レーヌで行きます!(その1 1775年)
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
人はどんなことにも慣れるものらしい。目に刺さるほどうんこくさいヴェルサイユ宮殿にも慣れきっちゃったように、あたしは悪評があることにもかなり慣れてしまっていた。
結局万民に受け入れられる人間なんていませんし。王族だったらなおのことだ。
もちろん、諦めたといっても対策を投げ出したわけじゃないけどね。
あくまでもあたしはギロチン断固拒否ですとも。
てなことで多少ずぶとくなったあたしは、あたしなりにいろんなことを変えてみることにした。
といっても、そんな、ルイくんみたく大鉈振り回して、国の政治と経済引っかき回すようなことはしませんとも。あくまで身の回り改革ですよ、あたしの。
手始めに、プチ・トリアノンのジャガイモ畑を広げてみたくらいで。ちゃんとルイくんの許可済みです。
なに、離宮内を更地にしたとか、庭園全部を芋畑にしたとかといった、そんな大げさな話じゃない。パルマンティエに使用許可を出していた区画以外にも、新しく植える花を選ぶ時、庭師頭にお好みはと聞かれたから、『ちょっと手に入りにくい植物の花』と答え、その専門家としてパルマンティエを紹介したっただけですよ。
嘘じゃないし。フランス国内で、まだジャガイモが入手しづらいのはほんとのことですとも。
パルマンティエへの支援としては些細すぎるかもしれない。が、権力使ったせいで悪名がさらに高まる危険があるんじゃないかと恐れていたあたしにとっては、この程度のこともかなりの冒険だったりする。
なにせ戴冠式のころも小麦粉戦争の余波は続いていて、穀物の価格は高騰したまんま、食糧不足による世情不安、値段を操作してるんじゃないかという商人への不満から、暴動がちょくちょく起こっているのだ。
地方に軍隊を駐屯させたり、パリなどの都市では騎馬警察隊を巡回させたりしていたらしいのだけど、それでは押さえ込めきれなかったというね。
ルイくんたちは、うっすら煽動者の存在を疑ってたらしい。
だけどあたしに言わせりゃ、火なんてものは燃料がなければ延焼しないのだ。必要なのはたっぷりの水でしょ。
この場合には食糧不足の解消を優先すべきだと思うの。
そんなわけで、あたしもルイくんも、ジャガイモを普及させようというパルマンティエの努力にはすごい期待をしている。
だけど、ジャガイモを広めるには、悪いイメージを取っ払って、食糧として受け入れられやすいようにする戦略とともに、もっともっとジャガイモの実物が必要になる。最終的にはフランス全土に行き渡るくらい、種芋も増やさないといけないのだ。
例の偏見のせいで、種芋を増やしたり、品種改良したりしようにも、使える農場がなかなか見つからない、という話は前から聞いてた。
だったら、食用としておおっぴらに育てるのがまだ難しいというのなら、観賞用として扱ってやればいいじゃないのというわけだ。
もともとジャガイモは、新大陸の珍しい観賞植物として、ヨーロッパに入ってきたという経歴があるのだ。花を愛でるのに栽培してるといえば、大量に種芋作っててもそうそう文句は言えまい?
栽培場所がプチ・トリアノンというのもポイントだ。
なにせここは曲がりなりにも王妃の離宮。庭園には専用の庭師さんたちが集団でついてくれてる。
パルマンティエの研究が気に食わない人間がちょっかい出そうたって、宮殿外とはわけが違う。下手すりゃ首も飛ぶからね。物理で。
どうやら庭師頭さんたちともうまく話はついたらしい。おかげでルイくんがプチ・トリアノンに連れてきたパルマンティエは、あたしに丁重にお礼を言ってくれた。
そこであたしはパルマンティエに普及のアイディアを伝えた。
普及の準備ができたら、今度はイメージ戦略を行わなければならない。食糧として受け入れられるようにするにはどうすればいいか。
一番簡単なのが、有名人を起用すること。
なのでルイくんとあたしには、今後ジャガイモの花を贈ってもらうように伝えるとともに、ルイくんなみに科学的なものの見方ができ、なおかつジャガイモに対する偏見の薄い人を大々的に招待して、食事会を開くのはどうかと提案した。
ほんというとあたしだって真っ先にジャガイモ食べたいんですけどねー。宮殿の食事って、儀式なんですよ。
使われる食材にも決まりがありまくるので、そうそうあたしやルイくんがこのヴェルサイユ宮殿でジャガイモを食べられるかというと、難しいだろう、という判断だ。
出先のお城で食べられるようになったらいいなぁ、いう下心は満載ですとも。
イメージ戦略で、ちょっとずつ偏見を変えていくのと同時に、あたしは普及に人間心理を利用してはと言ってみた。
嫁いできてからこのヴェルサイユを埋め尽くす人々を見続けてきたせいか、あたしも彼らの性質がかなり飲み込めてきた。
それこそ公爵や親王といった大貴族から、洗濯女などの下働きに至るまで、彼らは好奇心旺盛なへそ曲がりだ。
知らされたことを鵜呑みにはしないし、売り込まれたら数歩引いてシニカルな目で見てかかる。そのくせ人の隠していることに首を突っ込み、ほじくり返すのが大好きだ。まるでトリュフを探す豚のようだ、などと思ってはいけないかもしれないが。
ならばぜひとも地面を掘り返してもらおうじゃないの。
種芋が増えたところで、あちこちに塀で囲ったジャガイモ畑を作っておく。そして厳重に見張りをしておいて……収穫期に、見張りを外したなら?
