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トワネットな日々

本日も拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

 知らない天井、いや豪奢な天蓋に覆われた巨大なベッドにうろたえ、かしずく使用人の存在に驚き、鏡を見てすごい美少女に「これ誰?」となるのは、トラック轢殺と並ぶ異世界転生の王道テンプレだろう。

 いや、あたしは赤ん坊の頃から転生者という自覚はあったし、成長していく自分の外見ともおつきあいしてきたので、今さら自分の顔面偏差値の高さに呆然とはしない。

 たまに鏡の中の、天使と見紛うばかりの美幼児に見蕩れはするけど。

 

 プラチナブロンドにブルーグレイの眼。やわらかい線だけどすっと通った鼻に、ビスクドールのようなぷっくりとした小さな唇。

 眼福まちがいなしな自分の外見にも慣れるように、あたしは周囲の物事にどんどん慣れていった。人間って、慣れないことにも慣れるのね。

 まだ三歳にもなんないあたしの普段着が、幼児サイズに縮小されてるとはいえ、まんま公式なパーティにも出られそうな、超豪華ドレスだったりとか。

 水晶のシャンデリア、各所に金を施したきらきらピカピカな内装。

 触るのも怖いような高級の上に超が三つはついていそうな家具が、これまた超高級な手織り絨毯の上に無造作に置かれている部屋の様子とか。

 侍女のおねーさんたちが『姫さま』とあたしのことを呼ぶのにも。


 そう、『お嬢さま』じゃなくて『姫さま』呼びがデフォルトなのだ。

 ってことはー、貴族の中でもかなり上位、公爵とか侯爵あたりの家に生まれたんじゃね?!

 転生ガチャ勝った!神さまありがとう、前世でも死後でも遭ったことないけど!


「トワ」

シャロ(カロ)ねえしゃあ(姉さま)♪」

 

 ひっそりと喜びを噛み締めていると、声がかけられた。大好きなカロ姉さまだ。

 姉さまはにこっと笑ってくれたけど、少し眉を曇らせた。

 

「その幼口(おさなぐち)もかわいいけれど、早くきちんとお話できるようになりましょうね、トワネット。もう一度、言ってごらんなさい?はい、『お姉さま』って」

おねーしゃあぁ(お姉さま)


 ごめんね、乳歯がまだ生えそろってないんで、発音が悪いんです。

 てか、あたしと三歳しか違わないカロ姉さまが、めちゃくちゃかわいいんですけど!

 美幼女がお姉さんぶって、メっと(たしな)めてくれるのは、むしろあたし的にはご褒美ですありがとうございます。ぐふ。


 トワネットと呼ばれたけれど、あたしの名前はマリアで、お母さまの名前もマリアという。

 ついでにいうと、カロ……カロリーナ姉さまだけじゃなく、十人いたというお姉さまたちも、全員マリアという名前なんだとか。

だからあたしは、セカンドネームのアントーニアから、トワネット、と呼ばれている。

 それもカロリーナ姉さまあたりが、口の回らない時分にそう呼んでたのがかわいかったから、とかいう理由で、あたしの愛称になったんじゃないかなと推測している。

 かわいいからヨシ!かわいいは大正義だから!

 

 お姉さまが十人もいただけでなく、お兄さまも四人いたという。つまり、あたしは十五番目の子だ。

 全員お母さまがお産みになったお父さまの子ですよ。もちろん。

 毎年のように出産が続いたというから、つくづくお二人とも頑張ったなー、などとちょっと下世話な他人事視点になっちゃうのは、これがたぶん転生者の感覚ってやつですかね。

 だってこの世界、めちゃくちゃ衛生状態よくないんだもの。

 下世話はまだしも、命の危険を賭してお母さまが十五回も――間違えた、一つ下の弟、マクシミリアンもいるから十六回だ――出産に挑まれた、その覚悟は決して茶化していいものじゃないと思う。

 

 実際、長姉だったリースル姉さまは小さい頃に亡くなられている。

 カロリーナという名前のお姉さまも、実はカロ姉さま含めて三人もいらっしゃる。だけど、最初のカロリーナ姉さまと二番目のカロリーナ姉さまは、あたしが生まれる前に身罷られていらっしゃるらしい。

