13
キースの村に女の子たちを送り届け、俺は結果的に助けることとなったヘラを屋敷へ送ることにした。
キャドックを含めたモルグ伯爵領は国内でも田舎のほうで、中で一番栄えているのがキャドックの町だとヘラは教えてくれた。
ヘラの案内で荷馬車を進めているが、たしかに町よりは村落のほうが多い。
景色も牧歌的。
街道を進んでいてものんびりとした風景が続いている。
「アレンさん。これ」
後ろから肩を叩かれ振り返るとキースが鞘に収めた悪の短剣を差し出していた。
もう専用のホルスターも外し、悪のローブも脱いでいる。
「護身用に持っておいたほうがいいんじゃないか」
「いえ。もういいんです」
「そうか」
よかったな、と俺は心の中でキースを祝福した。
キースの復讐はもう終わったのだ。
「ローブ、母親の形見だっていうのに呪具にしてしまってすまない」
「いえいえ。あれのおかげで戦うことができましたから」
最初、半信半疑だったキースは、俺が悪のローブを使ってみせることで腰を抜かしていた。
『えっ。消えたっ!?』
『消えたというより、風景に同化しただけだ』
『うわぁぁああ!? い、いきなり出てこないでくださいっ』
かなりいいリアクションだった。
その表情を思い出すだけで少しおかしくなる。
そのおかげでキースは俺の呪具の力を信じてくれるようになった。
キャドックの町を通り過ぎ、小高い山の上にある屋敷がそうだとヘラが教えてくれる。
国が変わっても為政者や権力者というのは、高いところに居を構えたくなるものらしい。
「捜索隊は一体何をしていたのでしょう。まったくもう……」
ヘラの愚痴が聞こえてくる。
「お嬢様は、どうしてあの森に?」
「キャドックからの帰りにさらわれたので、あそこにいたというよりは連れ込まれたのです」
「一緒にいた人は……?」
ふるふる、とヘラは首を振る。
捜索隊が出ているだろう、とは言うが、実際出ているかはわからないそうだ。
馬車で移動しやすいように整地されたゆるやかな坂道を荷馬車がのんびりと登っていく。
やがて門とその前に立つ門兵が見えると、ヘラが声を上げた。
「ただいま帰りましたわ!」
「お嬢様!?」
「お嬢様だ!」
ヘラが乗っているおかげで、俺たちの身元は確認されることなく敷地内に入ることができた。
ヘラの姿を認めたらしく、男女の使用人が走ってこちらまでやってきた。
「お嬢様、お怪我はございませんか!?」
「一体今までどちらへ――」
よほど心配されていたらしく、使用人の表情は安堵のものへと変わっていた。
「どうにか無事よ。この方たちのおかげでね。アレン様とキース様よ」
俺は小さく二人に会釈をする。
キースは大照れだった。
「えと、僕は、まあ、そんなにアレなんですけど、頑張りました……えへへ。なのでスコーンをください」
ちょうどいいからってねだるなよ。
使用人が恭しく一礼をした。
「用意致しましょう」
女性の使用人が小走りで去っていく。
たぶん、キースの我がままを叶えるためだろう。
「お父様にまずは経緯のご説明いたします。恩人のお二人は丁重にもてなしてください」
「は」
ご息女の帰還は、屋敷内に知れ渡っており、豪奢な扉を開けると中年の男性貴族と女性貴族がいた。ヘラの両親だろう。二人は目を潤ませヘラに飛びつくようにして抱き着いた。
「お父様、お母様、痛いですわ」
「よくぞ無事に……ヘラ」
「どこへ行っていたのですか。心配しましたのよ」
「大変なことに巻き込まれていたのですが、このお二人のお陰で助かりましたのよ」
俺とキースは簡単にモルグ伯爵夫妻に自己紹介をした。
「どうお礼をしてよいか……。アレン殿、キース殿、本当にありがとう」
「いえ」
「立ち話もなんだ、座って話そうじゃないか」
