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一人称は僕だし、名前はキースだし、髪の長さは肩につくかどうか。ぱっと見では綺麗な顔立ちの少年と評するのが正しいだろう。
女の子らしい膨らみも丸みもあるようには見えない。
客観的な情報を伝えると、キースもそれは承知していたようだった。
「両親は男の子がよかったみたいです……。男なら力仕事が手伝えますし」
幼い頃は男として育てられたという。一人称が僕なのは、そのときからの癖らしい。
両親からすれば、大した労働力にならない娘を食い扶持を減らす目的もあって奴隷商人に売ったようだ。
道具屋の店主も言っていたが、珍しい話ではないな。
「似合ってますか……?」
照れくさそうに笑いながら、キースはその場でくるりと回ってみせる。
「ああ」
「やった」
キースは出会ってから一番の笑顔を覗かせる。
こんなに喜んでくれるなら、服を買ったかいがあるというもの。
「下着も買わないとな」
「っ…………は、はい……」
キースは肩をすくめると、顔を赤くしてどんどん小さくなっていく。
……俺がさっきスカートをめくったときに、見てしまったからだろう。
「どうしてこんなに良くしてくださるんですか?」
「身なりは大切だからな。あの格好では奴隷商人に捕まるのがオチだ。助けたのだからそうはなってほしくなかった」
「アレンさんは優しんですね」
そうだろうか、と俺は首をかしげる。
「僕、行くところがないのでアレンさんについていってもいいですか?」
「構わないが、楽しいものではないぞ」
「大丈夫です」
にこり、とキースは笑う。
俺と違って根が明るく素直でいい子なのだろう。
資金に余裕もできたことだし、食堂で腹ごなしでもするとしようか。
俺たちは食堂にやってくると、カウンターに座り店主と簡単な世間話をする。
「勇者様っていやぁ、今は王様だろ? すげーよなぁ」
道具屋の店主の言うことは間違いではないようだ。
「他の勇者パーティだった人たちって何をしているんでしょうね」
「さあな。あれ以来、勇者様以外はお名前を聞かねえから」
報奨金で隠居生活でもしているのだろうか。
あの肩書きがあれば、どこにいっても特別扱いしてくれるだろう。
「王女様も行方不明なんだろ、あんたの国」
「え」
行方不明? 亡くなっているわけではないのか?
「シャロン王女殿下のことですか?」
「ああ、そんな名前だったっけな。王様が死んだあと、即位するのかと思いきや居場所がわからなくなったって話だ」
秘密裏に消されたか、それともレックスの手を逃れどこかで密かに生活しているのか……。
「おかしい……何が起きたんだ」
俺のひとり言が聞こえたのか、ククク、と店主は皮肉そうに笑う。
「きな臭いね、あんたの国」
「ええ、まったくです」
キースはというと、大口を開けてパンをかじっている。それを喉に詰めそうになっていたので、俺は背中をトントンと叩いてやった。
「ぱ、パンに殺されるところでした……っ」
「これで二度目だな、命を助けるのは」
ここへの途中に訊いたら一四歳と言っていた。
育ち盛り真っ最中なので少し多めに料理を注文したが、皿の中身がみるみるうちに減っていく。
キース……案外食うんだな。
俺も食事に手をつけていった。
レックスのところへ行くにしても、俺自身まだ力がない。
そう簡単に王が襲撃できるとも思えない。
ハル戦では悪の石が効果をあげたが、ああなると思っていたわけではない。
ほとんどギャンブルだった。
たまたまいい目が出てくれただけだ。
次もそうはいかないだろう。
レックスの力は、ハルとは比にならないからな。
『悪化』についてもっと知っていく必要があるし、他のメンバーの情報も集めなければならない。
冒険者になって各地を巡るという手もあるが……戦闘は性に合わない。
自分が私情のない相手や魔物と戦えるとは思えない。
性に合っているなら生前から俺は冒険者をやっていただろう。
路銀もすぐに底を突く。
日常のことも考えなければ……。
ごく一部の例外を除いて、日頃から奪って殺すような外道にはなりたくない。
「アレンさん、難しい顔をしてますよ?」
「難しいことを考えていたからな。そんな顔にもなる」
俺たちがそんな会話をしている向かいでは、店主が舌打ちをしていた。
「チッ……全然直ってねえじゃねえか」
握ったナイフを見ては眉をひそめている。
「どうかされましたか」
「ああ、いや……このナイフや他の刃物を研ぎ直してもらったんだが、適当な仕事をされたみたいでね。切れにくいのなんのって」
「この町にも鍛冶屋みたいなものはあるんですか」
「あるよ、鍛冶屋。刃物や刀剣類も売ってたりするんだが、最近ロクな物を売ってない。前はそんなことなかったんだが……」
参ったな、と店主はため息をこぼす。
「そのナイフ、見せてもらってもいいですか?」
「? ああ、いいぜ」
渡されたナイフをよく観察してみる。
指の腹に刃を押しつけた。
「あ、アレンさん、手がっ!」
慌てるキースを俺は制した。
「大丈夫、切れないよ」
「へ……?」
「刃物は、押すか引くかしないと切れない。押しつけているだけじゃダメなんだ」
「「へー」」
店主とキースが感心したような声を上げた。
にしても、この状態は酷い。
「状態のいい刃物というのは、押しつけているだけで嫌な感じがするんです。たったそれだけで不安にさせるというか。それこそ、喉元にナイフを突きつけられているような」
けど、これにはそれがない。
つんつん、と触っていても安心感がある。
素人目にはわかりにくい小さな刃こぼれもいくつかあった。
「切れがいいと危ないので、このナイフは小さなお子さん用にはいいかもしれませんが……」
「仕事で使うんだ。それじゃ困る」
だろうな。
調理用のナイフ四本を研いでもらい八万リンしたらしい。
決して安くはない。
その結果がこれなら無料でも高いくらいだ。
「自分で研いでみるが、いまいちでな」
「研ぎ石、貸していただけますか?」
「いいが……やっても変わんねえぞ、兄さん。もう寿命なんだ、きっと」
ちょいちょい、と手招きをされたので、俺はカウンターの内側へ入る。
棚の上にあった研ぎ石を店主が用意すると、俺は甕に入っていた水をかけた。
「大人しく新しいのを買えってことなんだろう」
「そんなことないですよ」
手にしたナイフを斜めにし、研ぎ石に寝かせ少し持ち上げる。
俺は研ぎ石全体を使うようにナイフをゆっくりと上下させていった。
シュ、シュ、と静かな音が厨房に響く。
いつの間にか、店主もキースも俺の手元に熱視線を注いでいた。
根本から順番に水を少しずつかけながら進めていく。
くすんでいたような刃が本来の銀色へ戻っていった。
「「おぉ……!」」
ナイフを見た店主とキースの声がまた被る。
「水をかけながらゆっくりと上下させるんです」
ナイフを洗い、店主に返す。
店主はさっき切っていた肉に刃を入れた。
すっと何事もなく入っていき、肉を切り分けられた。力を入れた様子はなかったから、切れ味が増したんだろう。
「すげぇ。こんなに違うんだな」
目の前でこう喜んでくれるのは、職人冥利に尽きるというもの。
「ちょっとやってこれなので……その職人は、適当な仕事をしていますね。料金だけもらって何もせずに返している可能性もあります」
「あいつ……今度会ったらタダじゃおかねえ……!」
主人は不満を口にしていた。