ぜったい貴重な、金になる作物と見て、掘り返した芋を持ち帰ってもらえそうじゃない?
そのあたりでレシピや種芋の保存方法、なんて情報を流せばいい。
しばらく目を丸くしていたパルマンティエは、ようやく我に返ると改めてあたしをまじまじと見た。
「……妃殿下の御賢察、御良策、大変素晴らしいものと感服いたしました。妃殿下の御温情とともに広く語り伝えたく存じます」
「あら。それは」
それは、やめておいた方がいい。
消しても消しても消しきれない悪評が示すように、王妃となってもあたしには敵意が向けられている。
まあ、賭け事で浪費するってイメージが勝手についてたから、それを逆手にとって、使える金のプールをしたりもしたけどね。
ちなみにその一部は、ルイくんの了承を取って、パルマンティエにも渡している。
だけどあたしはパトロンになりたいとは思っても、巻き添えを作りたいとは思わないのだ。
だから忠告ぐらいはしておこう。
「わたくしの浮気相手ということにされないように、気を配られた方がよろしいわ」
たとえ根も葉もない醜聞だろうと、この宮廷にいる人間は、造花に色をけばけばしく塗って飾り付けようとしたがる悪癖があるのだ。
案の定というべきか、現世のお母さまからは、プチ・トリアノンの建物に金を使うなというお叱りの手紙が飛んできた。
失敬な。あたしゃ建物なんかぜんぜんいじってないんですけど。
でもジャガイモ畑のことはばれてないようで、ならいいやという気になった。
なんせあたしは忙しい。身の回り改革はジャガイモ畑だけじゃないんですよ。
たとえば、午後の正餐をほぼ非公開にしてみたりとかね。
午後の正餐も、当然と言うべきか、食事という名の儀式だ。
慣例で毎日一般公開するのが当然だったんだけど、それをあたしは日曜だけにした。
だってさー、一般公開って『平民にも公開』ってことなんですよ。
そうなの、じつはヴェルサイユ宮殿ってめっちゃオープンで、わりと普通に平民も宮殿の中をうろついていたりする。
もちろん、洗濯などのお仕事をしてる人たちもいるけれど、それとは別に、それ相応の格好さえしていれば、見物客として、一般公開している庭園や儀式なんかも見物することができるのだ。
最低限の服装とエチケットだけは要求されるんだけど、宮殿に入るのに必要な帽子とかはレンタルしてたりもするというね。そのせいで国王の散歩ってのもちょくちょく邪魔されることもあったんだとか。それ最初に聞いたときは、いや、何してんの近衛兵仕事しろしとツッコみましたよ。内心で。
平民たちが遠慮のないのは、国王だけでなく王妃のあたしに対してもだった。じろじろ見られた挙げ句、ひそめたつもりか大声で、「なんだ、たいしたことない顔だな」とか言われてみ?
平民は空気として扱うのがマナーだって言っても、もきーっとくるじゃない?
いくらなんでもずーっと監視されてるとか。あたしゃ囚人でもなければ動物園の珍獣でもないんですよ。
じつは、嫁いできた当初の頃にも、見物人がやたら多いのがしんどくて、やんわり訴えたこともあるのよ。
そしたら、じゃあ制限を強めるようにはからいましょうと言われて、どうするのかと思ったら、入室する時にさらに料金を支払わせようって案がもう少しで実現するとこだったらしい。
そんなんでなんとかなるわけがあるかー!
さすがに卒倒するかと思ったわよ!
慣例ガーとか文句は言われたけど、あたしは黙殺した。おやすみの日でもないのに宮殿くんだりまで王族見物に出かけてくるとか。暇なのあんたら。
動物園だって休園日ってのはあるんですよ。いくら正餐とはいえ、もちょっと同席者に気持ちを向けて、自由に食事ができるようにしたいじゃない?
