性を一方的に要求されるんなら鉄壁と化すものだ。
侯子があたしの微笑み一つのぼせ上がるのは勝手だが、ただの社交辞令にいいように踊ってるのを見ると、だいじょうぶかなこの人という気にもなるでしょが。
いいかげんうんざりして、あたしはひきこもりレベルを引き上げた。
おかげで愛の神殿とかなんとかいう、わけのわからん建物がプチ・トリアノンに増えそうになってたのを止められたのは、思わぬ怪我の功名というやつだったろうか。
どうやらプチ・トリアノンの管理を任せてたところが暴走してのことだったらしいが、宮殿なんてものはテーマパークとちゃうねんで。
欲しいともなんとも言っても思ってもないのに、無駄な小規模リニューアルオープンなんてものはいらんのですよ。
下手すればパルマンティエの大事なジャガイモ畑まで潰されるとこだったというから、なおさらだ。
さすがにおなかが張ってくるとローブ・ア・ラ・フランセーズを着込むのもしんどい。そこであたしはプチ・トリアノンにいる間、なるべくらくな格好をすることにした。
ひだをたっぷり取ったローブ・ヴォラントさいこー!てなもんよ。
なるべく心穏やかに過ごそうと心がけ、いよいよお産が近づいたという時だった。
またもや信じられないようなことが起きたのだ。
生まれた子が王妃の子であることを確認できるよう、王妃の出産は公開されるしきたりなんだそうな。
聞かされた時にはまぢかいと思ったけど。
いや、扉は開けっぱなしだったけど、産室にされたサロンの中もベッド周りはついたてで覆われてはいたし、こっちは初産、おまけに陣痛で何が何だかわからない上にけっこう長い時間がかかったせいで体力なんて底を尽いてたから、ぜんぜん気がつかなかったんだけどさ。
産室の隣の部屋は、物見高い見物人どもがぎゅうぎゅうにひしめき合ってた、らしい。
仕事せいよ、暇人どもめ。
そうとは知らぬあたしがいざ生まれる、といきんだ瞬間だ。
だばだばっとすごい音がしたのだ。汗みずくになっていたあたしも一瞬ぎょっとした。なんでもなだれ込んできた連中が一部将棋倒しになったらしいが、そんなことなど確かめているいとまはなかった。
あたしが覚えているのは骨盤が叩き割られているような激痛、いきみが中途半端になったせいで脳貧血を起こしかけたのか、視界がどんどん暗くなっていったこと、ずるっと赤ちゃんがあたしの体内に引き戻されていく感じ、そして産婆だろうか、「力を、力を抜かないで!」という声。
いや、出産で命を落とす女性がいるわけだ。
後で聞いたら家具の上にまで攀じ登ってた者もいたとかで、ついたての上からのぞく目の数々に、半狂乱になったあたしは息も絶え絶えに、産婆以外を追い出して、と言ったらしいが、まったく覚えていない。
生まれた女の子は、ルイくんによってマリー=テレーズ=シャルロットと名付けられた。聖母マリアの守護を願うとともに、現世のお母さまから名前をいただいたわけだが、その結果、この子もマリーと呼ばれるようになったわけですよ。
ま、この国ってのは何代か前の国王が内乱を鎮めるのに、国を聖母に捧げますって言ったとかで、やたらとマリア信仰が強いんで、それはそれで悪くはない名前だとは思うの。
だけど、パリへ産後の祝別式と、それに伴う祝典のために行った時だ。
生後初の顔見せにも関わらず、民衆の目はおっそろしく冷たかったのだ。待望のはずの、ルイくんの子なのにだ。
あたしへの声なぞなおのこと。
フランスも現世の実家同様、サリカ法による男系相続しか認めていない。
ルイくんはあたしが無事シャルを産んだことに、ありがとうと感謝の言葉をくれた。シャルにも愛情を注いでくれている。だけど民衆は、次期国王となる男の子を熱望していた。その反動としての失望も大きかったのだろう。
けれど、あたしは孵卵温度で性別変化の起きる爬虫類じゃねーんです。産み分けなんぞできません。
……ということは、下手な鉄砲乱れ打ち方式で、今後も出産を繰り返す必要があるってことですか。はあ。
生まれたばっかりの赤ちゃんを君主として扱うしきたりってのはいくらなんでも滑稽だとは思うけどね。なにせシャルにもいろんな貴族や各国大使の一団といった人たちが真面目くさって御意を得に来たらしいし。
とはいえ。
まだ生まれてもいない我が子より、産んだばっかの我が子の方が重要ですとも。
あたしはなるべくシャルに自分のおっぱいを上げることにした。数人乳母としてピックアップされてた人たちには、経産婦としての経験を教えてもらうことに重点を置いた。
いや、真面目な話、粉ミルクなんてない現世でも、いざとなったらおっぱいなんて山羊の乳をしぼってでもなんとかできるのよ。
だったら、代替できない経験知の方がよっぽど価値があると思うの。
けれども、乳母さんたちの目は微妙にひややかだった。仕事を奪われたという不満があったようだが、安心できるはずのあたしの居室ですら、どうにも居心地が悪くなってしかたがない。
その慰めになったのは、現世のお母さまから出産祝いに送られてきた蒔絵の箱だけだった。