 そんなことを考えると、正直、七人ものお姉さまと、四人ものお兄さまにかわいがられながら、一歳違いの弟を愛でられるという、この素敵ポジションは、ちょっとした奇跡だと思う。

 無事すくすくと成長できてるだけじゃない。娘としては末っ子だけれどおねえさんとか。なんといういいとこ取り。


 かわいがられるのは嬉しいので、あたしはどのお姉さまもお兄さまも大好きだった。

 ただ、ひっそりこっそり単独行動ができないのって、ちょっと困る。

 転生もののお約束として、スターテス画面の確認とか、覚えていることを書きだしたりとかね。したかったんだけど。

 怪しまれないように、人目を避けようとしても、誰かが必ずそばにいるの!

 あたしが幼児なせいもあるけど、お下がりとか命じても侍女のおねーさんは聞いてくんないし。

 それに、カロリーナ姉さまが同じ部屋にいるんだもん。

 最後の手段と夜中に起きて、こっそり『スターテス』と唱えてみようにも、幼児ボディは爆睡体質。スヤァしたら朝ですよ!


 しょうがないから、あたしは今の幼児状態でもできること、周囲の観察に全力を注ぐことにした。幼児偽装も欠かしませんから!


 貴族といったら夫妻は冷え切った関係で、片親だったら後妻と連れ子を警戒し、姉妹がいたらズルイ妹と悪役令嬢姉を疑え。

 これ異世界もののテッパンな。

 

 だけど、お父さまとお母さまが不仲とかナイナイ。そもそもテンプレ状態だったら、ほぼ毎年のように妊娠出産するわけないでしょ?

 驚くべきことに、お母さまたちは恋愛結婚だったそうで、今も関係は良好――というか、むしろ弟のマクシミリアンが生まれた後も、アツアツ現役って感じだもんなあ。

 お父さまは貴族のなかでも、為政者というより趣味人で、そのぶんあたしたち子どもたちにも甘い感じだし、お母さまは苛烈な実務者として豪腕を奮ってる。当然、あたしたち子どもへの評価もわりと厳しい。

 真逆なようだけど、でも、だからこそ相性がいいのかもしれない。

 あんまり高温すぎて、あたしたち子どもたちが甘えにくいって弊害はたぶんあるんだろうけど。

 

 お姉さまたちも、お兄さまたちも、そこまで不仲って感じじゃないんだよね。

 年の差があるから、たしかに一番年かさのお姉さまたち、お兄さまたちとは滅多にお会いすることもないし、べったりいつでもくっついてる、ってわけでもない。

 けれど、いつでもどこかでお互いに意識しているというか、気にかけているというか。典型的な異世界もの貴族社会の住人よりも距離が近い感じ。

 みんなで狩り……というか、特に女性サイドは、ほとんどピクニックに近い、野外イベントをしたりとか。バレエとかオペラを観に行ったりとか。家族で行動することがわりと多いってこともあるのかな。

 継親の存在?いやいやないっす。

 

 どうやら、この世界は定番の異世界ものとは、違う路線を走っているらしい。

 その事は四歳ぐらいで悟りましたよあたしは。

 たっぷりのフリルとレースとリボンとタックにまみれたドレスはさておいて。

 じゃあ、次のチェックポイントは学園か?!とも思ったんだけど、どうやらそっち方面の乙ゲー的展開もないらしいと理解したのは、家庭教師がつけられてからだった。


 そう、勉強内容に合わせて家庭教師が何人もついてるの!最初は貴族キタコレとテンション上がったわ!

 読解とか作文とか、語学とか。座学で脳味噌死んだけどね!

 

 そういえば、異世界貴族女性のたしなみって、魔法に刺繍とかの見栄えのする手芸、あと孤児院の慰問に社交ダンスだって思うじゃない?

