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ィイン……。
何かの音……?
いや、耳で聞いているわけじゃない。
頭の中で鳴っている。
その音が大きくなり、小さくなり、また大きくなる。
何だ、この音。
謎の音が徐々に大きくなる方角へ歩を進めていく。
ガサッと落ち葉を踏みしめる音が聞こえると、すぐに足音と激しい呼吸音が獣道を過ぎ去っていった。
子供……?
一瞬だったが、見間違いでなければ五、六歳くらいの小さな男の子だった。
夜のこの森は危ないというような話をさっきの男女がしていた。
それを知らずにここにいるのなら、出ていくように忠告しなければ。
ィィィイイイイインンンンンンン!
急にノイズが大きくなった。
「アハハハハハ!」
笑い声。
「ッ!」
考えるよりも先に体が反応していた。
さっきの男の子が走った方角へ笑い声は向かっていき、俺はその音源を追いかけた。
「ちゃんと逃げなさいよ! もう、今日の子は全然ダメね。勘が悪いったらありゃしないわ」
苛立ち混じりのこの口調には覚えがあった。
そしてあの笑い声――。
ノイズが大きくなっていく方角へ進み続けると、いた。
弓を肩にかけた女エルフがいる。
あれは、俺が弓師からその技術を学び作り上げた特性増長作の一作――『一閃弓』。
間違いない。ハルだ。
「今日の子はゲームにもならないのね。本当につまらないわ……」
差し込んだ月明りにその美貌が浮かび上がる。
脳内の沸点を簡単に超過し、目の前が怒りで真っ赤に染まる。
ハルへの怒りもそうだが、その手元。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃのボロを着た男の子が、犬猫のように摘ままれている。
体は穴だらけ目に生気はなく、事切れているのがわかる。
『狩りが行われる。ここにはこれ以上いられない』
そういうことか……!
あのエルフ……子供相手に……!
ハルはゴミのように亡骸を投げ捨てた。
俺の気配に勘づいたのか、軽やかにステップを踏んで距離を取る。
「誰。こんな時間にここにいちゃいけないって、知らないのかしら」
知らないこちらが悪いとでも言いたげだった。
「ここで何をしている」
「何。アレを見たの?」
ハルが俺だと気づいた様子はない。
悪びれもしないどころか、いたずらがバレた子供のようにうっすらと口元に笑みを浮かべている。
「ワタシが買った商品なんだから何をどうしたって持ち主の勝手でしょ?」
「どこでおかしくなった……。旅をしていたころは、ツンケンしているだけの根は優しい女だったはずなのに」
「?…………。そんなはずは……」
柳眉の間に皺を作り、ハルはこちらを不審げに見つめてくる。
「俺への罪悪感があり、慎ましく暮らしているのであれば、穏やかに殺してやろうと思った。殺された家族や幼い弟や妹のために戦っていると言っていたはずのおまえが……」
俺はちらりと男の子の亡骸に目をやった。
言い方や伝え方が下手くそで誤解されやすい優しいエルフは、もうどこにもいないのだ。
「アレン……? アレンなの?」
「名前なんてどうだっていい。おまえたちを殺すためだけに、今俺はここに存在している」
クックックック、と喉の奥でハルは笑い声をこぼす。
「一体どこから湧いて出てきたのかしらぁぁぁぁぁぁぁああ!? 死んでも死んでも死なないのあんた!? いいわよ。それで全然いいわ! 何度だって殺してあげるッ! だって今夜は物足りないんだものぉ――――ッ!」
ハルが目を剥いた。
好戦的な猛禽類のような獰猛な表情で俺を見つめている。
あの不思議な音は、俺がハルの弓を視認してからすっかりと消えた。
俺と俺が魂を込めた作り上げた特性増長作は、共鳴するのかもしれない。
「どうしてこんな非道なことをしている」
「楽しいからよ」
間髪のない返答だった。
「ニンゲンだってエルフを不当に狩ったことがあるじゃない。それと同じ♡ どうせ野垂れ死にするか飢え死にする子供なんだから、最後にワタシを楽しませて死んでくれたほうがいいでしょぉ? 有効活用ってやつよ」
得意そうにハルはそう言った。
射手として勇者パーティに貢献し続けたハル。
こんなやつだったか……?
金目当てだったり俺が気に入らなかったり、それで口裏を合わせ処刑したこと自体は許せないが、こんな性格ではなかったはず。
変わってしまったのか。
――いや、それとも、元々こういうやつだというのを俺が知らなかっただけ……?
「畜生にも劣る品性だな……。おまえは、狩られる側になったことはあるのか?」
あの嬌声じみた笑い声をハルはあげた。
「アハハハハハ! 戦闘能力ゼロの雑魚職人が何を言っているの。あんたはワタシを楽しませることだけ考えてちょうだぁぁぁい?」
俺の中にいた勇者パーティの言い方は悪いが根は優しいハルは、このとき完全に死んだ。
「……くたばれ、クソエルフ」