どうして傍に居てくれるのですか
――どうして傍にいてくれるのですか?
私はブラック会社に勤務するOLだ。残業や土日出勤は当たり前、ときには家に帰れないことも。
こんなはずじゃなかったのに……。
いつもそんな事を考えながら、しかし、この会社を出てもなりたい自分がいるわけでも無く、激務のなかゾンビの様に仕事をこなす日々。
そんな生活を続けていたある日、私の人生に転機が訪れた。
あの日、私は20時に会社を出た。
普段よりも早く上がれたこと、そして明日が久方ぶりの休日であったこともあり、私は浮かれた気分で飲み屋に行った。大学時代の友人とは仕事の影響からか疎遠になり、一人で飲みに行くことがほとんど。今日もいつもの様に一人で飲みに来ていた。
翌日、私は自分の家の寝室で目を覚ました。どうやって帰って来たのか全く覚えていないし、正直飲み屋での記憶も曖昧だった。
確か、お酒を沢山飲んで。――あ、そうだ、男の人と仲良くなったんだ。それで、愚痴を聞いてもらって。それから……。
これ以上は思い出せない。というよりも、その男性の顔すら覚えていない。
まぁ、何もなかったみたいで良かった。
私はこうして自分の部屋で朝を迎えていることにホッとする。しかし、次の瞬間、その安堵は崩れ去った。
「幸子さん、大丈夫ですか?」
「――!?」
寝室に入ってきたのは少し野暮ったい髪型の青年だった。身長はかなり高い。私は声にならない叫び声と共に、布団で体を覆う。うん、しっかりと服は着ている。
「……もしかして、僕のこと完全に忘れちゃってます?」
その青年は私の様子を見て、そう尋ねてくる。思い出せ、私!
しかし、無いものはない。いくら記憶を遡ったところで。
「……。」
私がずっと黙っているのを見て、その男性は呆れた表情を見せる。
「……はぁ。僕は昨日飲み屋で仲良くなった高橋です。」
その男性、高橋さんというらしいが、彼は小さなため息をつき呆れた表情を見せながらも笑顔で名乗る。少し困ったように眉を八の字にしている笑顔は、なんか可愛かった。
「うん、確かにそんな名前だった気がします。」
私はありもしない記憶を自分の頭に定着させるように、自分にそう言い聞かせる。
「……もう。昨日はあんなに楽しそうに話してくれてたのに、忘れないでほしいですね。……昨日はこんなに可愛かったのに。」
そう言って彼は私にスマホを見せる。そこには彼の肩を抱いて自撮りしている私の姿が。その写真を見て、急激に恥ずかしさが込み上げてくる。そして、ある一つの懸念事項が浮かび上がってきた。
「……あの~、私たちって、そのー、……何もやってませんよね?」
「――ぷっ。」
高橋君は勢いよく吹き出す。
「何もやってませんよ。というか、本当に覚えてないんですね。」
そう言って彼は笑う。困ったように笑う彼も可愛かったが、今の笑顔の方が魅力的だった。
「それでね、課長がキレてさ~」
私は缶ビールを手に、愚痴をこぼす。彼と出会ってまだ1か月くらいしか経っていないけれど、こうやって家でお酒を飲むくらいの関係になっていた。
話を聞いてみると、彼と私は同い年らしく不思議と馬もあった。また料理が上手で、私の家によくおかずを持ってきてくれる。本当にいい人だ。
買ってきたビールが無くなり、私は空の缶の底を見つめる。
「なんかごめんねー。愚痴ばっか言っちゃって。」
私は高橋くんに謝る。いつも愚痴ばかり言っているのに、彼は笑顔で話を聞いてくれる。そして、私のお酒のペースは速くなるのだ。しかし、彼は呆れたように笑って、そして帰っていく。
「別にいいよ。仕事、大変なんだもんね。」
それは彼の口癖のようだった。いつも気遣ってくれる彼に、私は甘えていたのかもしれない。
「あ~、きもちぃ~。」