人事にも手を入れることにした。
手始めにしたのは、二代目ダーム・ダトゥールのコッセ公爵夫人に辞めてもらうことだった。
代わりに三代目をお願いしたのは、シメイ王女。
だけどこの方のセンスも、あたしの求めるモノと違ったので9月に辞めてもらった。
次のマイイ公爵夫人はかなり融通の利く人だったのがありがたい。
女官長のノワイユ伯爵夫人を始めとした、フランスに嫁いできた当初からお世話になってる人たちは、ずいぶんあたしの思い切ったやり方に驚いていた様子だった。
けれども、これまでは王太子妃だったから、遠慮してただけですとも。
もっというと、これまでおとなしくお人形さんやってたのは、そうしてれば三婆さまたちを筆頭に、権高な貴族女性たちが、こぞってくみしやすしと侮ってくれるから、って理由もあったりする。
侮られているのは屈辱だし、デメリットもあるが、こっちを未熟と侮ってくれるならば、情報収集その他いろいろ、それなりのメリットもあるから甘んじてただけ。
だけど、それは王太子妃であった時まで。今のあたしは王妃なのだ。なめられて生じるメリットなんて、もうどこにもなんにもないんですよ。
着なさいって言われたものと全部おとなしく着てたら、身体のあっちこっちが痛くなっちゃうようなもん、お付き合いしてられますかっての。
ローブ・ア・ラ・フランセーズは、素敵ですよ。それは。見てるだけなら。でもそればっかり着てたくはない。
だからたまーにルイくんの狩りにお付き合いする時は、あたしはドレス着てアマゾネスという女性の横乗りをするより、乗馬服を着て馬に乗ることの方が多いくらいだったりする。
ええ、馬ぐらい乗れますよあたし?
ヴェルサイユに来た直後は、そうそう乗馬もさせてもらえなかったから、ルイくんの弟2号と一緒にロバに乗ったりもした。
だけど、乗馬服のように、男装に近い格好というのは、それだけで不評だ。なんせそんな格好してただけで聖女も刑死する羽目になるお国柄というか、時代だから。
そうかといって、ドレスで横乗りもかなり面倒だ。女性の足は恥部なので、そうそう見せてはいけないのだ。ローブ・ア・ラ・ポロネーズの裾だって、くるぶしが見えるかどうかってとこなのに破廉恥扱いよ?
そんなんで横乗りしたら、ぜったいチラ見えする。
もちろん、乗馬用のスカート下なカルソンやキュロットっていうスリムパンツを穿いてるから、脚の肌なんて見えないよ?
でも、足の形が見えている、というだけで、もうだめと言われるとか。なんなんだ。
だったら、最初から女性は乗馬禁止って言ってくれたほうがすっきりするんですけど!
ちゃんと乗馬服って仕様があるのに、使うなって方がおかしいでしょー!
足を効果的に主張するのは娼婦だけっていわれてもねえ。
デコルテをがばっと空けて、下手したら胸全開になりかねないドレスや、男性がいる前で真っ裸になったり、お風呂に入ったりする人たちに、破廉恥って言われても。
価値観が違うとしか言いようないじゃん。そこは。
しょうがないのでルダンゴトという毛織物の厚手のコートをイギリス趣味の一つとして、乗馬の時には上に着たりもした。
人事異動したった人たちは、それでもずいぶんとあたしを見くびってくれてたらしい。前例や典礼を知らぬ小娘が恥を掻いていずれ泣きついてくるはず、とでも考えていたようだってのは、別のルートから耳に入れたことですよ。
いや、別にあたしは伝統をぶっこわしたいとは欠片も思ってませんよ。伝統格式大いに結構。
ただし、余裕がある時に限る。
小麦粉戦争の余波は、まだ続いている。
前世の日用雑貨が店頭から消えた時期のように、凶作の悲報と値上がりしてるって事実のせいで、あっという間に品薄になったまま、なかなか戻ってこないのだ。
髪粉に使う小麦粉もン十倍に跳ね上がったっていうから、節減しようとしただけで、ぴーぎゃー言われるとか。
いちいちまともに相手してたら、飢餓も餓死も防げない。そのことはよーくわかった。
まーたぴーぎゃー連中の中には、髪粉業者から賄賂もらって便宜図ってたらしい女官たちがいたんだけど、当人たちはなんら汚職をしたって罪悪感がないからなあ。
それが何か、だもん。
つくづく絶対王政下で、政治腐敗を防ごうとしても無理だと思ったね。もともと権力にすりより利権を得ようとする人間がいる以上、どんな政治形態だって汚職は免れない。
