ド・フランスじゃねーよ!(1773年)
あけましておめでとうございます。
本年も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
去年、とうとうフランスの同盟国であるポーランドが、オーストリア、ロシア、プロイセンに分割された。
宮廷内では――それも、あたしづきの女官たちのように、国内の政治派閥はともかく、国際情勢なんてものに疎い人たちの間では――まったく話にものぼらないほどだった。
なぜなら、義祖父陛下が何もしようとしなかったから。
同じく何も手を出さなかったあたしがいうのもなんだけど、同盟国の国王ってそういうものなんだろうか。
ポーランド分割に口を出すなよと三国に釘を刺されたわけでもないだろうに、同盟相手が目の前で息の根を止められ、解体されていくことに抗議すらしなかったのかなと思うと、やっぱり陛下の政治センスって謎だ。
新大陸のボストンで、原住民の紛争をした徒党がお茶の葉を舟から捨てたとかいう、なんだかきなくさい噂も聞こえるようになり、じわじわと少しずつ、しかしはっきりと宮廷内の空気が少しずつ変わり始めていた。
ルイくんの二番目の弟、アルトワ伯がようやく11月に、サルデーニャの王女、マリー・テレーズちゃんと結婚したこともある。
おととしプロヴァンス伯、ルイくんの一番目の弟くんがマリー・テレーズちゃんのお姉さん、マリー・ジョゼフィーヌちゃん――って、あたしより二つ年上だからお姉様呼びをするべきか、それとも――と結婚したのとあわせると、これで兄弟が全員結婚したことになる。
そしたら三婆さまをはじめ、結婚結婚とやいやい言ってたうるさい人たちが、今度は子ども子どもと大騒ぎですよ。
この場合、矢面に立たされて一番貧乏くじをひくのは誰かって?
フランス王子三人衆の一番上、ルイくんと真っ先に結婚したあたしなんですよ。ええ。
長男の嫁って、どこの世界に行ってもいびられるのがデフォなんだろうか?
三婆さまってば、あたしをお子さまだとルイくんに吹き込んどいて、それでいて子を産め産め、産めないなんてなんか問題でもあるのかと言いたい放題。ダブルバインドもいいとこだ。
それどころか2月におしのびでオペラ座に出かけたら、さもあたし一人がしょっちゅう男漁りにほっつき歩いてるような噂にしたてて、宮廷じゅうにばらまいてくれるんだもん。
あーのねー。あたし一人でパリくんだりまで出かけられるわけがないでしょが!
おつきの侍女に女官に護衛たち。ぞろぞろ引き連れて動くに決まってるっつーの。
そんな大名行列で誰が不貞なんかできるかい。
おまけに、ルイくんと、プロヴァンス伯夫妻といっしょだったんですー!
なのにゴシップ記事を書き立てる新聞やら小冊子やらが飛び交うし。やだもう名誉毀損で訴えてやる。てか自分の国の王太子をそんだけコケにして、何が面白いのさ?
ついでに言わせてもらおうじゃないの。
あたしに子ども?
できるわけねーっつの。
問題ならもちろんありますとも。
まだルイくんとは雑魚寝ですからー!
ルイくんとは、寝入るまでぽつぽつと話をすることが増えていた。
だから、子どもはまだかって聞かれてどう思いますってやんわり聞いてみたりもした。
そしたら『神がいずれ授けてくださるだろう』とか言うんですもん。
神って!神って!
なんでそこで宗教行っちゃうの!
あたしの名前は確かにマリアですが、聖母じゃないんですよ!
夫とあれやこれやどころか不貞も犯さず、単為生殖で次のフランス国王産めとかなんだその無理難題。
しかも、人間の機微にめっちゃ鈍感なルイくんはいまいち気づいてないみたいなんだが、子どもマダーと聞いてくるのは期待とか励ましだけじゃないんです。あたしとルイくんをどういたぶろうか、弱みを見つけたくて、噂雀……なんてカワイイ表現じゃ追っつかない、金棒引きどもがぎらぎらした目で取り囲んでるというね。こっち見んな。
そりゃさすがにあたしも焦りますってば。前世じゃまだ高校生なお年頃なんですけどね。
人間の生殖活動にはおしべとめしべ以前の思考に陥るルイくんだが、植物に関しては近代的というか科学的な思考をしていたりもする。
政情とか微妙な話はつっこんで語りたがらないルイくんが、珍しく饒舌に話してくれたのは、おととしブザンソンのアカデミー主催懸賞論文で受賞した、アントワーヌ=オギュスタン・パルマンティエという人物が売り込んできた『悪魔のパン』と呼ばれる作物についてだったのだ。
早い話がジャガイモです。
だけど、花は咲くし実はなるけど種が取れないので増やすのに難航したとか苦労談を語られても。そりゃ種芋で増やしてないからでしょうとしか言えませんて。言えないけど。
あたしに聞けば教えたげたのにってね。教えられないけど。
あ、いや、よくある前世知識でチートとかそんなんじゃなくって、ハプスブルグ皇帝家で得た知識ですとも。
