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 腹ごなしを終え食堂をあとにするとキースが尋ねた。


「アレンさん、職人さんだったんですか? すごく綺麗にナイフが研げてましたね」


 あのあと、残りの三本のナイフを俺が研いだ。

 肉用と予備が二本、果物野菜用が一本。用途に分けて店主は使っていた。

 そのお礼か、店主は食事の代金を少し負けてくれた。

 数日分の食料を買おうとすると、それも安くしてくれた。


「ちょっとだけそういう仕事をやってたんだ」

「へぇー。だからあんなに手慣れていたんですね」


 キースは俺に興味津々と言った様子だ。


「あの伝説の鍛冶職人と同じ名前で………………」


 はっ、とキースが驚いたようにこっちを見つめる。


「も、も、もしや……本物……なのではっ!?」

「そんなわけないだろ」

「ですよねぇ~」


 あはは、とのん気にキースは笑い飛ばした。


 キースが実家に帰ることができない事情はわかったが、何も俺についてこなくても、と思ってしまう。

 だが、キースといると気が紛れるので、俺としては助かっていた。

 ふとした瞬間に、あの日のことが脳裏をよぎってしまう。

 本当は、忘れてしまったほうがいいのだろう。

 辛い記憶を何度も蘇らせていては、精神がおかしくなる。


 何度も思い出すほど深く刻まれた絶望と怒りを簡単に投げだせるはずもなかった。

 レックスに至っては、大恩のある陛下を亡き者にして国を牛耳っている可能性もある。


 許してはおけない。


 俺は全員を殺すまで死ねない。

『一閃弓』以外の俺の特性増長作も回収しなければならない。

 もしまだ生きているのなら、行方知れずとなっているシャロン殿下も捜しだし安全を確認したい。


「帰りにくい事情はわかったが、顔を見せて無事であることを教えたらどうだ?」

「それもそうですね」


 少し硬いものが混じったような笑顔だった。

 キャドックの町外れの農村に家があるというので、俺はキースに案内され街道を少し歩く。

 平原が広がり、畑がちらほらと見えるのどかな風景だった。


 このまま家に帰りたいと思うのであれば、そうすればいい。

 俺と一緒にいても面白いことは何もない。


 小さな農村らしき集落が見えた。たぶんあそこだろう。

 その中心らへんに荷馬車が一台あった。


 すると、村から悲鳴がいくつも聞こえ、家から飛び出した男を後ろから剣を振りかざしたゴブリンが下卑た顔で追いかけている。


 魔物――。


 つまづいて転んだ男を、ゴブリンの一体が剣で切り裂いた。

 その光景が村でいくつも起きている。


「っ」


 泣きそうに顔を歪めたキースが走り出した。


「おい、待て! キース!」


 俺もキースを追いかけた。

 六体ほどのゴブリンは、少女三人と食料とともに荷馬車に乗り込むと馬に鞭を入れて走り去っていった。

 手際の良さからして、元々狙われていた村で、他にいくつもこういうことをしているのがわかる。


 この胸当てを拾ったときも、パーティらしき男女はゴブリンを倒していたな。


「父さん! 母さん!」


 キースが一軒の家へ飛び込んでいった。


 血と臓物のにおいが漂っている。

 のどかだった農村の情景は凄惨なものへと変わっていた。

 そこかしこでは、犠牲にならなかったことを喜ぶ声より、すすり泣く声のほうが多く、呆然と立ち尽くしている農民もいた。


 ゴブリンにしては図体が大きく、リーダー格の個体は俺と同じくらいの体格に見えた。


 そいつは、剣を持っていた。

 遠目だったが、はっきりと見えた。


 あれは、俺が考案し設計した『疑似魔法剣(ブレイド)Ⅰ型』……。

 魔法が使えないような一般兵でも使える剣であり、少量の魔力で切れ味を上げることができる剣だった。

 性能が落ちることがなく、半永久的に使えるという代物でもある。

 陛下には、その性能や戦果を大きく評価された武器だった。


 普通の剣より原価は高いが、折れない限り使い続けられるので予備の剣は極端に少なくていい。

 結果的に、ただの剣を生産するより安くつくのが特徴のひとつでもあった。


 キースが入った家を覗くと、中でキースが泣いていた。


 まだ小さな男の子が二人。三〇代後半くらいの男女が二人。

 ……家族か。


 四人とも見た瞬間に亡くなっているのがわかる有り様だった。


「父さん……母さん……」


 邪神討伐の旅で幾度となく目にした光景ではあるが、いまだに慣れないし、何度見ても気分のいいものじゃないな。


「ルーは五つで、ロイはまだ三つなんですよ……?」


 肩を震わせて泣くキースの背をさすってやった。

 警備の兵士がいるわけでもない貧しい農村。

 こういったリスクは常にあっただろう。


「墓を作ろう」


 外に仕事道具の農具が立てかけてあったな。

 俺はキースの肩をぽんと叩いて外に出る。


 壁に立てかけてあった鍬を手にし、家の裏手に四つ穴を掘った。

 掘り返されないようにするため深く掘っていると、キースがやってきた。


「僕の家族のために、ありがとうございます」


 キースの目元は痛々しいほどに赤い。


「あいつら……どこに行ったんでしょう」

「さあな。荷馬車があったからその車輪の痕でも残っていればわかるが――」

「そうですか」


 それから俺たちは四人の遺体を埋めた。

 墓石代わりの石をそれぞれにのせ、摘んだ野花を供えておく。


「今からでもあいつらに追いつけますか……?」


 俺が他人のことは言えた義理じゃない。

 復讐なんて考えるなというほうが無理だろう。


「小娘が追いかけたところで何もできやしないだろ」

「だからってこのままじゃ――」


「手を貸す」


「え?」


「俺にも理由ができた」


 俺が考案し設計した武器を持った魔物のせいで、キースの家族が命を奪われた。

 責任を感じないではいられない。

 魔物風情が便利に使うために作った剣ではないのだ。


「キース、返り討ちを復讐とは呼ばない。……必ず殺すための準備をしよう」


 あんな魔物の血でこの子の手を汚させたくはない。

 できれば同行しないでほしいが、言っても聞く耳を持ってくれるとは思えない。


 それもそうだろう。

 復讐とは、エゴでしかない。

 どこまでいってもただの自己満足。

 だが、それでいいと俺は思う。


「準備、ですか?」

「武器になりそうなものは家にあるか?」

「ちょっと待っててください」


 石はそこら中に落ちているだろうから、悪の石も何かあったときに使おう。

 この鍬も使えそうだな。


 俺は鍬に『悪化』を使った。


『「悪化」により鍬は「悪の鍬」に変質し「変重化」を得た』


 変重化……。

 重さが変わる、ということか。


 悪の石のときはこういった案内は聞こえなかった。

 胸当てのときには、きちんと案内があったことから、切羽詰まっていたあのときがイレギュラーだったようだ。


「アレンさん、使えるかわかりませんけど持ってきました」


 キースが持ってきたのは、護身用と思しき短剣、あとは、フードつきのローブだった。


「基本的には俺がやる。もしものときは助けてくれよ」

「は、はい!」


 俺は渡された短剣とローブに『悪化』を施した。


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