 うん、そこからしていろいろ違ってた。

 まずこの世界、魔法はない。

 そうと知った時は『ふれいむあろー』とか、『さんだーぼると』とか、とりあえず詠唱してみるという、厨二な行動をとらなくてよかったとつくづく思った。

 自分の体内に魔力を感じてみようとか瞑想してたら、便意を催していると勘違いされて、おまるを用意された、なんてことはなかったんや!

 

 手芸関係や慰問関係はほぼスルー、舞踊は教えられたけど。最初の数分であたしは悟った。

 これ、社交ダンスだけじゃない。バレエもだわ。

 やりい、習ってた前世の杵柄、転生チートキタ――!

 ……と思ったら、トゥで立たないとか、いろいろ細かいところが違うせいで、天才現る、みたいな騒ぎにはならなかった。

 うん、でも覚えが良いとか褒められたってことは、地味に効果があったのかもね。

 

 うちの家族は音楽にはちょっとこだわりがあったみたいで、楽器の演奏と歌唱、というか声楽の教育には、かなり力が入ってた。

 ハープみたいな巨大弦楽器をさあ弾けとか。オペラをお姉さまたちと演じてみましょう、とか言われるって、そうそうないと思う。

 でもまあ、チェンバロはピアノだと思えばわりととっつきやすくはあったかもしんない。ピアノもやっててよかった。

 前世の習い事って、やっぱりばかにはなんないものだと思ったりもした。 

 そんなピノキオレベルに鼻が高くなってたのも、あたしより小さいのにピアノのうまい子の演奏を聴くまでだったけど。


 ウォルフガングス・モザルトという、その子に会ったのは、あたしが七歳のとき、夏のおうちの鏡の間でのことだった。

 はっきり言って、最初あたしはその子を馬鹿にしてた。だって赤ん坊みたいな子だったんだもの。

 演奏のために呼ばれた楽師で平民なのに、雇い主かつ貴族であるお母さまの膝の上に飛び乗って、首に抱きついて何度もキスしたりとかするの。マジ信じられない。

 鷹揚にそれを受けていたお母さまが、なんとも大人物に見えてしょうがなかったくらいよ。


 でも、お母さまには、その無邪気さ愛らしさがよかったのかもしれない。

 その前の年に二番目のカール兄さまが、その年に八番目のガブリエーラ姉さまが亡くなられたせいで、ずっと悲しみに沈まれていらしたし、あたしたち家族も腫れ物に触るような扱いをしていたと思うから。

 あたしと弟のマクシミリアンの大礼服を、その子と、その姉というナンネルって子に一着ずつ下げ渡したのは、そういう意味もあるんだと思う。

 

 それに、ウォルフィーとか呼ばれてたその子の、だいぶ行儀のなってない、というか赤ん坊みたいな子という印象も、ハープシコードの前に座ったら一変した。

 ああ、どの世界にも天才っているんだな、って納得させられるくらい。あたしみたいな転生チートなんて、微量バフでしかないんだなって。

 でもピアノの前とそれ以外の落差がすごかった。

 お辞儀をしたとき、つるつるに磨きたてられた床に足を滑らせた、と思ったら盛大に転んじゃったのだ。

 見る間にべそっぽい顔になっちゃったんで、しょうがないなーと助け起こしてあげることにした。

 本格的に大泣きでもされたら、余韻だいなしだし。

 それまで子どもっぽく振る舞うようにしてたら、なんでかわがままだって言われるようになっちゃってたから、イメージアップ作戦のチャンスってこともあったし。


 そしたら、みるみるにぱーっとした笑顔になったと思ったら。


 「きみ、やさしいから、大きくなったらぼくのお嫁さんにしてあげる!」


 だって。

 今生初のプロボーズだったわー。やだもう照れちゃったわー、ストレートすぎて。

 でもその直球っぷりがちょっと嬉しかったわ。悪い?