私は今、ベッドに横になっている。彼の手から感じる温もりを受けつつ、目をつぶって体を預ける。そして、時々声を上げながら彼のテクニックになす術もなく――。
「そう?僕、マッサージ得意なんだよね。」
彼は笑顔でそう言う。本当に上手で、体が軽くなっていく感じがする。
彼とは現在、半同棲状態になっていた。私が帰ってくる時間が不定期なのもあり、夜遅くに呼び出すことが増えたからだ。それでも、最初はしっかりと帰っていた彼だったが、徐々に私の家に泊まることが増え、今では朝ご飯を用意して起こしてくれている。ほんと、至れり尽くせりです。
それでも、彼とはまだそういう事をしたことがない。それどころか、もはや女性として見られているのか分からないまであった。
「あ、たった。」
「え!?」
私が邪な事を考えていたからか、彼の言葉に強く反応してしまった。勢いよく振り返って彼の顔を見る私。しかし、彼は逆に驚いたような表情を見せる。
「え、何?」
あれ、聞き間違いだろうか。確か……。
「え、今『勃った』って……。」
「うん、赤ん坊が『立って』さ~。可愛いよね。」
彼はテレビの方に視線を送る。私も彼と同じようにテレビを見る。すると、小さな赤ん坊が掴まり立ちしている様子がテレビに映っていた。
「ほんと、可愛いよね~。」
笑顔でテレビを見ている高橋くん。私は、邪な考えをしてしまった自分がひどく恥ずかしくなった。
いつもの様に夜遅くに仕事を終えて帰宅する。電車には殆ど人も乗っていなく、自分だけが世界から隔離されているよう。
私は疲れた体と精神に何とか鞭打ちながら足を動かす。そして、ようやく自分の住むマンションに辿り着いた。3階の隅。そこには明るい光が灯っていた。
「どうして傍にいてくれるの?」
食事を終えて、お皿を洗ってくれている彼にそう尋ねる。彼は、ぱっと顔を上げて私の顔を見つめる。そして、水を止めた。
「どうしてだと思う?」
私の質問に、彼は質問で返す。どうしてか分からないから聞いているのに。
私は、黙って考え込む。話す内容も仕事の愚痴が多い。最近は少し変わってきているけれど、それでも、やっぱり多いだろう。そして、体目当てでもない。もう半年ほど半同棲状態なのに、一度もそういう事をしていないから。
お金目当て?――いや、それも違うか。彼が何の仕事をしているのか詳しく聞いたことはないが、毎月生活費だと言ってお金を渡してくる。そんな彼がお金目当てとは考えられない。
考えれば考えるほど、彼がどうして傍にいてくれるのか分からなくなる。
黙り込む私の頭に彼は優しく手を置く。そして、彼の掌が私の頬を優しく包みこんだ。彼の温もりは私の心を解していく。
「あのね。真面目に頑張る幸子さんが、本当に可愛くて、愛おしくて――どうしようもないくらい愛しているからだよ。」
彼はいつもの様に優しい眼差しで私を見つめていた。
「……そう。」
私は真っ赤な顔を隠すように彼の手に自分の手を重ねた。いつか、私も彼の様に大きな人になりたい。
「そういえば、総くんは何のお仕事してるの?」
ソファーで2人くつろぎながら、私はそう尋ねる。
「僕?……うーん、そうだな~。」
彼は少し考えながら、笑顔でこちらに視線を向ける。
「人に温もりを与えるお仕事……かな?」
曖昧な返答をする高橋くん。まだまだ謎に包まれた恋人に、私は笑顔で体を預けるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!
こういう恋愛物ってあんまり書いたことがないので、何か新鮮でした。「寂しい」って感情は大人も子供も関係なく誰にでもある感情であると思います。誰かが傍にいてくれるだけで、温もりを感じるだけで心にゆとりが出来たり、頑張れたりするんだと思います。
私は、小説を通して誰かの温もりになれたらいいなと思っています。