伯爵自ら客間へ案内してくれると、お茶と茶菓子の準備をするように、と女性の使用人に言いつけた。
キースの目の輝きがさっきより三割ほど増しているように見える。
わくわくが止まらないらしい。
行方不明となった経緯をヘラがまず説明し、そのあとを俺が継いだ。
「……略奪や人さらいをしたあのゴブリンたちはすべて倒しました。しばらくこのようなことも起こらないでしょう」
ははぁ、と伯爵が感嘆の声をあげていた。
「被害の話は何度も耳にした。町や村の警備をするにしても、人出が足りず、冒険者を雇って原因となるゴブリン狩りをしてもらっているところだったのだ。ありがとう、アレン殿。おかげで領民の安全を脅かす魔物がいなくなった。本当にありがとう……!」
手を差し出してきたので、俺が握り返すと、もう片手を添えられた。
「継続的に討伐依頼を冒険者にしていかなくてはならないだろう、と思っていた矢先のことだ。余った予算をお礼金として受け取っていただけないだろうか」
「いいのですか?」
伯爵と夫人両方に視線をやると、夫人もうなずいていた。
「冒険者たちに支払う予定だったお金です。アレン様は気にせず受け取ってくださいまし」
断るのも無礼だろう、と俺は素直にお礼金を受け取ることにした。
カートでティーセットとスコーンとジャムが運ばれてくる。
「キース様、これがスコーンですわ」
「これが、あの……!」
俺と伯爵が雑談をしている間、キースはたっぷりジャムをつけたスコーンをぱくぱくと食べていた。
「アレンさん……幸せの味がします」
「よかったな」
ジャムを口の横につけるキースの頭を撫でると満足そうに目を細めた。
伯爵は、いつまでも留まってくれて構わない、と俺たちに言ってくれた。
程度はあるだろうが、二日ほどの滞留なら甘えてもいいだろう。
俺は伯爵の申し出をありがたく受けることにし、少しの間留まることにした。
客室に案内されると、ふかふかのベッドにさっそくキースが横になる。
目を細めながら、スコーンで膨れた腹を嬉しそうにさすっていた。
荷馬車は、あのあと庭師のような男性がやってきて厩舎のほうへと移動させてくれた。
荷台に積んでいるゴブリンから回収した武器はそのままにしてくれている。
「アレン様、我が主よりお礼金を預かってまいりました」
やってきた女性の使用人がお礼金を渡してくれた。革袋の中身を数えると、二〇〇万リンあった。
「あ、あ、あ、アレンさん、た、大金じゃないですか!」
「ついでだったのにな」
ぼそっと本音がこぼれると、キースが「しーっ、しーっ」と唇の前に人差し指を立てた。
「こ、こんな大金があったら、屋敷が立っちゃいますよ……!」
屋敷はそんなに安くないぞ、キース。
農村出身の少女にそのへんの金銭感覚というのはないらしい。
風呂に入れてもらい、身なりを整える。
キースは、少年といって差し支えのない風体だったが、風呂上がり後に再会すると、女子度が増していた。
さっきまでくすんでいた髪の毛に艶が増し、頬も少し上気している。そのせいだろう。
食事を一緒にとろう、と伯爵が申し出てくれたので、無下にするわけにはいかず、広間と言って差し支えのないダイニングで伯爵夫妻とヘラと俺たちで晩餐を済ませた。
部屋に戻り、あとは寝るだけ。
ベッドにいると、キースが隣にやってきた。
「広すぎて落ち着かなくて」
気持ちはわかる。
ふたつあるベッドのどちらも一人が寝るには大きすぎる。
「家族みんなでいつも寝ていたから、ですかね……」
惨劇からまだ何日も経っていない。
家族を失った傷は、そう簡単に癒えないだろう。
しばらく夜はこんなふうに過ごすことになりそうだ。
指通りがよくなった髪の毛を撫でていると、キースはいつの間にか眠っていた。




