レーヌで行きます!(その2 1775~1777年)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
8月のルイくん誕生日のことだ。
式典だか何だったか、リセ・ルイ=ル=グラン――パリ大学の教養学部的なサムシングだ――の学生がかり出されてたんだけど、ちょっと目にとまるものがあったんだそうな。
人に対しては基本無反応というか、つっこんだ評価をしないで受け流すのが常の、あのルイくんが学生を褒めるとは。
珍しかったから名前を覚えているかと聞いたら、マクシミリアン・ロベスピエールとかいうそうな。
ロベスピエール!
前世の入試勉強でつめこんだはずの、かそけき記憶の残骸によれば、ロベスピエールはフランス革命の主導者で、こいつのせいであたしやルイくんはギロチンにかけられた、はずだ。
ギロチンを回避したいあたしにとっては、超鬼門人物じゃないですかー!やだー!
だけど、ロベスピエールってのは姓なんですよ。
つまり、あたしがルイくんから聞いたロベスピエールが、前世であたしとルイくんの首ちょんぱに関わった、あのロベスピエールと同一人物かどうかまでは不明というね。
そもそも、革命ってのは一人でできるこっちゃない。たとえ同一人物だったとしても、今現在16か17ぐらいの、成績優秀とはいえ、ちょっと痘痕が目立つただの男子学生を、現世じゃあたしの記憶にしかない罪で処罰し、遠ざけるなり幽閉するなり――殺すってのは排除手段としては考えたくない。それやっちゃったらあたしも同類じゃない?――するってわけにもいかないんだよねー……。
それに、絶対王政だって法治国家なんですよ。いくら王妃でも、貴族だろうが平民だろうが意味なく罪に落とすなんてことはできない。
冤罪でっち上げるにしても、まずそんな後ろ暗い工作のできるような人間をそうそうお手軽に手駒にしてるわけもない。品行方正な王妃なんですよあたしは。なぜか悪評は消えないけど。
下手に悪役ムーブかましたら、今度はそれがあたしの罪状に加えられての断罪、とかにつながらないとも限らないしねぇ……あああ。
朝の狩猟にルイくんが出かけてった後のベッドで、あたしは頭を抱えてしばらくごろごろのたうった。侍女たちにも気づかれないように気をつけたけど。
だけど、そのおかげで腹も決まった。
あたしはあたしのできることをするっきゃない。だったら、不慣れで不当な後ろ暗いやり方なんてものに頼らず、正攻法でいこうじゃないのと。
穏当な手段でのギロチン回避のためには、自重も遠慮もしませんとも。
お風呂の習慣づけや好みの香水は徹底したんだから、次へ行こうじゃないの。
あたしが目を付けたのは、異世界転生ものの知識チートあるあるだ。
塩や石鹸の生成よりは地味だけど、ちょくちょく出てきたりもする。
それが規格化だ。
プチ・トリアノンの庭園の一画をジャガイモ畑化してもらってからこっち、庭師頭さんとはわりと話をする仲になった。
基本は次にどんな花を植えましょうかー、とか。畜舎側に生えてた林檎の木が実を付けましたーという、わりとのんびりした内容が中心だったり、収穫した林檎ですって見せられた実が、どう見ても前世のプラムよりちっちゃいんで、でかめのサクランボか姫林檎にしか見えなかったのにも、ちょっとびっくりしたけど。
それよりあたしが驚いたのは、国内の単位系がバラバラだって教えてもらったときだった。
いや、地方によって違いますよってのは、教えてもらったこともあったけどね。
だけどここまでひどいとか。まじかー、って感じですよ。
距離を示す単位であるリーグだって、地方が違えば倍ぐらいの長さになるとか。
よく、そんなんで絶対王政なんてやってられたもんだわ。だってところ変われば度量衡――税収に関係する穀物の収量単位まで変わるってことだもの。税だって均一になりようがないじゃない。
てゆーか。すごい不均等にかけられてそうじゃない?
不公平感は不満のもと。絶対政治情勢に影響する。
だったら、今のうちに是正すべきでしょうが。
あたしが規格化にてこ入れしようと思った理由は、それだけじゃない。
イギリスでおもちゃ扱いされていた蒸気機関について、ルイくんが実用性を認めていたからということもある。
そう、ここは近世で、近代科学の礎が築かれた時代なのだよ。
そしてそれは産業革命の引き金となった、んじゃなかったかと思う。たしか。
だけど産業革命の大量生産体制が整うには、産業規格の統一ってものが問題になるのだ。
だったら国内だけでも、今のうちに、その根本になりそうな度量衡ぐらい、統一しとくべきでしょう。それで優位がうまいぐあいに取れたらめっけものという下心もあったりする。
とはいえ、真面目な話、規格化や度量衡の統一ってのは地味だ。それに伝統的な度量衡に慣れて、それで不都合をあんまり意識してない人たちにとっては、新規格の導入は煩わしいことだと思うのよね。いくら最終的にはより便利になるといったって、新しいことに慣れなきゃいけないってことそのものが不便以外の何者でもないわけだし。
たしか前世でもメートル法が世界規格になってン百年というに、マイルやポンドという単位はまだ残ってたし。尺貫法を残すべしーとかいって、れっきとした犯罪になるものさしの私的作成ってのを、抗議活動としてやった人がいたとかいないとかってのは……違う話だったろうか。
閑話休題。
地味というのは効果が目に見えにくいということだ。
だったら、今のうちに他の打つ手も用意すべきだろう。
そこであたしはルイくん経由で度量衡の統一基準策定については放り投げ――王立アカデミーの科学者のところまで話が飛んでったらしいが、詳しいことはよく知らない――、何をすべきか考えることにした。
なにせ蒸気機関については、実用化はまだとはいえ、その発想とか技術は全部イギリスが握っているのに等しい。
つまりそれは、この国が動力源として蒸気機関を真っ先に導入するってことが難しいということであり、ひいては産業革命においてもイギリスより不利になるだろうということだ。
だって、現在進行形でアメリカ独立戦争やってんですよ?植民地としてのアメリカを維持したいイギリスが、独立を支持してるフランスに利益になるような知識、渡してくれるわけがないでしょ?!