ジャガイモをヨーロッパに持ち込んだのは、海洋国家で南米に早くから進出してたスペインだったか。
だけど当初ジャガイモは観賞用扱いだったのだ。まともな食糧と見なされ、広まるのには相当な時間がかかったらしい。
理由はいくつかある。
まず、宗教的なもの。
昔からというから、中世ぐらいからあった考え方らしいのだけど、植物の地上部こそ神が人間に与えたもうた食物であり、カブラやジャガイモといった土中になる作物など聖書に出てこない。ゆえに、それらはいいとこ家畜の飼料で、悪ければ悪魔の食べ物扱いが相当であるという考え。
これに、ヨーロッパに原生していたナス科植物のほとんどが、ベラドンナやヒヨスといった、いわゆる魔女が使うとされていた毒草であったことが輪をかけた。らしい。
実際、ジャガイモ自体にも毒がある。前世でも芽をとれ、緑になった皮は厚く剥けと言ってたのはそういうことだが、人間の食用として認知されなければ、毒を除去して安全に食べる方法なんて普及しづらいに決まってるでしょうに。それでも有毒なミニトマトっぽい実の部分どころか、飼料認識の芋を生で食べたとかいうチャレンジャーな人まで出たようだが、結果中毒すればなお偏見と警戒心は強くなるというもの。
くわえて、どうやらジャガイモの外見というのは嫌悪感を誘うもののようだった。
品種改良前ってことなんだろう、芋もあたしが前世で知ってた品種よりもずっと小さなものしか取れないのだが、その形や色が、ある種の病気で発生する潰瘍に似ているせいで、食べると病気になる、という珍説まで飛び交ってた、らしい。
ルイくんがパルマンティエ氏の論文に目をつけ、新たな食糧確保手段として採用しようとしたら、1748年にジャガイモの栽培を禁止する法律が制定されていたので、まずはそれを廃止しなけりゃならなかったんだとか。
だけど、このフランス国内の対応は、正直ヨーロッパ全体で見るなら遅れてるといってもいい。
ジャガイモは、小麦が取れにくい冷涼な土地でも、けっこうな収穫が期待できる。おまけに可食部が土の中なら、地上の茎さえ刈り取ってしまえば、小麦だの豆類だのしか食物として認識してない人間の目がごまかせる。場所によっては領主や国王の奨励もあって、ハプスブルグ皇帝家の領地どころか、もっと北のプロイセンでもジャガイモの植え付けは広がっていたようだ。
なに、冷害による飢饉の年には、身分の上下を問わず家畜飼料用のカブラを食べたって話も聞いた。動物が食べられるのに人間が食えないわけがないなら、同様に飼料用のジャガイモを、人間用に流用しないってわけがない。
パルマンティエ氏が『食糧難の際に人間の一般的食物となり得るのはいかなる植物か。そのためにはいかなる用意が必要か』という課題でジャガイモを論じるのができたのも、冒険心と空腹を抱えたどっかの誰かが先駆者となってくれたおかげだろう。
氏は七年戦争でプロイセンの捕虜になった時に、ジャガイモを食べて生き延び、その経験から論文をものしたのだとか。
この国は伝統と革新の両極端に動く国だ。
啓蒙思想の精華開く中心になっているくせに、食の保守性ときたらとんでもない。
まあ、じんわり旱魃だの冷夏だのが原因で不作とはいわれているが、未だにカブラ同様、ジャガイモっては下々の者が食べるもの扱いされてるってこともあるし。より高級な食材をとこだわれるだけ、まだまだフランスが豊かではあるんだろう。
それでも拒絶の壁をなんとかこじ開けたパルマンティエ氏の努力の甲斐あって、去年パリ大学医学部は、ジャガイモの食用について承認したという。
だけどいいことがあれば悪いことも起きる。氏が薬剤師として働いていた病院の試験農場でジャガイモを栽培していたら、病院に苦情がきて、農場の使用を禁止されてしまったんだとか。
「まあ。……何か助力ができればよいのですが」
そう言うと、ルイくんは意外そうな顔をした。
まあ、この寝物語も、ぶっちゃけ話題があんまりなかったってのと、自分がやってることについて語りたかっただけって部分があるんだろう。
そもそも、あたしになにかさせるという発想がないんだよね、ルイくんは。
あたしを利用する気がないととれば、それは安心材料になるんだろうけど。あたしになにかをする能力がないと見ているとすれば、これほど腹の立つことはない。
だけど、どっちにしてもこの件については、あたしは手を貸す、というかダイナミックお邪魔しますな勢いで、首をつっこみに行くつもりだったりする。
たとえ前世で知ってたどの品種より、青臭くてえぐみが強い芋だとしても、アクさえ抜けばすこしはおいしく食べられるはずなのだ。
それより、なによりだ。
フライドポテト!ポテトチップス!
ちょっとぐらい知識チートに挑戦してみたくなったっていいじゃないのー!
たまに夜中にパリに出かけていくのだって、なにも遊びで行ってるだけじゃないんですよーだ!