 だけど、お母さまにはお気に召さなかったらしい。

 もともと好きなものはとことん好き、嫌いなものは思いっきり嫌うところのあるお母さまだ。

 レオポルトとかいうその子の父親の、強引な売り込みぶりもひどかったのだろう。お兄さまたちにも、もうその子を宮廷で雇っちゃダメと厳しく言ってたっけ。

 けれど、ぱっと手のひら返しをしておいて、しかもそれを相手に悟らせないあたりはさすがですよ。

 そのせいかどうか、レオポルトは他の国々の宮廷を巡る演奏旅行中にも、お母さまたちに寵愛されたことをずいぶん長いこと吹聴してたみたいだし。

 

 ほぼ末っ子ポジションでたっぷり愛され、かわいがられ、甘やかされていたのも、あたしが十歳になり、お父さまが亡くなられたころまでだった。

 もともとその前から、それこそ初プロポーズなんてされるはるか以前にはもう、あたしの結婚については大枠を決められていたんだと思う。

 お母さまの指示で、あたしは十四歳で結婚することになった。完全な婚姻外交というものだ。

 前世の常識じゃ、未成年にもほどがある。

 けれど国のためなら、そんなことは言ってられない。そのくらいのことは納得した。

 納得、できてしまった。

 

 ……もともと、覚悟はしていた。

 カロリーナ姉さまも、夏のおうちですぐ上のヨーゼファ姉さまが亡くなってから、二年前にばたばたと嫁がれた。

 カロ姉さまが結婚すると聞いた時には、あたしも思わず泣いてしまった。

 小さい頃から同じ部屋でずっと一緒に暮らし、それこそおはようからおやすみ以上に長い時間、親しくしてもらっていたカロリーナ姉さまが突然遠い他国に嫁がれ、滅多に会うこともできなくなってしまうということが悲しかった。

 けれど、それ以上に悲しかったのは、あたしも嫁がなければならない日が近づいてきている、と理解せざるをえないことだった。


 あたしたちは互いにスペアだった。

 カロリーナ姉さまの婚姻先は、急死されたヨーゼファ姉さまが嫁がれる予定だった相手なのだ。

 年上のお姉さまから順番に――身体のお悪い、二番目のアンナ姉さまと、お母さまにとてもかわいがられている四番目のミミ姉さま以外は――みんな国のために、よその国へと嫁いでいかれたのを、あたしは知っていた。

 あたしが生まれてから七年近く続いた戦争のせいで、おかあさまが愛用の品を手放されたのも見ていた。


 お母さまはお父さまが初恋の相手だったらしい。

 それを抜きにしても、恋愛結婚だったというお二人の空気は、砂糖や蜂蜜を吐けそうなほど、いつでも甘かった。

 好きな人と一生愛し合える、お父さまとお母さまのような結婚をしたい。

 それは理想だった。

 けれど、そんな理想が叶えられるほど、この世界は優しくない。そのくらいのことはわかってた。

 いえ、そのことだって、理解せざるをえなかったことの一つだった、ってだけだ。


 偶然にも、お父さまが亡くなった年に結婚相手の方のお父上も亡くなられたとかで、いろいろ時間はかかったものの、春先にあたしは西の隣国に渡ることになった。

 本当はカロリーナ姉さまが嫁がれるはずだった国であり、相手である。


 いろいろ言いたいことも、思うこともたくさんあったけれども、あたしは穏やかな貴族の微笑を保ったまま、羽根ペンを握った。

 そのくらいには貴族の腹芸ってやつは身につけてる。


 もちろん、相手の国の言葉の読み書きだって、それまでみっちり勉強してきた。

 外国語ってあたしはわりと苦手なんだけれども、外国に嫁ぐとなると、その国の言語を習得していないことには、なにもできなくなってしまうもの。

 学んだとおり、あたしは丁寧に自分の名前を書き綴った。


 Marie(マリー)-()Antoinette(アントワネット)-()Josèphe(ジョゼフ)-()Jeanne(ジャンヌ) de () Habsbourg(アプスブール)-()Lorraine(ロレーヌ)

 

 え。


 あたしは一瞬呆けた。

 自分の書いた文字の意味が、じわじわと脳に回っていく。

 

 マリー=アントワネット?

 

 ()()マリー=アントワネットなの、あたし?!

「なろうの描く『中世ヨーロッパ風異世界』って、結局『近世ヨーロッパ風異世界』のことだよね?」

「一般人女性が転生したって、チートがそうそう簡単にできるわけないよね?」

というところからできたお話です。


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