渡してくれるよう、取引のために交換条件を作るというのも考えましたよ、もちろん。
だけど、蒸気機関には必須の石炭を抑えようにもねぇ……。
むこうは国内に炭鉱をきっちり持ってる。貿易面でなんかしかけようにも隙があんまりない。
結局、同じ土俵に上がって勝負すんのは悪手だとあたしは判断した。
ならば工場制手工業からの機械制大工業への変革速度、生産効率を競うよりも、手工業生産物の価値を上げ、高級品路線で売るという方向はどうだろうとね。
そこであたしは産業方面にいろいろ意識を向けた。
伝統的なところでセーヴル磁器はポンパドゥール夫人もひいきにしていた、わりとブランドとして価値が認められているものだったりする。あたしも真珠とヤグルマギク紋様で知られる食器セットを使ってるし。
フランス宮廷はヨーロッパ全体で美と文化の最先端というイメージで見られているし、それは食の面でも同様だ。
だったら、他の国へ売り込むには広告塔としてしょっちゅう使ってるところを見せるべきだろう。
逆に他国の流行にも、多少敏感になっておかなきゃなんない。
コッセ公爵夫人がダーム・ダトゥールやってたころからだったろうか、出入りを許していたベルタンという女性の服飾商の人が、時代はモスリンです!とやたらと力説するようになってきたけど、それだって基本輸入品だしねー……。
年が変わって小麦不足と高騰はようやく落ち着いたけれども、ジャガイモの増産だって研究はどんどん続けていただきたい。パルマンティエにも一言言っとくべきだろうか。
だが5月には、あたしの画策が吹き飛ぶようなことが起きた。
国王賦役廃止令だの、宣誓ギルド廃止令だのを矢継ぎ早に布告し、あれだけ財務改革にもばっさばっさと大鉈を振るっていた、テュルゴが財務総監を解任されたのだ。
やっぱり天候不順による小麦の不作が大きく影響をしたんじゃないかと思うが、詳しいことはよくわからない。
ルイくんが、そういう重要なことを、相変わらず話してくんないからだ。
いや、国王として機密を漏らしちゃいかんって思ってたのかもしれないけどさあ!
しかもテュルゴを解任したあと、反対派をなだめるためなんだろうけど国王賦役も宣誓ギルドも復活させるというね。
経済的自由主義の理念も、たった半年しかもたなかったって。……なんだかなあ。
呆れる間もなく、アメリカ大陸会議とかいう組織が7月にイギリスからの独立宣言を決議した。
もともと表明していたアメリカ独立への支援から、仮政府的な存在らしい大陸会議との、国家間同盟に切り替えれば、戦争に国として首を突っ込むという意思表明になる。
もしそうなれば、大義名分をもってイギリスへ報復を行う好機となる。
だけどルイくんは、外務卿ヴェルジェンヌ伯をはじめとする、熱狂的な貴族の一部を抑え、参戦への賛意を示そうとはしなかった。
これはあたしの推測だけど、ルイくんにとって、アメリカの独立というのは、君主制から脱却した新しい国家の可能性を示すもの、なんじゃないだろうか。
それは啓蒙主義に傾倒しているルイくんにとっては、理想が地上に形を取って現れたのも同じに見えて不思議はない。
だからこそ、ルイくんは、アメリカの独立には支援を表明した。だけど、フランス国王として、自国の利益を考えたら参戦することで自ら火の粉をかぶる気はなかった。
ゆえに、あくまで傍観者としての位置のキープに努めた、ってのは考えすぎだろうか。
だけどそのルイくんの慎重な姿勢も、12月になってアメリカ大陸会議の代表として、ベンジャミン・フランクリンという人がパリまでやってきたことで台無しにされた。
さすがにあたしも、夜遊びに出てきた放蕩王妃が清廉な新国家の代表とばったり、というシチュエーションを作られるのはヤだったから、しばらくプチ・トリアノンでひきこもってたけどさ。
熱狂的な歓迎ムードはパリ市民に留まらず、ヴェルサイユの王侯貴族までまきこんだのだ。
そんなにイギリスがへこまされるのが嬉しいのかって気もするが、なんでもアメリカ海軍の船の模型をずどどんと盛り髪にのっけてたどこやらの夫人が、模型をどっかにひっかけちゃって、外れるまで大騒ぎをしたとかしないとかって話も出てたくらいだ。
そんな狂騒ムードの中、年も変わり、1777年の春のことだ。
ヨーゼフお兄様が、お忍びでパリにやってきた。
って、お兄様!生きてるうちにまたお会いできたのは嬉しいけど!何やってんですか!
皇帝がほいほい異国の宮廷にやってくるとか、ないでしょ、まぢで!