だけど絶対王政ってやつには、権力に法律の手綱がついてるかっていうと……不完全すぎるんですよ。
絶対王政という名前のわりに、王権は万能でもないし。
もっと動きやすくするために、あたしは社交でもそこそこ仲良くなれてたランバル公妃を宮中女官長というポストにつけた。王妃付女官長のノワイユ伯爵夫人や、衣装担当女官長以上の役職と権限を与えたのは、非常ボタン扱いといってもいい。
もちろん、必要なことにまでいちいち逆らうつもりはない。けれども譲れないというときに黙らせるには、それなりの権威を与えた人にやってもらった方がいいんですよ。
わかってもらえない相手に言葉を尽くす徒労と疲労ってないからねー……。
あたしの生活全般を取り仕切る総責任者は、あたしの意向にいちいち枠組みしてその中に収めようとしない人がいい。ほんと、それだけ。そのためだったら多少は金も出しますとも。お金で腹心の部下が手に入るというならきちんとね。
ギロチン回避のためには、いざというときあたしを裏切らず、助けになってくれる人間が必要なんですよ。
化粧や衣装をさくっとお手軽なものに変え、ついでにあたしはふだんの社交に使うドレスも少しずつ自分が必要と思うものに変えていった。
たとえば髪の結い方。これも以前はラルズニュールという髪結い師さんにあらかたやってもらってた。お輿入れの時も、いいぐあいにエレガントなフランス流の結い方をしてくれた人で、だいたい公的な場に出るときはこの人にやってもらってた。
だけど、それ見て文句付けてくる人がいたのよね。
あたしが小柄すぎて見てくれ悪いって。
あーのねえ。そりゃあたしは小さいですよ!のっぽなルイくんの隣にいれば!
これでも、上げ底しまくってるんですよ!ヒールの高さ見せちゃろか!これで踏んだら悶絶するやつやで!
あんまりむかっ腹が立ったんで、あたしはレオナールという髪結い師さんに、なるべく高めに髪を結い上げてもらうようにした。
長く伸ばした髪をわしわしと逆立て、盛り髪にしたてた上に、リボンや羽根を飾ってさらにボリューム倍増ドン。
……いや、ヴィジュアルバンド顔負けのとさかっぷりは、正直コスプレというより、仮装レベルだとあたしも思う。初めて鏡を見たときは内心引いたし。
だけど、これが宮廷の当世風というやつで、しかもまだおとなしく、なおかつ王妃としての気品を維持するものというのだからしょうがない。
だってさー、このシルコンスタンス風髪型ときたら、プーフをつかってボリュームをだした髪の毛の上に、流行り物をドデカ盛りにするのが一般的なんだもん。
流行りのオペラの演目から異国風に結い上げた髪に、出てくる小道具を絡ませて、珍しい染めの布をリボンにして結ぶ、なんてのは大人しい方。
センチメンタルとかいう髪型にいたっては、子どもを亡くした女性が石棺や骨壺の模型、赤ちゃんの人形をのっけてたりするんだもん。
ぶっちゃけホラーです。
だけど、外見で威嚇するというのはある程度効果があるものだ。
小柄なせいか、それとも男漁りの悪評のせいかはしらないが、王妃のあたしを口説こう、あわよくばルイくんから寝取ってやろうってやつが、ニチャアっとした笑みを浮かべて寄ってこなくなっただけでも、選んでよかったと思ったくらいよ。
前世でもあったよね、黒髪ストレートだとおとなしそうに見えるからか、ストーカーとか変質者ホイホイになりやすいって話。
逆にビビッドな色を入れたり、パンキッシュなファッションしてたりすると、その手の人間が寄ってこなくなるのはいいけど、かわりに男も寄ってこなくなるとかどうとか。知らんけど。
だけどこのファッションにも、現世のお母さまときたら、すごい勢いでお叱りの手紙を送ってきたものだ。
気持ちはわからなくもない。4月にイギリス本国とアメリカの間で発生した独立戦争に、ルイくんってば即刻いっちょかみしたんだもの。
戦争って金使うのよ!ただでさえ国の税制が赤字でじったばったしてるってのにどうする気なのよ。
そんなときに日常生活で仮装レベルの格好してるとか。亡国まったなしに見えてもしょうがないわね。
ルイくんの上の妹、クロティルドちゃんがサルディーニャ王国に嫁いでいったこの年、あたしはロベスピエールの名を初めて聞いた。
6/2 誤字報告ありがとうございました!




